#111 信仰なき神は虚無に帰る
さて。クソ紙を魔王にしてハッピーエンドかと思いきや、実はそうでもない。今はまだ空いていた魔王の椅子に紙を座らせただけで、その紙が座っていた神の椅子は空席の状態だ。また知らぬ間に適当な誰かが座ってしまったら、今度こそ世界は崩壊しかねない。何しろ、今回はただ運良く神と対になる魔王が『間違って』神になっただけなのだから。
「ザンキ!ゲヒャ丸!」
「む……ヒコボシか」
『ゲヒャヒャヒャ!なんとか魔王から神格を取り返したってのかぁ?すげえなオイ!』
「とか言ってる場合じゃ無いんだがな。どうだ、まだいけるか?」
「わからぬ。ゲヒャ丸と繋げて、どうにか消えぬように保ってはいるが……」
チラリと、僕は神様の消えていった手足を見てみる。正直、かなり状況は悪いと言えるだろう。 仮に神格を戻したとしても、果たして定着させるだけの余力があるかも怪しいときた。
「とにかく、やれるだけやってみるぞ。小子」
「はい、神格です。でも、どうやって宿すんですか?」
「元気なら食べさせれば良かったんだがな……仕方ない、器の継承を強制的にする。食べさせてくれ」
食す、という行為には血肉に変える、という意味から、昔は神聖な儀式として存在した。今も神前式などでは、神の力が宿った御神酒を飲む事で、神様に近い存在となると言われている。
魔法感受性の高い僕が神格を食べれば、純度の高い神格をそのまま取り込む事に成功するだろう。
「……よし、神格は予想通り吸収した。あとは…」
体内の神格を魔力で包み、神の頭に手を添える。治癒魔法は得意では無いが、それと同じ要領で魔力を送り込み、その中に神格を混ぜて神の中へ。
「……ザンキ、もう離して大丈夫だ。神格は移動したぞ」
ザンキからの魔力供給を断ち、神格を移動させ終わる。しばらくすると、意識の無かった神はうっすらと目を開けた。
「……やぁ優彦くん…久しぶりだね」
「大丈夫…なんでしょうか?」
「記憶が混濁しているのかもしれん。しっかりしろ、魔王はもう倒してきたぞ」
「…そうか……ようやく、神格を取り戻してくれたんだね」
「あぁ。これでもう、心配する事は無いぞ」
にっこりと神は笑って、やつれた顔で小子の方を見た。いや、正確には小子の中の女神にだろうが。
「……君には沢山、迷惑をかけたね。崩壊する世界から君を助け出したあの時から、きっと世界は神を許さなくなったんだろうね」
「まて。崩壊する世界ってなんだ。僕はそんなの知らないぞ」
「…いずれ分かるさ。君には、その運命がまとわりついている」
「だから、なんの話だと聞いているんだが?」
「優彦くん、手を出して」
「あ?あぁ……」
差し出した手を神は握り、やはり弱々しく笑う。
「…よく聞いてくれ、優彦くん。この世界の他にも、沢山の世界が存在する。それらは全て、常に崩壊と隣り合わせで成り立っているんだよ……だから」
握った手から、神は大量の魔力を彦星に注ぎ込む。それこそ、己の存在が危ぶまれる以上に。
「お、おい!?そんな事したら消えて……っ!」
「もう保たないのは、自分がよく分かっている。でも、この世界はまだ滅ぶべきじゃ無い」
無理矢理ふり解こうとするが、強い力で握られたまま離すことが出来なかった。まるで糸で縫いつけられたかのように、ガッチリと掴まれてしまっている。
「小子くん……いや、もう小子神かな。君も良く分かっているんだろう?自分と神格が完全に融合してしまったのを。それこそ、分離不可能なほどに」
「……っ」
「だから!なんの話だって聞いてんだよ!その前に手を離せ!」
「お別れだ、優彦くん。後のことは、彼に任せてある」
神の体は手足の欠損に留まらず、やがて胴の半分、頭部の一部分も欠損を始めた。もはや神は存在ごと消えてしまう。
「待てよ!まだ聞きたいことも、やりたい事も、やらなきゃならない事も沢山あるだろうが!」
「……………」
彦星が神の声を聞く事はもう無い。それでも神は声にならない言葉で一言……『ありがとう』と言って、消え去った。
「くそ、くそっ……ようやく、ようやく小子の生きている世界を手に入れたのに…神様がいなきゃ、どうしようもないじゃねぇかよ…」
いなくなった神の件を、どう対処しようかと頭を悩ませていた時、後ろの方で人の気配を感じ取る。デーブとモードレッドが、ようやく目を覚ましたのだ。
「うーん……腹減ったんだナ」
「ここは…」
「あぁ、起きたんだねぇ?良かったよぉ」
「ここはどこなんだナ?沢山のお菓子はどこなんだナ?」
「貴方たちは魔王の夢魔に閉じ込めれていましたの。沢山のお菓子は全て夢ですわ」
「……なら、魔王は?」
「魔王ならぁ、ヒコボシがぁ、殺したよぉ。今はねぇ、神さまが死んじゃってぇ、どうしようか考えてるみたいだねぇ?いつになったら殺させてくれるのかなぁ?」
「……そうか」
ふらつく足取りでモードレッドは立ち上がる。そのままゆっくりと、彦星に歩み寄った。
「どうする?今から新しい神を探すか?だがそう簡単に神格を継承できるような器は…いや、それよりも能力で…」
「ヒコボシ」
「……うん?あぁ、起きたのか。気分はどうだ?」
「まだふらふらする。それよりも、神格は?」
「それなら僕が持ってる。今からでも事実を書き換えて、神を復活させようかと考えていたところだ」
「その必要は無い」
「必要無い?一体どういう意味……」
次の瞬間。モードレッドは右手を突き出し、彦星の胸に風穴を開けた。肺に穴を開けられた彦星は数秒固まった後、ごぼりと唾液の混ざった血を吐き出す。そうして、その場の全員が呆気にとられる中、淡々とモードレッドは彦星を地に打ち捨てた。
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