#10 刀
首都、ジュゴスから帰ってきて三日が経つ。ここレオンは相変わらず平和であり、紙様…いや、神様か。神様の言った世界滅亡なんて来る気配すらない。
「何を一人で窓を見ながらぼーっとしてるんです?」
「平和だなぁって」
「…おじいちゃん、もうすぐご飯ですからね」
「誰がジジィだ!」
この人は桂小子と言って、僕の担当者だ。少し遅れたが、僕は星川優彦。訳あって、今はペンネームの優川彦星と名乗っている。
え?なんで今更人物紹介するかって?こういうのは、小まめにやらないと忘れるでしょ?
話を本編に戻そう。一昨日、僕と小子は街の洋服店で新しい服を買った。お陰でマキさんにこってりと怒られたけど…まぁ、その辺は前の話を見てもらうとして、だ。
昨日は新しい服を着て小子と街をぶらぶら歩き回った。マキさんには、一応デートだと伝えて。前の服は周囲の注目を集めていたのだが、デート中は僕よりも小子の揺れる胸板に注目が集まっていた。
もちろん、ただ単に遊んでいただけじゃなく、ちゃんとギルドホールの付属体育館でトレーニングする。来るべき僕の武器をしっかりと扱えるようにね。
そして今日、僕のもとに朗報が届いた。
「ヒコボシ」
「あ、マキさんおはようございます」
「おはよう、朝早くからすまないね。朝食が出来てる、話があるが食べながら話そう」
マキさんに誘われ、食堂へ向かう。今日の朝食は卵焼きと焼き魚一尾…と、これは何だろう?
深皿に、米粒サイズの白い何かが大量に盛られている。正体は食べてみて分かった。小麦だ、小麦を水で練ってチネった物を茹でてあるのだ。昔見た無人島生活のアレだな…番組名忘れたけど。
卵焼きは甘く仕上げてあるし、魚には備え付けの柑橘類を絞ればいい。久々に美味しいご飯を食べたな。
「…美味しそうに食べるんだな、ヒコボシも」
「はい?」
「今まで、ヒコボシが美味しそうに食べる姿など見たことがなくてな。味音痴かと思っていたよ」
「…まぁ、好みの味でしたから。それはそうと、話って何です?」
「リュウガから連絡があった。仕上がったそうだよ」
おぉ、つまり刀が出来たのか。一週間かかるとか言ってたから、もう少し先かと思っていたのに…意外と早かったな。
「わかりました。では今日にでも取りに行きます」
「うむ、リュウガにはもう払ってあるから、受け取るだけでいいぞ」
そう言って、マキさんは食べ終わった食器を持って席を立った。同時に食べ始めた僕達より早く食べ終わった事実については、触れないことにする。
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朝食後、僕と小子は裏路地に建つリュウガの店を訪れた。
「……なんだこれ」
「随分と繁盛していますね」
以前訪れた時は閑古鳥が鳴いていたのに、今はもう見る影もない。というより、人でごった返していた。
その中に、見た事のある顔があった。今度は見間違えではなく、本物のタイガだ。
「えー、こちら最後尾となっとりまーす。二時間待ちでーす」
「よう、タイガ」
「お、ヒコボシやないか!待っとったで、せやけど今リュウ兄ぃめっちゃ忙しいねん。店の裏口から入って工房で待っとったって?そこの路地入って右や」
「おうわかった」
「ほなな、ショウコ姉ぇ」
「えっ、あっはい」
小子は、お姉さん扱いされたのが嬉しいのか、気分が良さそうだった。
「小子姉ぇ……うふふ」
「そんなに姉扱いされたのが嬉しいか?」
「そりゃあ、勿論。私には姉扱いしてくれる優しい作者はいませんからね」
「小子は姉というより妹だな。そっちの方が需要もありそうだし」
「なんのですか、なんの!」
いや、それは今どうでもいい事だ。まだ納得のいかない小子はぎゃあぎゃあ騒いでいるが無視しよう、時間の無駄だ。
「裏口ってここで良いのか?」
「聞いてます!?」
「キイテルヨー」
「っ……ぐぬぬ…そうですね、ここで良いんじゃないですかね!」
