#102 紙の罠
「待ちやがれクソ紙ィ!」
「執念を感じるよ、ここまで来るとさ」
彦星は未だに紙の首を取り押さえられない。逃げ切りたいのか、捕まりたいのか……とにかく付かず離れずの距離を保ちつつ、紙は彦星の前を煽るように移動していた。
「おや?」
「行き止まり……チャンスですよ、彦星さん!」
「美味そうな魔力の匂い……食べていいんだナ?」
クソ紙はあちこち無造作に動き続け、袋小路へと迷い込む。捕まえて神格を抜き取れば、少なくともクソ紙は本来の魔王となり、行き場を無くした信仰は一先ず小子に集まるハズだ。
「これは失敗したかな?」
「あぁ、ここでテメェは終わりだよ」
ようやくだ。ようやく、長かったこの戦いが終わる。誰も死なず、殺さず、そして小子が生きているこの、世界線で。
「まてヒコボシ」
「なんだよモードレッド……興ざめな事か?」
「いや……変だと思ってな…」
「何がだよ」
僕は刀と視線をクソ紙に向けたまま、モードレッドの懸念を聞く。何百、何千と小子を殺したクソ紙の事だ、聞いて無駄という事は無いだろう。
「考えてみろ。この空間を作ったのは、魔王なんだろ?私やヒコボシの認知によって確定するとは言っても、ここは魔王の腹の中…魔王本人が、迷うと思うか?」
「……」
言われてみれば、そうだ。自分の作った家で、自分が迷うか?少なくとも僕なら迷わない。
それに、追い詰められているはずのクソ紙は、ニヤついた顔を貼り付けて微動だにしない。ただの一ミリも、だ。何かを待つかのように。
「……何を考えているクソ紙」
「さぁ?何の事やら」
「トボけるな!陰湿なクソ紙の事だ、策を講じていないってのが、そもそも変な話なんだよ!それとも、本当に諦めて神格を差し出すか?」
「……いや、そんな気はさらさらないよ。元より負ける気も無いけど、ねっ!」
クソ紙が壁に魔力を流すと、小子の立っている地面が漆黒に染まる。そのまま呑まれるようにズブズブと沈んで行った。
「小子ッ!」
「彦星さんっ!」
「おっと、行かせないよ」
沈む小子を引っ張り上げようとした彦星だが、魔王の魔力で手足を拘束され縛られる。いや、この感じは以前使った事のある力だった。
「テメェ……万年筆か…っ!」
「ご明察。君も使った事のある『縛』だ。ついでに君達も、連れて行ってあげようか」
縛られたのは何も彦星だけでは無かった。モードレッドもデーブも、その動きを封じられている。そんな彼らの足元にも、漆黒の沼が出現したのだ。
「な、なんなんだナ!嫌なニオイなんだナ!」
「こ、これは……マズイですね」
沈んでいく先が全く見えない。足の先から何も感じなくなっていく。存在ごと、消されているような感覚だ。
「君達は神の天敵であり、一部でもある。ゆっくり吸収させてもらうよ」
「クソ紙ィィ……ッ」
何か手があるはずだっ!考えろ、思考を止めるな、まだ諦める時じゃねぇッ!
「クソッタレェエエエエエエッッッ!!」
「無駄無駄、何千回と逃げられた君を捕らえる為に、気の遠くなるような時間をかけて作った罠だ。そう簡単に解かれちゃ困るよ」
我武者羅に星域を展開しても、沈む速度は変わらない。縛られたまま、小子も彦星もモードレッドもデーブも、その姿を完全に沈めるのだった。
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「あ、いたいた…おーい、ノーナぁ!」
「ッ!……あぁ、なんだぁ、君達ですかぁ…」
「なんですの、その顔は。驚いているのか安心しているのか警戒しているのかハッキリして下さいまし」
「全部だよぉ」
勇者のいた部屋に入るまではずぅっと一本道だったんだけどねぇ?そこから先は全然変わって複雑に入り組んでいたのさぁ。そりゃあ、後ろから声をかけられれば驚くよねぇ?
「よく見つけられたねぇ?」
「当たり前だろ、ワイやぞ?」
「あぁ、そういえば猫の力は時間遡行……タイムリープだったねぇ?要所要所で点を作成すれば訳ないかぁ…」
「そゆこと」
便利な能力だよねぇ?うっかり欲しく……いけない、いけない…強欲になっちゃあダメなんだよねぇ。
「それでお姉様はどこにいらっしゃるのかしら?」
「まだ見つけてないんだよぉ、手伝ってくれないかなぁ?」
そろそろ自己暗示も疲れてきたからねぇ。強制的に感覚を研ぎ澄ませるのは疲れるんだよぉ。
「構わねぇぜ。ちょっと待ってろよ…………よし、こっちだ」
流石は猫の力ぁ、索敵にはもってこいだよねぇ。
「あぁ麗しのお姉様……早くお会いしてその胸に全身を埋めたいですわ…むしろ子宮から産まれ直したいですの」
「気持ち悪いぞ、駄狐……ぉっと、止まれ。目的の人物より先に魔王に出くわしちまった。どこかで追い抜いたらしい」
「…?変ですわね……お姉様の残り香はこの先からしていますわよ?」
残り香ってなんの話なんだろうねぇ?私には何も感じ無いのですけどねぇ?あぁでもぉ、甘美なる死の気配ならプンプンしてますよぉ。
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