#100 勇者と魔王の因縁
祝!100話!
「せえぇぇぇぇやああっ!」
「ッ……くそ…!」
リンの動きは全くもって無茶苦茶だった。型も、加減も、駆け引きも、まるで何も考えていない。
「読み、易いんだよなぁ!」
「カミサマもぉ、ザンキもぉ、相性は最悪だねぇ?」
『おまけに聖剣は全部オリハルコン製だってよォ!ゲヒャヒャヒャ!普通の剣なんざ真っ二つだぜェ!笑えねぇなァ!』
摂理に干渉する力を取り上げられた神は、もっぱら剣を使って応戦する。ザンキもまた、ゲヒャ丸と共に剣を振るうのだが、戦闘センスの塊のようなリン相手には、部が悪すぎるだろう。
「しょうがないなぁ……『止まれ、リン』」
「ッ……!?」
ノーナの言霊により、リンの行動が一瞬だけ止まり、その隙に神とザンキは距離を取った。しかしリンが止まったのは本当に一瞬で、以前のように長時間拘束出来なくなっている。
「……おまえ…あのときのきぞくか!」
「そぉだよぉ?耐性が出来たのかなぁ?」
「あたりまえだ!きのうよりきょう!きょうよりあした!あしたより……えっと…えっと……?うん!おれはきのうのおれよりつよくなるんだ!」
「……頭はぁ、弱いみたいだねぇ?」
「う、うるさいっ!きんにくはうらぎらないって、せんせいがいってたんだ!〈ぐらんど・くえいく〉っ!」
どうやらリンに修行を付けた師匠は脳筋だったらしい。ともあれ、リンは聖剣を振って剣撃の代表格〈地割〉を繰り出す。それも、器用に三方向へと枝分かれさせて。
『オレサマに任せなァ!死にたくなけりゃァ後ろに並べェ!』
ゲヒャ丸は扇状に広がると、その下半分を地に突き刺した。すると地割はゲヒャ丸の表面を伝い、体表の上を駆け上り始める。
「えっ……」
『意外だって顔してんなァ!知ってるかァ?オレサマの体は魔力で出来てんだぜェ?だったらよォ、地脈や龍脈を利用してねェ魔法なんざァ、避雷針みてェにオレサマの体を伝ってくるよなァ!』
「そ、そうなの!?」
『オコサマはしっかり勉強しとけェ!そォら、返してやるぜェ、しっかり受け止めろやァ!ゲヒャヒャヒャヒャ!!』
駆け上がった〈地割〉はゲヒャ丸の体を伝わり続けていた。枝分かれした地割は一つにまとまり、なおも進み続ける。そのうちにゲヒャ丸が出口になる頂上をくるりと折り曲げ、力が反り返るように形を変えた。その結果、伝わった地割はまた地を這って、発動者であるリンの下に矛先を向ける。
「……っ!〈れっぷうじん〉!」
知識が乏しいと言っても、流石に五属性の相性は知っていたらしい。地属性の地割に対して、しっかりと風属性の〈烈風刃〉で応戦された。
「やるなぁ、さすがは勇者って所かな。でも、この剣と競り合う気は更々無いみたいだね」
「……わすれてないぞ、まおう。そのけんは、おなじ『けん』をたべる〈ぐーる・そーど〉だろ?さいしょにたたかったときは、してやられたからさ、イヤでもわすれないよ」
喰剣……変な名が付けられたものだ。神の持つ剣は、途中でポッキリと折れてしまっている。別に壊れているわけではなく、偶然この形になっただけだが。
この剣にはある特性がある。それは、近くの鉄や鉱物を吸収して、折れた剣先を生成するというものだ。元々はただの自動修復機能だったのだが、変なふうに折れた結果、そういう特性に成り代わったのだ。
「そもそもこんな付与術式じゃなかったんだけどね。魔王の持つ魔剣っていう概念がそうさせたとも言えるし」
故に。その身をより上位の素材へ。修復と、修理と、強化を行い。剣先は、生き血で生成する。まさしく魔剣、悪魔の剣。
「受ける事の許されない剣と」
「動きを止められる魔法とぉ」
「未だ届かぬ技術を前にして」
『どうするつもりだよォ!?』
もしもこれが、一人でも欠けていたのならば、リンの圧勝だっただろう。だが今回は特に相性が悪かった。本当に、悪かったのだ……リンが。
「それ…でも……っ」
どんな逆境に立たされようとも。どんなに危機的状況になったとしても。折れるわけにはいかない。折れてはいけない。それが、勇者と呼ばれる者の宿命だからだ。
「それでも……まけるわけには、いかないんだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