「そうか」
「……はぁ、もう…私が怒っているのが馬鹿みたいじゃないですか」
ここで小子をアホの子宣告すれば、更にわめき散らすのが判っているので、僕は黙ってリュウガさんを待つことにした。
それから数分して、リュウガさんが姿を見せる。
「おぅ、ヒコボシ。ンな所に突っ立ってないで入れ。そっちの嬢ちゃんは、知り合いか?」
「はじめまして、彦星さんの妻です。小子と言います」
「なんでぇ、ヒコボシお前嫁さんがいたのかよ!」
「えぇ、まぁ」
「おっと、こうしちゃいられねぇ。時間がもったいねぇから中に来な。そっちの嫁さんもだ」
そう言ってリュウガさんは、工房の更に奥へと手招きする。誘われるがまま、僕と小子は中へと入って行った。
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工房の中は以前来た時よりも更に蒸し暑く、蒸気で満たされていた。
小子は設置してある錬成釜や見慣れない小道具に目を奪われている。
「あの、リュウガさん。表の人集りはどうしたんですか?」
「ありゃあ全部俺の客。この前トラの剣を直した後からこの調子だ……まいるぜ」
「トラ?」
「ん?あぁ、トラってのはタイガの事だ。あだ名だよ」
「なるほど、それでトラか」
「まぁ今はどうでもいい。それよりカタナが目的だろ?」
そう言って、リュウガさんは大量に置かれた剣の束から一本の木刀を取り出した。
「こいつが、ヒコボシの頼んでた剣だ。剣身は自信作なんだが、鞘と柄と鐔が難しくてな……悪いが仕込剣にさせてもらった」
「いや、ありがとう。僕としてはそっちの方が助かる」
「その他強度にも問題は無いと思うが、どうだ?」
「期待以上、ですよ」
その言葉を聞いて、リュウガさんは安心したのか大きなため息と共に肩の力を抜いた。
きっと、確信が持てていなかったのだろう。
「そう…か……はは、ははは……あぁ…ホッとした」
「ところで、ですけど。料金はマキさんが払ってますよね?」
「ん?あぁ、そうだな」
「…何か僕に出来ることは無いですか?このまま帰るのはちょっと、しのびなくて」
正直、この刀の出来が良過ぎて値が付けられないのだ。故に、マキさんが払った金額では足りないと僕は思う。
「バカ、それ位でしのびないとか言ってんな。俺様の作ったモノはどれも値が付けられないのは分かるが、だからと言って恩を返される覚えもねぇよ」
「いや、でも……そうだ、表のお客さんの対応を手伝わせて下さい」
「…あのな、表の客はほぼ全員が属性剣目当てのヒヨッコだ。たかだか属性二つ持ちの剣一振りに一千万Y払うとか言ってるボンボンも居たぜ?全部断るつもりだし何よりヒコボシ、そういうのはお前のカタナに属性付与させてから言え」
その頃になると、小子が工房を一回りし終わって、ヒコボシを見る事になる。そして彼女は彼の背中から溢れる負けず嫌いの気配を見るのだった。
ヒコボシがおもむろに万年筆を手に取ると、自分の刀に何かを書き込む。
「…なんのつもりだ」
「付与させてみろって、ケンカ売られたんで」
そう言い終わるが早いか、ヒコボシは万年筆を仕舞った。
「これでどうです?文句無いですよね」
「なんだ、付与術でも使ったか?言っておくが手伝うつもりなら二属性入ってないと話になんねぇからな?」
ヒコボシから手渡された刀の〈はばき〉の部分に書かれていたのは、たったの一文字。付与術を嗜むリュウガは、文字こそは読めなかったがその属性は触れれば理解できる。
そうしてはばきに触れた途端、刀を放り投げて自身から遠ざけた。
「おま…ヒコボ……この付与術、何処で習った」
「え?習う?誰にです?」
「独学でやったのか!?これを!?」
一体何をそんなに驚いているのだろうか。
「…ヒコボシ、お前は魔法……特に付与術についてどこまで理解してる?」
「理解?どこまでってそうですね……一つの物体には一つの魔法しか付与出来ない、って所までは」
