そして彼は下僕になった
「なんじゃこりゃ。」
そうつぶやく少年の右手の甲には黒い星の形をした痣が出来ていた。
「それが契約の証。改めて挨拶しよう。俺が深沙樹でお前の主人、それであの女が那美 綾香であの金髪の男が鎖那 由紀斗。お前とおなじく俺の下僕」
驚く戒に、そう偉そうに言う黒髪美人だった。
「はあ、よろしく。新城 戎です」
「戎君か素直で可愛いね。それで君は一緒に行く?それともなんか仕事で別行動?」
下僕って言われて素直に納得している戒を面白そうに見ながら、鎖那は問いかけた。
「えっ?別行動しててもいいんですか?」
下僕のくせに自由なの?と驚く戒は鈍いのか肝が据わっているのか…?
「ああ、いいぞ。なんか用がある時は呼び出すから」
相変わらず、偉そうに答える深沙樹だった。
「呼び出す?何処にいても?」
「それが俺の能力だからな。しかし、全部説明すんのめんどくせーな。博士呼ぶか。うん、そうしよう。ちょっと下がっとけ」
深沙樹はそう言って、両手を顔の前で交差させ、何か呟いている。
そして、みるみる内に深沙樹の身体が金色の光で包まれていった。
「来たれ。我が名は深沙樹、そなたの契約者。契約に従い我の前に姿を表せ。そなたの名は昭信!」
深沙樹の目の前の空間に深沙樹が纏っていた金色の光が収束され人の形を取り始めた。
「あーひどいですよ。深沙樹さん、折角焼きたてのアップルパイを今まさに食べようとしてたのにー」
のんきなセリフをはきながら、いきなり、人が出現した。
魔獣使いは魔獣を己の体に封印するため、突然、魔獣が出て来るのは驚かないが、人が人を自分の中に封印することなんてできない。
こんなのは始めて見る、これが呼び出すって事か。
こんな事が出来るなんてこいつ何者なんだ?人よりも魔法に優れた魔獣だってこんな事は出来ない。
魔方陣も無いのに簡単に人を実体のまま呼び出せるなんて…。
そう警戒する戒を全く気にせず、彼らはのんきに会話していた。
「それで嬉しそうだったのか…まあ、お前の焼く菓子は冷めてもおいしいって。それでこいつ、新城戎。新しい下僕の魔獣使いだから、説明してやって」
そう云えば、なんで何も云っていないのに俺が魔獣使いだってわかったんだろ。
今更ながら疑問に思う戒だった。何しろ銃剣を持っている那美が戦士であることが分かるのとは違って、魔獣使いは胸に魔方陣の入れ墨が刻んであるだけなので、パッと見で分からないはずなのだ。
「ほー魔獣使いですか、珍しいですね。僕は谷 昭信です。一応、学者ですが博士と呼ばれているので貴方もそう呼んでください。僕たちはそうですね…君は魔獣と契約を結んでいますよね?君が主として。それと同じです。深沙樹を主として僕らが魔獣役。ただ、彼に僕らの命に関わる様な命令権はありません」
「支配はしないってこと?俺も奴隷の様に使うのは嫌で魔獣の自由意思を認める契約のやり方だけど」
魔獣使いが数が少ないのは、魔獣を体に封印するには魔獣の意思が必要だからだ。
彼らに気に入られて契約をして、初めて魔獣の力を使えるようになるからだ。
魔獣の意思を無視して無理やり隷属させて契約する魔獣使いは外道と呼ばれ、忌嫌われている。
「ええ、そういう感じですね」
「別に縛られた感じはないけど?」
魔獣と契約した時の様なつながれた様な感覚がないのを戒は疑問に思った。
「縛るのとは違いますからね。深沙樹は契約を交わした相手が、どこにいても呼び出せるんです。強い感情や意思を読み取ることも可能です。だから、召喚されても拒絶も出来ますよ。無理な時は断れますから、安心してくださいね。意思の確認だけして後で召喚するパターンの方が多いですし。それと、契約相手が助けを求めたら彼は感じられます。彼は僕らを呼び出し、僕らの力を借りる。僕らも彼を通して、助けを呼ぶことが出来るんです。そんな関係ですね。だから、僕の様に自分の好きなことをやっていて呼び出されたら応えるっていうのが多いですよ」
甘味好きが高じて美味しい甘味がある所に呼び出してもらう為に、自分の知識と交換で彼と召喚の契約を交わした博士はそう語った。