#11 英雄譚 / 吹っ切れた
その昔、世界は今より荒んだ世だったという。
空気は淀み、活気は無く、争い事は絶えず、飢餓が訪れていた。特に、極北の国は酷かったそうだ。
見兼ねた極北の王は、なんとかせねばと頭を悩ませた。
減税、国の食料庫から配給、家のない者には城に住まわせたりもした。しかし、それは一時しのぎにしかならず、数年もすれば配給は途絶え、国の資産は火の車、住まう部屋は地下牢を足しても間に合わない。
どうするべきか考えていると、一人の黒ローブを着た男が城を訪ねてきた。
曰く、この国を確実に救う方法があると。
如何にも胡散臭い話ではあるが、追い詰められた王は藁にもすがる思いでその男を信じた。
初めは半信半疑だったが、その男のする事なす事全て大当たり。その土地に合った価値観と方法で、他の国々が同じような悩みで四苦八苦する中、極北の国だけが救われていった。
ーーそれが、男の狙いだとも知らずに。
窮地から見事脱した極北の国は、周囲の国々を救済すると言う名目のもと、連合国として一つの国にまとめ上げる。それから幾ばかりの時が流れ、世界の六割が連合国に加盟した頃、小さな綻びが生じた。
それを直そうと、男は手を打つが、失敗に終わる……だけならまだ良かった。巨大になり過ぎた連合国はそこから崩れ始め、次々と崩壊して行く。頂点に君臨する極北の王は、自ら動くことはせず、自分の側近にまで出世させた男に任せた。しかし、また失敗に終わる。
ーー極北の王は、焦り始めた。
また数年前の荒んだ世界に戻るのか、また小さな争いが産まれるのか、また飢えて苦しむ子どもが出てくるのか、また家も無く彷徨う無法者が出るのか。
次から次へと嫌な予感が頭をよぎり、また男に任せる。
ーーこの頃になると、王は男に依存していた。
一度崩れた物は、前に崩れた時より直すのが大変だ。と、誰かが言った。もう、後には引けない。最後の最後に、王は自分で考えるべく、男に相談する。
ーー男は嗤い、誰にも悟られず地下牢に行くよう、指示を出した。
その夜、地下牢を訪れた王は、初めて会った時のように黒ローブを着た男に案内される。
男は、王も知らない秘密の抜け穴へ進み、その奥で、王に待つよう指示を出した。
ーー真夜中の、暁月の空の下、紫電が城に堕ちた。
夜が明けると、世界の六割を占めていた連合国は半日で滅んだ。
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「…………」
紙様の話を、僕は黙って聞いていた。
「それが、全ての始まりだ。極北の王は男の召喚した特殊な悪魔に肉体を奪われ、自分の国を消し去ったのだ」
「……特殊って?」
そこで初めて、僕は口を開く。
「魔王になる素質を持って生まれ堕ちた悪魔だ。話を続けるぞ」
紙様は、まるで序章が終わったと言うように、また語りだす。
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極北の王が極北の悪魔になり、自身の宿主が作ろうとした連合国を滅ぼした後は、連合国に加盟していない……正確には加盟する資格がない小国や島国を、次の獲物として極北の悪魔は狙っていた。
ーーそれを天から見ていた当時の紙様は、その悪魔を打ち倒すべく、生まれてくる子ども達に異能を与えた。
ーー即ち、華奢な細腕で豪剣を振りかざす怪力。
ーー即ち、自身の身体を獣の様な盾に変える力。
ーー即ち、何万キロを秒速で駆け抜ける脚の力。
ーー即ち、魔力を自在に操る頭と身体の中の力。
ーー即ち、闇を浄化する神の聖槍と類似した力。
それぞれを学者の子、商業隊の子、弱小貴族の子、鍛冶屋の子、神殿の子に与え、十数年育てた後極北の悪魔を倒しに行かせた。
悪魔討伐は困難を極めつつ、しかし誰一人と欠けることなく打ち倒す事に成功する。
ーーそれが、この世界に置ける最初のお伽話だ。
闇に包まれつつあった世界を救った彼等は、後に勇者、英雄と呼ばれるようになり、現在でも悪魔を倒した日は英雄祭としてお祭りを開いている。
ーーだが、まだ戦いは続いていた。
英雄達に倒された悪魔は、もしも自分が死んだ時の為に保険をかけていた。それは、魂の一部を他の生物に植え付ける事だ。