「なら、この剣にはなんで全属性付与されている?説明してみろ」
今回彦星が書いた魔法は “ 全 ” だ。だから、付与された魔法は一つだが役割が決まっていないが故に利用範囲が広くなったのだ。
一つの物体には魔法が一つしか付与出来ないのは、一番最初に万年筆を握った時に理解した。もっと細かく言うのであれば、物体Aに魔法Aを付与する事が出来、魔法Bは付与出来ない。ただし、魔法Aを細かく指令する為の魔法A′やA′′は付与出来る。
例えば1+1=2という数式の答えを3にしたり1+2=2とするのは無理だが、1+1=2=1×2や2=4÷2なら通じる事と同じなのだ。
その事を、僕は簡略的だがリュウガさんに説明した。
「むむぅ……よくわからんが、実際成功例が目の前にあるからな。俺も魔法についちゃあまだまだカラ被ったひよこだし、知らない事が有っても不思議じゃねぇな」
「なら、これでリュウガさんを手伝えますね。何からしましょうか?」
落ちた刀を鞘に納めつつ、判断を仰ぐ。しかし帰ってきたのは予想とは相反する答えだった。
「ダメだ、ヒコボシには何もやらせられねぇ」
「なんでだよ。属性二つと言わず全属性付与出来るのにか?」
「あぁそうだ。客が求めているのは特定の属性だ。必要以上に増やすのは注文と違うからな。頼んだ物が望まれない形で来なければ、商売はやっていけない」
「……そうか、わかった。刀ありがとな」
素直に引き下がった彦星に、小子は驚きを隠せていなかったが、決して口には出さなかった。それが己の引き際だとわかっているからだ。
「じゃあな、リュウガさん。行くぞ小子」
「はいはい」
「…なんで笑ってんだよ」
「いえいえ、別に笑ってなんかいませんよ」
「じゃあその薄ら笑いやめろ。むかつく」
「嫌です。意地でもやめません」
「……勝手にしろ」
「お前ら仲良いなぁ……」
そうして僕達は工房の外へ出て、ギルドホールに戻る。店の前ではまだ人でごった返していて、タイガがあっちへ行ったりこっちへ行ったりと動き回っていた。どうやら、工房から出てきた僕達には気が付いていない様だ。
その人混みをかき分けて、裏通りを進む。刀は邪魔にならない様、手に縦持ちしている。
「おっと、ごめんなさい」
「…………いえ」
それでもやはり、人混みの人とぶつかるのは避けられない。
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ギルドホールに戻った僕達は、ユーカリさんを訪ねる。
「やっほー、ユカちゃんだよぉー」
「ユーカリさん、街から出来るだけ離れずに行って帰ってこれる動物討伐系依頼ってありますか?」
「あっれー?聞こえなかったのかなぁ?ユカちゃんだよぉー」
「あ、ユカさん、私も同じ依頼お願いします」
「…ユカちゃんだよー」
「「早くしてください」」
「はぁーい……街から離れない動物討伐系だとすると、害獣駆除かな?ファントムベアーの討伐……はちょっと早いし…ウサギ……はもう依頼来てないし………うん、これが一番じゃないかな?」
見せられた書類に目を通す。そこには【ゴブリン討伐】と記載されていた。
「えっいきなりゴブリンですか?」
「あ、そう思う?じゃあショウコちゃんは別の依頼にする?」
「やめてくれ、小子一人じゃあ危なっかしくて気が気でならん」
「あらー…おしどり夫婦ね……」
「とにかく、その依頼受けるぞ。いいよな、小子」
「まぁ、構いませんけどね。私は彦星さんの行くところに行きますから」
「そうか。で、場所はどこなんだ?ユーカリさん」
「えっとね、この依頼は依頼主が来ないやつだから…西出口ね。あ、西出口ってわかる?」
「いえ、全く」
「この前行った依頼…護衛依頼ね。そのちょうど反対方向の出口なの。ここら辺のゴブリンの縄張り争いに負けたのが西出口に群がるのよ。西には畑が多くあって、食料欲しさに荒らすのよね…特に、この時期は」
