#1 神の万年筆
この距離から刀を振るった所で届くわけがない。ならば、放り投げてでも当てるっ!
「ぐぁっ……ま、まさか自分から獲物を手離すとは…だが、それならこちらも投げ返すのみよっ!」
体に突き刺さった刀を強引に引き抜き、投げ返す。なんでも切ってしまうその刀をまともに受けてしまえば、ひとたまりも無い。
「今だっ!」
体から糸状の何かを出して、僕は『世界』と接続した。
「捉えた……!」
世界の歯車を止め、静止した刀を握り直し、重力も全て解放して、全速力で駆け抜ける。この力は、五秒と持た無いのだ。
「…何だとっ!」
「遅ぇっ!【縮地】【縮地】【縮地】【縮地】!!!」
万年筆を使い、距離を縮めたという事実を押し付ける。相手の反応速度を上回る速さで接近すれば、逆手に持ち替えた刀で切り上げた。
「ぐぅぅぅっ!」
だがその攻撃すら紙一重で避けられ、刀は髪の毛を数本断ち切るにとどまる。
「まだだ、まだ終わってねぇっ!」
切り上げた回転エネルギーをそのままに、あらゆる物を粉砕する『鞘』で顎を砕く。
「これで、終わりだァァァ!!!!」
トドメに、横薙ぎで首を斬り飛ばし、長かった戦いが、血の雨で幕を下ろした。
「はぁ……はぁ……やった…勝ったぞ……僕は、勝ったんだ…っ!…はは、ははは、あはははははははは!!」
ははははは、ははは……はぁ…。
力無くだらけ、死んだような目でその場を離れる。そして、後ろに転がった彼女の遺体を、優しく抱き上げた。
「…………勝ったぞ…僕、勝ったんだ…勝った、のに……」
とても、虚しい。だって、愛する彼女が死んでしまって、僕に、この世界で生き続ける理由が、無くなってしまったのだから。
「………………嫌だ」
ポツリと、その言葉を呟く。
「…………嫌だ、こんな世界、嫌だ」
駄目だ、この世界は駄目なんだ。だから、僕がこの手で……。
「……やり直す。もっといい世界に、何でもいいから、誰も泣かない世界が……」
彼女の遺品である本に、万年筆で一つの文を書き足す。ただそれだけで、この世界は無かったことになった。
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まずいな…このままだと、この世界終わるぞ…?
うわ、こっちもやられてる!
どうにかしようにも、こっちからは干渉出来ないし…いや、他の世界からの召喚者なら行けるか?
よし、なら適当な世界を選んで…あとは適当な力を…うーん、これだと勇者だな。勇者はダメだ、あいつらすぐ付け上がるんだよなぁ…あ、こっちの力を出力するようにするか?
いやいや、うーん………
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「…んせ、せ…せ……先生、起きてください先生!」
「…ん?」
「あぁ、やっと起きましたね先生。もうすぐ締切なんですから、寝てちゃダメじゃ無いですかもぉ…」
どうも皆さん、僕です。
本名は星川優彦、ペンネームは優川彦星。
職業は物書き…小説家です。
「何をぼーっとしてるんですか?早く原稿を書いていただかないと、私怒りますよ?ぷんぷん」
胸板に付いた無駄巨大脂肪を、これまた無駄に揺らし、腕を組みつつ怒る仕草をする彼女は、僕の担当者だ。
小さな雑誌だが、僕にとっては唯一の仕事場でもある。
「SEを口で言うな。それでも担当者ですか?」
「あ、今私をバカにしましたね?頭に行くはずの栄養が全部胸に行ったってバカにしましたねっ⁉︎」
「身長もな」
「ぐぬぬ…気にしてるのに!もぉ怒りましたよ?激おこですよ?今日という今日は朝まで寝かせませんからね!」
「それは夜の大運動会ですか?」
「ち、違いますっ!原稿が出来るまで寝かせないって意味です!からかわないで下さい!」
「子どもは寝る時間ですよ?」
「子どもじゃ無いです、大人です!…うぅ」
そろそろ泣きそうなので、やめておく。
僕の担当者である彼女の名前は、桂小子。名前からも分かると思うが、彼女は低身長を強いられているとしか思えない。
年齢は二七、身長が百五五、体重は[Pーー]、BWHは上から八五、五二、五七、だ。
なぜここまで知っているかと言われれば、測ったから。
何度聞いてもはぐらかすから、勝手に眠らせて勝手に測った。
「先生、何をブツブツと?頭おかしくなったんですか?それとも元からおかしいんですか?」
「結構失礼だよね、桂さん」
最後に付け足すと、彼女からは担当者としての気迫みたいな物が感じられない。
「さぁ、あと一週間です!先生は私がいないと何もしないですからね。まったく、世話が焼けます」
「…お世話になってます。あ、冷蔵庫にプリンありますよ」
「わぁい、ありがとうございますぅ!」
子どもかっ!