植え付けられた魂は時間と共に成長し、やがては親元の身体を蝕んでいった。更に厄介な事に、悪魔の魂は繁殖によって親から子、子から孫へと宿主を替えていった。
そうやって生き永らえ、数百年成長した悪魔は、親元の身体を食い破り、魔王〈ギルデス・ハイド〉として外の世界に黄泉帰った。
復活したギルデスは、まず自分の縄張りを作った。場所は、人の寄り付かない極北の更に北。自分の魔力で城を築き、原生生物に自分の魔力を分け与えて魔物化させ、英雄の末裔と人間を根絶やしにするべく、軍隊を作ったのだ。
前回の戦いで、悪魔だった頃は力押しで戦っていた。しかし今回は、集団で戦うという事を学んでいたのだ。
ーー魔王復活から数十年、誰にも悟られず巨大化した魔王軍は、南下を始めた。
時の流れと平和ボケによる戦力の弱体化も相まって、栄えていた国や文明は破滅の一途をたどる。
人々が絶望の底へと向かい始めた頃、数百年前に英雄を与えた神殿が、各地に散らばった英雄の末裔に召集をかけた。
何ヶ月かで集まった五人の英雄は、魔王軍に立ち向かう為に、今のギルドを設立。討伐金をエサに腕に自信を持つ戦士や魔法使いをかき集め、何度も遠征を繰り返し、綿密な策を考えて、設立から二年後に討伐隊を派遣した。
策が労したのか、それとも魔王軍が弱かったのか。終始順調で魔王軍は壊滅し、残るは魔王一人。負けを覚悟したのか、魔王の城最上階にて自決する。英雄達が見つけた時は、既に息をしていなかった。
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「それが、二度目の終戦?」
「そうだ」
「地味だな」
「確かに地味な終わり方だが、魔王はまだ死んでない」
「……しぶといにも程があるぞ。魔王はあと何回倒されるんだよ」
「一回。今から三十数年前だ」
三十数年前、と聞けばあの事しか僕は知らない。〈トウガキ・リン〉という男が闇の軍勢を倒したあの話だ。
……いや、確かあれは二十数年前だったような?
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三十数年前、再び魔王は復活する。やはり他の生物に寄生し、成長し、食い破って出てきたのだ。
前回の復活からもう数千年経っているが故に、魔王の力は増していた。人々も、魔王との戦いなど物語の一つとして捉えており、復活の報告を聞かされた時は半ばパニックにおちいろうとしていた。
しかし、ギルドは違った。初代ギルドマスターは二度目に魔王と戦った後、他の英雄達にこう言ったのだ。
ーー魔王はいずれ復活する。来るべき時に備えてギルドは解散させずに、奉仕活動という名目のもと目を光らせておけ。私は、より強い戦力を残すために旅立つ。
その言葉を最後に、五人いた英雄は四人となり、消えた一人は何処かへと姿を消した。
そして初代ギルドマスターの言った通りに、魔王は数千年経って復活し、再び人々に害をもたらし始める。
数千年分の蓄えは魔王の方がギルドより上回っており、最早数で如何の斯うの言えなくなっていた。もうだめだと、誰が声を漏らす度に士気は落ち、次第に勝機を見出せなくなった時だ。
ーーただひたすら傍観していた神が、ようやく重い腰を上げる。今こそ、あの身勝手でワガママな英雄との約束を果たす時だ、と。
実を言うと、初代ギルドマスターは何代かに分けて当時の紙様にコンタクトを取り、生存性の低い世界へと送って貰っていたのだ。
その、この世界とも彦星がいた世界とも違う異世界から、当時まだ十才に満たない少年が落雷と共に召喚される。場所はちょうど魔王軍とギルドの中間に位置する教会の祭壇上、そこでたまたま休憩中だったギルドの遠征隊は、この少年は神が遣わした勇者なのだと思い、少年もまた頼れる大人がいなかった為に、遠征隊と行動を共にする。
遠征隊は少年に、戦う術を教え、一ヶ月もしないうちに頭角を現し始める。特に、初代ギルドマスターと同じ闇を浄化する力は、消えた英雄の末裔だと言う輩もいるほどだった。
時代と場所が戦争中の激戦区だったために、少年には人としての道徳よりも戦闘技術を叩き込まれた。