リンが己を鼓舞したその瞬間、部屋を漂っていた魔素が渦巻くように動き出し、リンの体へと流れ込み始める。
「な、なんだ?」
『おいおいおいおい!笑えねぇな、コリャあ!』
「何が起こってのかぁ、説明してくれないかなカミサマぁ?」
「……リン君が、紛れも無い勇者だって事さ。勇者は世界に最も愛されている。そして魔王は世界に最も嫌われている。歴代の魔王は必ず災厄をもたらし、歴代の勇者は必ず打ち勝ってきた。そういう風に、世界を創造した」
あとは、分かるな……と。それ以上は何も言わなかったが。
『……よーするによォ、今あのオコサマは世界から力を与えられている最中でェ、下手するとオレサマ達が勝てなくなるってコトかァ?』
「まぁ、普通に戦えばそうだね。でも、一つ抜け穴がある。勇者が世界から力を与えられるのは、魔王を打ち倒す時だけだ。今この瞬間、魔王と認定されているのは一人だけだから、その人物以外なら勝てる可能性がある」
「とどのつまりぃ、ゴリ押しすればぁ、勝てるかもって事ぉ?」
「なら、一番膂力の強い奴は誰なのだ?」
『そりゃオメー、全身筋肉のオレサマだろうがよォ!ゲヒャヒャヒャ!』
そうこうするうち、リンの強化が終わったらしい。異世界人らしかった黒目黒髪は金眼銀髪に変わり、全身から魔力が漲っていた。
「……ゲヒャ丸、我の魔力を全部持っていけ」
『あァ、やってやんよォ!ゲヒャヒャヒャ!』
「私もぉ、自己暗示で強化してあげるよぉ」
「なら、ついでに神の持つ魔力を上乗せしよう」
リンは無言で聖剣を構える。お互いに、最強の一撃を持って、終わらせるらしい。
「【誰にも負けず、彼にも負けず、罪にも、多夫の欲にも負けぬ、強大な力を持ち、欲深く、決して呑まれず、いつも静かに嗤っている。そういう存在が、ゲヒャ丸だ】」
「まだまだ……搾り取れ…っ」
魔力を注ぎ、言霊により強化され、ゲヒャ丸はどんどんと肥大化する。その大きさがザンキの肉体より大きくなり、立っているのがやっとの状態となった瞬間。リンは全力で地を蹴った。
「ほろびろ、まおォォォッ!!!!」
『ブッ飛べェェェェェェ!!!!!』
巨大な腕と聖剣がぶつかり、空間が振動する。
「ぁああああアアアアアアアっ!!!」
『ぐうぅぅぅぅぅッ!』
数秒の押合いの末、徐々にゲヒャ丸は後退し始める。魔王では無いが、ゲヒャ丸もまた魔王と同じ因子を持つ存在だ。世界に最も嫌われている訳ではないが、好かれているはずがなく。
「いける……っ!かてるぞっ!」
『ッ……!クソがアアアアアアア!!根性見せろオレサマァ!』
持ち前の精神でなんとか踏ん張り、一瞬たりとも気の抜けない中で変形を始める。腕の後方にブースターを作成し、そこから一気に魔力を噴射した。
「な……っ!だが、ながくはもたないよねっ!」
「それはどうかな」
神がゲヒャ丸に手を当てて、残った魔力を全て注ぎ始めると、後退していた立ち位置から少しづつ押し始める。
「……ザンキ君、神様はここでリタイアだ。存在が魔力そのものである神様が、魔力を失えば…あとは、干からびて消失するだけだ」
「…なん……だと?」
「大丈夫、神は消えても女神がいるだろう?この世界は平和になるのさ」
『……すまねェな…ありがたく頂くぜェ!』
「こざかしいまねを……っ!けど、まおうのまりょくをすべてうけついだなら、おれのせいけんできりさいてやるっ!」
「はいはい、そんなリン君に質問です。喰剣は今、どこにあるでしょうか?」
「……へ?」
神の魔力を受け継いだゲヒャ丸は、聖剣に弱くなっていった。しかし、ちょうど指の太さ分切った時に、出て来たのだ。握られたその手の中から。
「……まさか」
「ごめんね?リン君の聖剣、盗っちゃって」
喰剣の特性は近くの鉄や鉱物を吸収する事。接触でもしようものなら、一瞬で呑まれるだろう。
『今だッ!吹き飛べェェェェ!!!』
「くそったれぇぇぇぇぇ!!!」
リンはゲヒャ丸の一撃を受け、壁に叩きつけられた。そのまま意識を失い、膝をついたのだった。魔王を打ち倒すという目的を、しっかりと果たして……。
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