その7 サヤとあんぱん
今回から本格的に物語が始動します。
「龍ちゃん、起きて〜」
「ん…」
俺はサヤに揺すられて目を覚ます。そしてゆっくりと体を起こし、時計を見てみる。
七時。
ベッドを見ると、悪魔のレンが、可愛い寝顔をこちらに向けて寝ている。
というのもレンは、神様と閻魔様から、ここに住め。と言われたからかどうなのか。真意は分からないがレンは、この部屋で寝るです。そう言い出したのだ。
俺としては、ベッドが使えない事に変わりないので、渋々だが、了承をした。
レンの事は後回しだ。今はサヤが俺を起こした理由を聞かなければいけない。
「どうした、サヤ?」
俺は視線をレンからサヤに移し、そう聞いた。
「龍ちゃん、あんぱんってもう一つある?」
あんぱん?
「いや、一つしか無いけど…って俺のあんぱん食ったの!?」
「うん。だからもう一個ちょうだ〜い」
何だこいつは!?
人のあんぱんを勝手に食べた事に対して謝罪をしないどころか、あまつさえもう一つを催促する。
なんて傲慢な天使なんだ。
「その一個でおしまいだ!!!」
「なら、パン屋さんは? このオンボロアパートの近くにある?」
「ある。パン屋どころか、あんぱん専門店が。それと後で静華さんに謝っとけ」
「ごめんなさ〜い」
すると天使は窓から、隣にある静華さんの家に向かって謝った。
「気にしなくていいのよ天使ちゃ〜ん。龍之丞ちゃんが神経質なだけよ〜♪」
「ありがとうしずっち〜」
………。
「だってさ龍ちゃん。反省したら?」
駄目。心が折れた…。
「それじゃあそのあんぱん専門店にレッツゴー」
「ちょい待ち!」
俺は、スキップをしながら扉に向かうサヤの肩を掴み、その動きを止めた。
「レンはいいのか?」
「いいんじゃないかな? 寝てるし」
ですよね。この生物を、わざわざ起こしてまで連れていくなんて、馬鹿な事をしても仕方がないよな。
「よし、行くか」
俺はサッカーのレプリカユニフォーム姿のまま、サヤと一緒にアパートを出た。
外は早朝だというのにとても暑く、燦燦と陽光が俺達に容赦なく降り注ぐ。
しかし、サヤはこの状況下で汗一つかかないどころか、涼しい顔をしてスキップをしている。
これはどういう事なのだろう。
「なぁサヤ、暑くないのか?」
「ぜーんぜん暑くないよ〜」
「ふーん」
「理由を知りたい?」
「いや、べつに」
「知りたい?」
「いや、べつに」
サヤはいじけた。
「ごめんごめん! お兄さん、とぉ〜っても知りたいなぁ〜」
「本当〜!?」
サヤが、ニパー。と、向日葵が咲いたかのような勢いで、目を輝かせながら笑った。
まあどうせ天使七つ道具だろうけど。
「チッチッチ。甘いよ龍ちゃん。私が汗をかかない理由はこの、イツデモテキオン君をポケットに入れてるからだよ」
「へー。やっぱり天使七つ道具じゃーん」
「ふざけんなぁっ!!!」
「ひゃー!」
俺は、ふざけた態度をとったサヤの耳元で、大声を出して叫んだ。
「ハラホロヒレハレ〜」
サヤはそのせいで、目を回しながらフラフラしている。
「で、それはどういう機械なんだ?」
「よくぞ聞いてくれましたっ!」
ん、デジャヴ…。
「持っている人の周りが、過ごしやすい気温になるんだよ〜」
「へ〜。サヤ、ちょっと貸して」
「いいよ。はいっ」
俺はサヤからなんたらかんたら君を受け取ろうと手を伸ばす。そしてそれが手の平の上に乗った瞬間、蒸し暑かったのが、まるで春のような気温と湿度になった。原理は分からないが、これは凄い。
「うぉ〜。すっげぇ〜」
「でしょでしょ〜?」
喉から手が出るほどこの機械が欲しくなった俺は、商談にもちこむ事にした。
「これいくらだ?」
「うーん。これ程の質になってくると、お値段はかなりはずむよ〜」
「それで…。いくらなんだ?」
「一億円」
チッ。こいつ足元見やがったな。
「もう少し安くなりませんかね?」
「十回払いですね? かしこまりました」
「もう少し安くなりませんかね?」
「それではこちらにお名前、住所、生年月日、好きな人を書いて下さい」
「………」
ボゴァ!!!