半年して、実戦投入された少年は敵の第一部隊を殲滅。一番下っ端とは言え、数百を超える魔族の群れを追い返すではなく殲滅した事は瞬く間にギルド総本部に届く。少年は、遠征隊から引き抜かれ、最前線で戦う部隊に送り込まれた。
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「……さん……ひ……し…」
「…………ぅ…ん?」
誰だよ、僕の事を呼ぶのは。
「彦星さん!」
「…………あぁ、小子か…ってうぉい!なんで起こした!」
「何でって……夕飯いらないんですか?」
「…いや、うん、いるけど……ああそうか…くそっ」
「……?…とにかく行きますよ、彦星さん。マキさんに呼ばれてますから」
どうやら僕は、あれから眠りこけて夕飯の時刻まで眠っていたらしい。しかしすっげえ気持ち悪い。紙様の話が途切れて、続きが気になって気持ち悪い。
小子を責めるワケじゃないが、なぜ起こしたと叫びたくなる。
……絶対、今愚痴こぼしてるだろうなぁ……紙様だから別にいいけど。
「…今日の夕飯、なんだって?」
「……あ、そうですね、お肉料理だそうですよ」
「そうか……」
はっきり言って期待できない。何しろ今の今まで美味しい肉料理が出た事が無いからな。
……肉質だけなら、歯がいらないほど柔らかいんだが。
想像してごらんよ、異様にやわらかく、舌触りの最高な、とろけるような無味の肉を。
正直、湿気った煎餅の方がマシかもしれない。何をどうすればそんな肉が出来上がるのか、想像もつかないが。
とは言え、食べなきゃ餓死するだけだから、不味いと分かっていても食べに行く。
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食堂で、意外な光景を目にする。この世界で敬れる、勇者〈トウガキ・リン〉とギルド顔役の〈マキ・クーシャ〉が同じテーブルを囲んでいるではないか。それだけではなく、鍛冶屋のリュウガさんやタイガ、適性検査で戦った〈タト・ゲンブ〉さんまでいる。
そして、言わなくても伝わるだろうが…とにかく、浮いていた。雰囲気に溶け込めず、浮いていた。
「……お、来たな。こっちだ、ヒコボシ!」
最初に気付いたのは、リュウガさんだ。その声で、テーブルにいた全員がこちらに気付く。
僕は今すぐ逃げ出したい気持ちを必死に抑えて、テーブルに足を運んだ。
「遅かったじゃないか、ヒコボシ」
「…あの、マキさん。これは一体どういう……」
「……ん?どうって、見た通りだが?」
「なんやヒコボシ、さては世間知らずのボンボンやったんかいな」
「ヒコボシ殿、少しは世風に吹かれてはどうかね?」
「いや、そうではなくてですね、タトさん。世間知らずじゃなくて僕は……」
「彦星さん?」
……おぉっと、うっかり口が滑りそうになった。小子から殺意が飛んできている。要するに、僕たちが異世界から来た事は内緒、という事なのだろう。
「どうかしたのかね、ヒコボシ殿」
「……いえ、なんでもないです。ところで、僕たちに何か用ですか?」
「そうそう、ヒコボシに言っておこうと思ってね。改めて自己紹介だ」
「…どうして今更自己紹介なんかするんですか?」
「なんでって……あ、そうか。ヒコボシはふつうのひとなんだっけ」
「リン殿に、神託が下ったのだ」
神託……あぁなるほど、そういう事か。つまり、話の途中で退席した僕に気を使って、紙様が引き合わせてくれたのか。あとは自分で聞け、と。
「なるほど…じゃあさ、この機会に聞こうと思うけどな、リンと一緒に魔王を倒した人達って、今どうしてるんだ?」
「「「「「「……はぁ?」」」」」」
「どうしとるって……今目の前におるやん」
「タイガ殿、嘘は良くないぞ?アレは貴殿の父であろう?」
「まぁそういう事よ」
スンマセン、意味わからんですハイ。
「こらこら、ヒコボシ殿が理解できておらんではないか。もっと深く言いなされ。良いか、ヒコボシ殿?貴殿の目の前にいる儂達は、世間から言われる英雄の末裔なのだ」
「……スンマセン、タトさん…ちょっとまだ頭が追いついてないです」
「追いつかすだけムダや。そういう物、でひとくくりにして飲み込んどけ。ちなみに俺が俊足の〈タイガ・スノウ〉や。戦ったのは俺の親父な」