頼んでもいないのに、わざわざ説明ありがとうございます。
とりあえず、西出口の場所は大体分かった。目標討伐数は三十匹以上と書かれているが、まぁなんとかなるだろ。
「あのね、ヒコボシ君。言っておくけど、ゴブリンだからって舐めてると痛い目見るからね。く・れ・ぐ・れ・も!危ないと思ったら逃げる事、いいわね?」
「あ、はい」
「ショウコちゃん、ヒコボシ君が無茶しないように、監視頼んだわよ」
「はい、わかりました」
珍しくユーカリさんが真面目だ。ゴブリンってそんなに強いんだろうか。もしかして体長何メートルとかやめてくれよな。いや、それは無いか?しかしあり得ない話ではないよな、この前外で見たやつがゴブリンだと言う証拠はないし、あれは子供だったのかもしれないし。
「彦星さん、行きますよ。何をぶつぶつと考えているんですか?」
「ん?あぁ、すまん行こうか」
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「あれ、西出口ですよ?どこに行くんですか?」
「ん?ちょっと食堂にな」
「…はぁ、なんでまた食堂なんかに?」
「ひみつ道具の準備。すぐ行くから、小子は先に行っててくれ」
「…まぁ、別にいいですけど」
再び場所は変わって、西出口。この辺りはユーカリさんの話していた通り、畑や果樹園で埋め尽くされていた。
搬入出の多い為か、門には門兵がおらず、代わりに開閉ハンドルが設置されている。内側から開け閉めするタイプのようで、外にはそれが無いようだ。一体どこから進入すると言うのだろうか。
その答えは、閉じてみて初めてわかるが、今はまだ閉めるような時間ではないので彦星達は確認出来ない。
「さて、と。とりあえず外に出て見るか」
「ですね」
開けっ放しの門をくぐり、外に出る。こっちは東出口とは違い人工林が無く、食料不足もある程度納得がいく。しかし、いくら人工林が無いからと言って見通しが良いわけではない。
所々に緑は残っているものの、その殆どは茶色く変色しており、門の近くは尖った岩で囲われている。天然の防壁と言えば、確かにそうだがそれと同時に隠れ場所にもなる。邪魔だから、と言って全部斬る事は出来るが、そうすればどこの誰に文句を言われるかわからない。
さて、そこで登場パンパカパーン!朝の食品廃棄物ぅー!
「…なんですか、それ」
「今朝の朝食で柑橘系のがあっただろ?その余った部分を貰ってきた」
「えっきたない」
「いやいや、流石にゴミじゃないからな?食堂のおばちゃんに、小さくて使えないやつを貰ってんだからな」
「………そうなんですかぁ?」
「…とにかく、今はこいつを持ってゴブリンをおびき寄せる」
「どうやって?」
「ふふふ、まぁ見てな。そこにいたら来ないから、小子も一緒に来いよな」
柑橘系の果実をポケットに入れ、真っ直ぐ門から離れる。
「あの」
「後ろは見るなよ?なんだ」
「…本当に大丈夫なんですか?」
「ん、まぁ大丈夫だろ。ダメなら一匹づつ探すだけだし」
「そうですか……ところでまだ振り向いたらダメなんですか?」
「…そうだな……あとちょっとかな……よし、いいぞ」
くるりと振り向いた小子は、絶句した。音も無くゴブリンが何十匹と群がっているからだ。気付かれたゴブリンは、一気に襲いかかってくる。
「…きゃっ……!」
「させねぇよ」
小子に飛びかかろうとするゴブリン数匹を、一閃。
紫掛かった体液が飛び散り、ゴブリンの腕が空を舞う。そのまま左肩から右脇腹へと刀を抜いた。斬られた後の塊は、ぐずぐずと腐って腐敗し、何やら黒い水晶へと成り下がる。この世界の死に方は、こういうものなのだろう。
「さぁ、次はどいつだ。これだけ数がいるなら、束になりゃあ勝てるだろ?」
一瞬だけ強張ったが、仲間のいる事に安心しているのだろう、指揮はまだ下がらない。対してこちらは二人だ。負けるはずもないだろう。