どう考えても僕が世話してるようにしか見えないよ?
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「…スヤァ」
「やっぱり寝るじゃ無いですか」
十一時半頃、既に桂さんは夢の国へと行っている。ネズミーランドじゃないよ?ASJでもないからね?
「………」
「……スヤァ」
「…えーい」
「ひゃう⁉︎……ムニャ」
横腹をつつくと、可愛い声を上げて再び夢の国へと旅立つ。やっぱり桂さん、子どもなんじゃないの?
…ふぁ……桂さんを見ていたら、眠くなってしまった。
「…俺も寝よ。明日から頑張るから」
部屋の電気を消し、桂さんに布団を被せ、自分は離れたところで寝ようとする。
「…ん」
「おいおいマジですか…?」
桂さんにズボンの裾をつままれ、離してくれない。仕方なく、今日は桂さんと一緒に寝ることにした。
そうして、僕の意識も混沌の闇へと落ちて行ったのだ。
………
……
…
…
……
………
ここはどこでしょう?
夢の国です…間違えた、夢の中ですよ。
先程まで、僕は自分の部屋にいたはず。ところが、ここはどう見たって自分の部屋ではない。
それどころか、壁も見当たらず、数々のチャンネルを映し出したようなホログラムの画面が浮いているとなれば。もう夢の中以外はありえなかった。
「夢なら、さっさと寝よう。明日は早いんだから」
「いやいや、ちょっとは不思議に思ってくれよ」
聞きなれない声。横になった僕を寝かせないつもりか?まぁ、夢ですし。
「あれ、シカト?無視ですか?酷いなぁ…こっちは無視したくても出来ないって言うのに。こっちも正月とか休みたいんだよ?」
…うるさい。夢の登場人物なら、本体をねぎらえ。
「やだよ。だってこれ夢じゃ無いもの」
「心を勝手に読むな。これが夢じゃ無いとなぜ言い切れる」
「そりゃあ、ここは別次元の世界だからね。君達の言う神の寝床ってやつ?」
「ほう……もうちょっと詳しく聞かせろ。今後の参考になる」
上体を起こし、話を聞く態勢に入る。
「それも良いけど、時間が無いんだよね。文字数も限られてるし」
「なんの話だ?」
「なんでも無い。兎に角、詳しい事は自分で気づくとして…はいこれ、神様からのプレゼント」
そう言って、自称神様は新品の万年筆を手渡した。
「それ、インクに限りがあるから気を付けてね。人助けをしたら、ちょっとだけ回復するから、それでなんとかお願いね?もう一人によろしく」
「は?ちょっと待て。人助けって?もう一人って?おい、待てよ!おい!!」
その全てを言い終わるより先に、目の前が白く光ると思うと、突然ブラックアウトし、僕は意識を失った。
毎週日曜、お昼十二時投稿です。
作者のモチベーションに繋がるので、感想などよろしくお願いします。
ご愛読ありがとうございます。