「俺が魔導の〈リュウガ・ドゥーラ〉」
「あたしは怪力の〈マキ・クーシャ〉ね」
「儂は鉄壁の〈タト・ゲンブ〉」
「そしておれが、たいまの〈トウガキ・リン〉だ!」
「…あ……えっと…」
色々な情報が頭を駆け巡り、思わず倒れそうになる。そうなりつつも、一つ一つ整理していった。
まず、ここにいる僕達を除いた全員は〈英雄譚〉に出てくる人達で、つい最近も魔王との戦いに明け暮れて、いわゆる有名人だからここまで浮いてるんですねわかりました。
「……とりあえずよ、座ろうぜ?夕飯まだだろ?」
「…いや、それはちょっと……」
ここでこうして話しているだけで、あの人ナニモノ?という視線が僕に刺さっているのだ。これ以上、世間から注目されたく無い。もう、手遅れかも知れないが。
「…彦星さん、ここはもう逃げられないと思って下さい。これだけ注目を浴びているなら、断る方が逆に不自然です」
「……む、ぬぅ…」
二人が座れるように、場所も空けてもらった。小子の言いたいこともわかる。ここで踵を返すのは、失礼だろう。
しぶしぶ、僕は空けられた席に落ち着いた。
「うぬ、やはり若いうちは素直に聞き入れんとな」
「ふたりとも、ゆうはんはおれがとってくるよ」
「ありがとうございます、リンさん」
「えへへ、どういたしまして」
この野郎、まさか小子に手を出そうなんて考えてないだろうな。
まぁ別に取られたところで僕がどうこう言うつもりは無いのだけど。
「……リンの、常識の無さをどうにかしようとした事はあるのか?」
唐突に、尋ねてみる。
「んー…何度かトライはしたんだけどね」
「なんちゅうか、頭のネジが一本足りひんのや」
「欠落しとるのじゃよ、周りに向ける関心さが、の」
「まぁ、無関心だな。興味が無くなったら関わろうともしねぇ」
アスペルガー症候群……その言葉が、頭をよぎる。
それは、知的障害を伴わないものの、興味・コミュニケーションについて特異性が認められる〈広汎性発達障害〉の一種であり、自閉症に分類されている発達障害で、その特徴として興味の面では、特定の分野については驚異的なまでの集中力と知識を持ち、〈空気を読む〉行為が苦手、細かい部分にこだわる、感情表現が困難といった特徴を持つ。
新聞のスポーツ欄にある野球選手の打率を毎日覚えてしまうなどの驚異的な記憶力を示すこともあるが、〈電話をかけながらメモが取れない〉〈券売機で切符が買えない〉など一般人が出来る普通の行為ができない障害を持つこともある。
……まぁ平たく言えばコミュ症の正しい病名だと認識してくれればいい。それが功を奏したのか、魔物相手には有効だったのだろう。自分と、自分の周りの人間にだけ関心を向け、魔物に無関心となる事で、躊躇いもなく、ただ切って捨てるだけのキラーマシンが出来上がったのだから。
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「おまたせ!もってきたよ」
「今日も美味しそうですね」
「…見た目が、な」
「…そういう事言わないでください」
出された料理は、いわゆる焼肉定食だった。ただし、塩なし。
「…やっぱり物足りないな」
「ヒコボシ殿は一体どのような料理ならば納得するのだ?」
「そうですね……」
言ってもいいのか?シンバ国王から極秘って言われてるけど。
「…なんと言いますか、刺激が足りないんですよ」
「…なるほど、刺激か……マキ殿、何か良い果実はないかね?」
「どうかなぁ…刺激って事はクセの強いヤツでしょ?そんな果実あったかな……」
「アレは?なんやったっけ……赤い酸っぱいやつ」
「…あぁ、リモンね。でもアレはダメよ。果汁のクセが強すぎて料理には使えない」
「……なぁ小子、リモンってなんだ?」
「リンゴとレモンを足して二で割ったような植物です。ただひたすら酸っぱいだけの果実です」
えっなにそれ食べたい。もう既にヨダレが止まらないんですがそれは。
…いや、ね?僕はそんな食い意地張ってるわけじゃないから。梅干し見るとヨダレが止まらないでしょ?それと同じですよ、ウン。決して刺激に飢えて酸味が食べたいわけじゃないから。勘違いしないでくれるかな?