「……血糊が邪魔だな…後で刀身に浄化魔法でも書くか」
「…あの、彦星さん?顔が怖いですよ?」
こちらが使うのは抜刀術、相手は撲刀術。さらに一対一ではなく一対多数。水鴎流だとか飛天御剣流なら切り抜けられるだろうが、あいにく僕の剣術は完全オリジナルだからな。果たしてどこまで通じるやら。
「彦星さんっ!」
「…お、おう?なんだよ」
「いえ、随分と怖い顔してましたから。それから、私はもう大丈夫です」
「よし、なら回復頼んだぞ」
さぁて、まずは魔法を使わずにやってみるか。さっきのアレは無かった事にして、一番近いゴブリンから斬って行く。少しでもためらったらこちらが殺されると思えば、自然と身体は動いた。
最初の一手は居合、二手はツバメ返し。その後は素早く下がって刀を鞘に納める。そしてまた居合……所々に切り上げや斬り下げ、または牙突を織り交ぜたりしてこちらの手の内を隠す。
十匹程斬った辺りで、次は魔法を織り交ぜてみる。属性は常に発動しているから無視するとして、とりあえずは僕の動きに耐えなければ意味がない。
万年筆を取り出し、足元に “ 速 ” を書き、それを踏み抜いた。刹那、彦星は疾風より速く駆け抜ける。通った後のゴブリンから、勢い良く体液を噴射させて倒れていった。
「…よし、次はいよいよ本命のアレ……長年考え続け、遂に成し得なかった厨二の思い出を、今ッ!現実にッ!!」
僕の想像力と神の創造力、更には繰り返してきた記憶をあわせれば、この大軍をフルボッコにも出来るッ!
「行くぜ…【速攻術一式】!」
描くは速、攻。踏むは速、斬るは攻、止めるは、時。
己が相手より速く動くと、その分相手か遅く見える。なら、もっともっと速く動くと?
「止まって見えるぜ…お前らがよ」
光の軌跡に乗せられてゴブリンの腕が、脚が、胴が、首が、次々と分断されていく。
何もないはずの空にでさえ、光の軌跡は鋭角を描きながら進む。宙に出現させた “ 壁 ” を足場にしているのだ。
時間にして僅か数秒、しかし彦星にとっては何十分にもなる。それだけあれば、この群れを一網打尽にし、全滅させる事は出来ただろう。だがしかし、ある一定数を水晶に変えたところで、攻撃する事をやめた。
「……僕の目的は達成した。まだ襲う、と言うなら相手になるが、そうでなければここから去れ」
こちらの殺気を消したのが伝わったのか、それとも言葉が通じているのかわからないが、残ったゴブリンは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
目的、というのは依頼だ。もう三十匹は水晶化している。これ以上の攻撃は、ただの殺戮だ。
「もう終わりました?」
「ん?あぁ、終わったぞ」
「へぇ…それで、水晶はどこに?」
「あのへん」
そう言って、指先を適当な方向へ向ける。僕たちは散らばった水晶を一つ一つ集めなければならないのだが、派手にやったせいでどこにあるかがわからない。
「馬鹿なんですか!?集める労力と時間考えた事ありますか!?後処理するの私ですよ!?」
「へぇ」
「へぇって……」
「……わかったわかった、僕が悪かった。集めればいいんだろ?ちょっと待ってろ」
そう言って、まずは適当な水晶を探す。数分かけて、一つ発見したが、これじゃあ何時間かかるか。
次は地面に “ 集 ” と書く。ただし、一画だけ抜き未完成にする。その上に、さっき拾った水晶を置いて抜いた一画を書き足せば。
「…よし、これでいいだろ」
「何やってるんですか?」
「まぁ見てなって」
「………?」
意味がわからない、というように小子は首をかしげる。しばらく見ていたが何も起きないので説明してもらおうと、目の前の水晶から目を一瞬離したとき。
軽い、石と石がぶつかる音が聞こえた。
「…あれ?なんだか二つに増えてませんか?」
「ん?見逃したのか?そろそろラッシュが来ると思うが」
