#103 神に至る者
「ぐおっ!?」
高所から落とされる感覚で、モードレッドは背中を強く打ち付ける。しばらくは痛む背中と後頭部をさすりながら、周囲の状況を確認した。
「こ、ここは……?」
辺りは真っ暗な暗闇。光など無く、唯一感じられるのは足の下にある床。それも、恐ろしく均一で真っ平らな……この場所以外に足場などあるのか不安になるほどの。
「明かりをつけなければーー【闇夜を 照らし その道を 示せ『聖なる光』】」
本来ならば杖の先を光らせたり、魔力消費は多いが空中に光の玉を浮かせたりするのだが……今回は、自分の体を光らせる事にした。こうすれば、滅多なことが無い限り光続ける事ができるからな。魔法と体内の魔力と直結させるのが、実は一番効率的だったりする。
「……おかしい」
モードレッドの使った『聖なる光』は、ただ発行するだけでは無い。暗闇を照らすと同時に、少しだけ進むべき道を示してくれる、洞窟探索用の魔法だ。だが、今回に限っては進むべき道はおろか……立つべき足場すら無い。示されない。何も見えず、ただ闇が広がるだけ。
「っ……『牛の力』…力を貸せ」
咄嗟に時を止め、魔力の消費を無くした。同時に、魔法も解除する。それから星域と呼ばれる領域を広げ、探知に何か引っかかるのを待った。
「…………何も…無い……」
モードレッドの最大領域は三百メートル前後。一般的な魔法使いの星域が百メートル前後だとすると、かなり優秀な部類に入る。そんなモードレッドの最大星域を以ってしても、分かったのは何も無い『無』を知らせただけ。これでは、気が変になっても仕方ないのかもしれない。
「……まぁ、こういうのには慣れてる。じっくり考えさせてもらうよ」
そう言ってモードレッドはその場に座り込むと、長考する姿勢を取った。
「…………」
モードレッドは考える。灰色の脳細胞をトップギアで回し、魔王の使った魔法について考える。
先の見えない空間、与えるのは絶望感、立つ位置を誤れば落ちてしまいそうな浮遊感、辺りを支配する拭えぬ虚無感……YOYO…
「いやいや、急にどうした。何を考えているんだ、アホなのか私は」
一人というのは恐ろしいものだな。とんでもない奇行に走ってしまう。しかし不思議と不安感は無い。まるで胎児が母親の子宮にいる時のような……優しい何かに覆われているような気分だ。
「……そういえば、星域がいつもより安定しているな」
本来、星域は周囲の魔素を取り込みながら自身の魔力を伝達する技術。魔素が薄すぎても濃すぎてもいけないため、地域や天候…術者の体調や精神状態で毎コンマ秒単位で調整し続ける必要があるのだ。
「星域外と星域内の魔力量が常に一定……そんな事があるか?いや、あり得ない。あり得るはずが無い。そんなものは、子どもの絵空事だ…」
ここで一つ、魔法の授業をしよう。学問の世界で、例えば数式の授業をしたとする。点Aから点Bに向けて無属性魔法弾を一発放ったとして、百メートル先に到達させるにはどの程度の魔力を必要とするかの問題だ。
魔法移動距離の公式は魔法作成魔力量を魔法式抵抗で除算して割り出すのだが……この問題文には以下の一文が付け加えられる。
『ただし、移動中の魔素抜けは考えない物とする』
魔素抜けとは、作成された魔法を放置すれば徐々に魔力が失われる現象を指す言葉だ。この魔素抜けは魔法の内側と外側の、魔力総量の差異によって生まれるもので、この事から魔素は常に均一を保とうとする性質を持つ事がうかがえる。
だが今回は、この一時だけは。
「…魔力…飽和空間……」
結界や空間の中に魔力が限界まで漂っている状態。現実という、区切りの無い空間では起こり得ない状態。それが満ち満ちている、この場所には。
「魔力すら通さない、出口なんてない、箱の中……」
なんだ、それじゃあもう、無理じゃないか。密閉された空間なら、どこにも突破口なんて。
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「どういう、事ですの……っ」
「おいどうした駄狐、何をそんなに怒ってる?」
「これが怒らずにいられますの!?」
誰かを探す時、目的の人物と出会う道を選択する、という探索方法はある意味正解である。なぜならば、その道を選んで出会わなければ、その先の未来には一生出会う事が無く、必然的に選択肢が絞られてくるからだ。
だが、ことこの場において、目的の人物を発見するには、未来を知るタマよりも、鼻のきくコンの方が一枚上手だったようだ。大好きなお姉様の香りを捉える嗅ぎ分けが。
「……最終目的地はここですの。まだお姉様が貴方に会わず、迷っているなら問題ありませんわ…ですけど」
再度確認する様に、コンはその場の空気を私情たっぷり下心丸出しで肺へと送り込む。
「……ここに、先程までお姉様がいましたの。でも姿は見えませんわ。そこで貴方に一つ、訪ねてもよろしいかしら」
腹の底が冷える様な怒りを抑えつけて、コンは黙って座り込む魔王に問いかけた。
「どうして貴方の体から、お姉様の香りがいたしますの?」
「流石はフォッコ族の血筋だ。近しいロウガ族と同じように、鼻が良いと言える」
ゆっくりと魔王は立ち上がりながら、その表情をニヤついた笑みに変える。
「なぜ、と聞いたね?なら教えてあげよう。なぜ、この体から優川小子の気配がするのか。なぜ、この部屋から優川小子の残り香が感じられるか。それはね……君達よりも早く、優川小子はこの部屋を訪れ、そして戦ったからなのだ。いや…圧倒的にこちら側が勝っていたのだから、もはや戦いでは無いな。言うなればそう……狩りだ。狩ったのだよ、優川小子を。絶対的強者が獲物を何も考えずに狩猟するのだ。そして喰らった……その結果、この体は優川小子を吸収し、より神に近しい存在となった。わかるかい?自己が稀釈し、自分が何者だったのかなんて薄れてしまっているのに、心地いいんだよ。遠い遠い昔に犯した罪が、許される気分だ。こんなにも輝かしいのだな、神に近づくとは。まさに神の右腕……いや、物理的存在などしない神なのだから、腕よりは椅子…神の右席と言える」
「長ったらしいご高説感謝致しますわ。それに不思議ですのよ、貴方には間違いなく怒っているはずですのに、頭は冴えていますの」
今もコンはどうやって魔王を殺すか考え、その実、三度は頭の中で殺していた。
「……でも足りませんわ。全く足りませんの…わたくしからお姉様を奪った貴方に、相応しい罰が」
そう言うが早いか、コンは自分の体を変形させて巨大なマスケット銃に変形させる。
「負け猫!ノーナ!不本意ながらわたくしの体を預けますわ!終わったら下半身を殺す権利を差し上げますのよ!」
「言ってからやれ!」「契約成立ぅ!」
ゆっくりと立ち上がる魔王を見て、コンはすぐに小子を押さえつける事で精一杯なのだと確信した。その為に、わざわざ未来のタマに意思を伝え、対応させたのだから。
「擬似超新星咆哮ッ」」
「『動くな魔王』」
マスケット銃の先端から、圧縮された魔力が放出された。これはコン流にアレンジされた、タイガとレオナの必殺技なのだが……魔力や魔素で充分満たされたこの裏世界ならば、本物以上の威力を発揮するだろう。
「まずは、お姉様に触れた罰ですのよ」
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