「なにを一人でブツクサゆっとんのや」
「いや別に何も」
「……まぁええわ。とにかくな、好き嫌いしとったらそのうちショウコ姉さんに色々追い抜かれんで」
「小子が僕を?何で?」
「身長、や」
は?ショウコが?僕を?身長で?
「…………ぶふ、あはははは!無い無い、あり得ない!小子の成長は十年とまってるんだぜ?栄養全部胸板に吸われてるからな!」
「ちょっ!彦星さん!?」
「いやいや、すまん小子…クク……そうかそうか、好き嫌いすると小子に身長抜かされるか。まぁ、小子が伸びるのは億が一にも無いとして、僕の身長が縮む線は残ってるからな。トラの言う通り、全部食うよ」
「トラちゃう!タイガや!」
いやぁ、笑った笑った。異世界に来て笑ったの、初めてじゃないかな?
心のどこかに、不安が残っていたのだろうか?そりゃそうだろう。いつもの様に眠って、起きたら異世界。何も分からず、ただ生きる為に戦おうとする奴らを真似て、僕はしばらく、この世界で過ごした。
だけど。
「…ふぅ……マキさん、依頼のラストオーダーはいつまでですか?」
「ん?そうだな…あと数十分じゃないか?どうして?」
「そうですか。じゃ、小子は先に部屋に戻ってろ。用が出来た」
「…はぁ、わかりました」
ササッと夕食を済ませ、大急ぎで食器を返す。
ごちそうさまも、リン達に別れの言葉も言わずに、僕は刀を持ってユーカリさんの所へ。
「ユカちゃん!」
「え?ヒコボシ君?今なんて?」
「ユカちゃん、昼に受けた依頼の再受注頼む!」
「ウンウン、仕方ないなぁ。ユカちゃんへの愛の告白と依頼の報告は明日にしてよねっ」
「告白はしませんけど、了解です」
チョロ……いや、優しいユーカリさんは僕の頼みを聞いてくれた。
「はい、受注完了!ケガしない様にね」
「あざっす!」
大急ぎで街中を突っ走り、閉まりかけの西出口から外に出る。
だけど、それじゃダメだ。それじゃ、元の世界と何も変わらない。せっかく異世界に来たんだから、ここでしか出来ない事をやらないと損だろ?だったら。
「出てこいよお前ら!ちょっと付き合え!」
果たしてその言葉を理解出来るのか。しかし一匹、二匹と数を増やし、紅く光る目をこちらに向けてくる。その数、数百は優に超えていて、もう昼に見た数など比較するだけ無駄な事だった。
「……やっぱりか。あの時感じた視線は、数十じゃ足りなかったもんな」
ギャアギャアと、鳴き声が重なり、それは常人が聞けば埋葬曲として聞こえたに違いない。
その中で、彦星は冷静に刀と万年筆を構えた。
「……今度は手加減なしだ。お前らの討伐依頼が出ないくらいに数を消してやる。それまで、僕の特訓に付き合ってもらうぞ……跳!」
速と攻を合わせた様な魔法を使い、発動の短縮化を図る。もう視力だけでは捉えきれない速度に達し、彦星は直線上のゴブリンを全て一刀両断する。
「さぁ、来いよ。今夜は寝かせねぇぜ?」
だったら、救ってやろうじゃねぇか、この世界。理不尽を理不尽と思わねぇくらいに常軌を逸脱して、無理やり捻じ曲げてやろうじゃんか。僕の想像を、神の力で創造してやるよ。
「【速攻術二式】」
昼の時より更に早く、彦星は彗星のごとく駆けた。それは本当に、星空を駆ける星の様で、観る者を圧倒しただろう。その美しく残酷な彗星は、ゴブリンを何十匹も一瞬で腐敗させるのだった。
ご愛読ありがとうございます。
グダグダするのは伏線張るのをミスってそのままにしてあるからです。
残念な作者には直すだけの技量がありませんでした。
反省はしている、後悔はしていない。
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