再び、意味がわからないと首をかしげる。そして、今度は見逃すまいとじっと水晶を見つめていた。
すると、彼方からひとりでに水晶が転がって来る。一つ、また一つと数は増えて行き、あっという間に三十匹分の水晶が集まった。
「こんなに便利な魔法があるなら、初めから言ってください」
「えっやだ」
「なぜです?」
「そんな事したら困る小子が見れない」
「いや、しなくて良いですから。そもそも見ないでください」
「ワタシニホンゴワカリマセーン」
はぁ、またか。と、小子は眉間にしわを寄せる。いい加減にこのどうしようもない性格を直して欲しい。
「さぁ、早く帰ろうぜ。この水晶全部袋にでも入れてさ」
「…あーはいはいそうですね……」
「何?怒ってんの?」
「さぁ、どうでしょうねぇ……」
頭にハテナを浮かべつつも、黙って彦星は水晶を袋に詰めた。全て拾い集めたら、忘れずに文字を消す。なんとなく、そうした方が良さそうだったからな。
さて、帰ってユーカリさんに報告したら、さっさとひきこもって寝よ。
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「やっほー、ユカちゃんだよぉー、随分と早かったねー」
「やっほー、ヒコボシたよおー、意外と早く終わったのぉー」
「「!?」」
「ユーカリさん、どれだけ恥ずかしいかよく分かっただろ?」
「……お、おう…ヒコボシ君は恥ずかしく無いの?」
「出来る事なら今すぐ死にたい」
それはともかく、まずは依頼の報告だ。水晶を渡して、ユーカリさんに数を数えてもらう。
「ひーふーみー……………はい、確かに三十個。これで依頼は達成です」
ほぅ…と一息。別に心配している訳ではないが、終わったという達成感はある。
「報酬金千五百Yをお収めください」
「ありがとうございます、ユカさん」
「あぁ……ショウコちゃんはいい子だねぇ……どこかの旦那さんとは大違い」
これで所持金が千六百九十Yか。しばらくはなんとかなるだろう。もちろん、小子が財布番をしてくれればの話だが。
「……ふぁぁ…ねむ…小子、僕ちょっと先に部屋で寝てくる」
「あ、はい。わかりました」
ユーカリさんの話はなかった事にするとして、本当に眠い。疲れが溜まっているのだろうか、それとも魔法を使いすぎたのか……どうでもいいか。
小子が依頼の結果報告の詳細を話しているうちに、部屋へと移動する。そのままベッドに横たわり、夢の世界に沈んでいった。
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はたと気付いた所は、なんだか見覚えのあるあの場所。宙に浮く異世界の映像や、果てしなく続く壁の無い空間。そして、いかにも面倒そうな目線を放つ紙様…もとい、神様。
「…一応、聞くが」
「…なんだよ」
「神の寝床……だよな、ここ」
「あーうん、そうだ」
「帰っていい?」
「それはこっちのセリフだ!神様だって暇じゃ無いんだよ!」
どうやらベッドに横たわった勢いで万年筆が枕元に転がったようだ。おかげで、来たくもないここに来てしまった。
「…まぁいいや。一度入ったら目覚めるまで強制ダイブだからな、なんとなく気になってた事でも聞くさ」
「え…聞くの?自分で考えようとは思わないワケ?」
「知ってる人に聞くのが手っ取り早いだろ。あんたは人じゃないけど」
「あっそ…それで?気になってた事って?」
「トウガキ・リン」
神様の眉がピクリと反応する。
「女神の書に書いてあった。魔王を倒した勇者だってな、しかも何十年も前に」
「……」
「リンは僕と同じ、この世界に連れてこられた。なのにまだ帰れていないのは、どういう事だ?」
「…………」
「なぁ、神様。本当に魔王は倒されたのか?」
「……魔王、その名を〈ギルデス・ハイド〉と言う」
神様は、語り出す。幾度と無く繰り返された勇者と魔王の伝説を。
ご愛読ありがとうございます。