「ふぎゃっ!!!」
俺はこのアホ天使に渾身のデコピンを喰らわせる。
「お主なかなかやりおるな…。拙者をここまで追い詰めるとは…」
「ゲフフフフ…。ここまでのようだな、サヤ本武蔵…」
「かくなる上はこの腹かっさばいて−−」
ズシュゥッ!!!
「早くあんぱん屋に行かない龍ちゃん? 物語が全く進まないから」
「物語とか言っちゃ駄目だぞ」
俺達は気を取り直し、あんぱん専門店、バタバタ走るジャム子アンアンッ。へと向かった。
カランカラン
「いらっしゃい!!!」
店に入ると同時に、熊男とあだ名されるあんぱん屋の店長が、元気よく迎えてくれた。
やはり熊男とあだ名されるだけあって、体毛が所狭しと生えまくっている。
ちなみに本人はその事を気にしているらしく、以前、熊男とストレートに言ったクラスメートがボッコボコにされた事があった。
故に、店長の前で『熊』に関係する単語はタブーなのだ。
「うわ〜。あんぱんがいっぱいあるよ〜♪」
サヤは早速あんぱんを物色し始めた。
「ねぇ、熊のおじちゃ〜ん。この桜あんぱんって−−」
ガバッ
サササササ
ドンッ
「どうしたの龍ちゃん? ついに私を襲ってくれるの?」
「熊に関係する単語は絶対に用いるなよ!」
俺はサヤを店の外へと引っ張ってから言った。
つーかこのタイミングで女性を襲う人なんていねーよ!
「え〜。だってあの店長、どう見ても熊だも〜ん」
「そこをなんとか!」
「分かった。龍ちゃんがそこまで言うなら、私、熊なんてもう言わない」
「頼む! サヤはできる子だ。という事を、ちゃんと証明してくれよ?」
「うん。任せてっ」
そうして俺達は再び店内へと入る。どうやら先程の暴言は聞かれていなかったらしく、店長はとてもニコニコ顔だった。
俺はホッと一安心し、あんぱんを買うべくお盆とパンを掴む為−−。
「あるー日っ! 森の中っ! 熊さ−−」
ガバッ
サササササ
ドンッ
「謳う曲は選べやぁぁぁ!!!!」
「ごめん…」
今回のサヤは素直に謝ったので、俺はそれ以上何も言わなかった。
そして俺達は三度、店へと入る。どうやら先程の暴言は聞かれていなかったらしく、店長はとてもニコニコ顔だった。
俺はホッと一安心し、あんぱんを買うべくお盆とパンを掴む為−−。
「ベアー! ベアー! ベアー大橋! 強いぞベアー大橋! 我らのベアーおーおーはーしー! ベ−−」
ガバッ
サササササ
ドンッ
「ベアー大橋って誰だよ!!!」
「プロレスラーだよ。龍ちゃん知らないの? 今さっきのやつがテーマ曲なんだよ」
「知らねーよ!!! どっちにしろ今歌うべき歌じゃないだろ!!!」
「うん。歌うべきじゃないよね」
「分かってるなら頼むよ! サヤはできる子なんだからさ!」
「任せてっ」
そうして俺達は四度店へと入る。どうやら先程の暴言は聞かれていなかったらしく、店長はとてもニコニコ顔だった。
俺はホッと一安心し、あんぱんを買うべくお盆と−−。
「ねぇ熊店長〜。熊店長って熊そっくりだね〜。前世もどうせ熊だったんでしょ〜。ほらほら、クマクマって鳴いてみな−−」
ガバッ
サササササ
ドンッ
「お・ま・え・は・馬鹿かぁぁぁ!!!」
「ごめんごめん」
「熊がクマクマ鳴くと思ったら大間違いだぞ!!!」
「ごめんごめん。でも店長さん、怒ってないみたいだよ」
俺は店内にいる店長を見たが、ニコニコしていた。どうやら今の暴言も間一髪の所で、店長の耳に入ってなかったようだった。
「ふぅ…。間一髪だったな。サヤ、もう二度とやるなよ」
「分かった」
俺はそれを聞いて安心し、五度、店へ入る。
さすがにあんぱん専門店と言うだけはあって、店内はあんぱんで埋め尽くされていた。例えば、白あんぱんだったり桜あんぱん、苺あんぱんなどなど。様々な種類のあんぱんが所狭しと並んでいる。
「彼女とやってきたのかい? 可愛らしい女の子だねぇ」
「いえ、彼女は……従兄弟です」
と、俺達がカップルに見えたのだろうか。店長がそう言ってきたので、俺は咄嗟に従兄弟だと言った。
「なんだー。てっきりおじさん、彼女と来ているのかと思っちゃったよ。ごめんな」
「アハハ…」
俺には白河さんがいるっての! それに間違ったってこんなアホと付き合ったりしない…ってこの人に言っても仕方ないか。
「本当にあんぱんだけなんですね?」
「当たり前だ。あんぱんを作り続けて三十年。あんぱん以外のパンを作る時、それは俺が店を閉める時だ」
「へぇ〜」
あんぱんにかける気持ちが強いんだな。
そうでもなきゃ、あんぱんを三十年も作り続けるなんて事は、とてもじゃないけどできないよ。
「ところで、お勧めのあんぱんはありますか?」
「あるよあるよ。これこれ」
言って店長は二つのあんぱんを持って来た。そして俺から見て右に有るあんぱんを手に取る。
「これは当店売り上げナンバーツー。餅入りあんぱんだ」
「餅入りあんぱん?」
「そう。おはぎからヒントを得て、作ったあんぱんだ。よかったら食べてみな」
俺は店長からその、餅入りあんぱんを受け取った。しかしおはぎに使うあんが、パンに合うとは思えないのだが…。
パクッ
「…これは美味しいです」
「だろ? 意外と合うんだよこれが。伊達に当店売り上げナンバーツーじゃないって事よ」
何ともコメントし難い味なのだが、とにかくこれは美味しい。
「それでこっちのあんぱんは?」
「こっちはこの餅入りあんぱんより人気、当店売り上げナンバーワンのあんぱんだ」
「へぇ〜。それで、どんなパンなんですか?」
「これはクリームあんぱんだ」
「クリームあんぱん?」
まさかあんことクリームの融合とか?
だとすると、想像するだけで気持ち悪くなるな…。
「中身はどんなあんこなんですか?」
なんだかんだ言ってアンパン専門店の売り上げ一位商品だ。俺は内心ワクワクしながら、店長に聞いた。
そして−−。
「このパンの中には、あんの変わりにクリームが入っているんだ。子供に大人気なんだぞ」
………。
「それ、クリームパンって言うんじゃ……」
「………」
「クリームパンですよね? それ」
「閉店だぁぁぁー!!!」
うへぇぇぇー!?
…。
……。
………。
「「ただいまー」」
「あ、お帰りです。二人して朝からどこに行ってたです?」
「ちょっくら熊の巣に−−」
ゴチーン
分からず屋には鉄拳制裁だ。
「レンにも買ってきてやったぞ」
言って俺はレンにあんぱんを渡した。
「今食べていいです?」
「龍ちゃん、今食べていい?」
「駄目。朝ごはんが終わってから」
俺の意見に二人はムスッとした。
「朝ごはんですよ〜♪」
「はーい!!!」
「はいですー!!!」
と、静華さんがタイミング良く俺達を呼んだ。それと同時に、二人はいつも以上の勢いで階段を下りて行った。
「パン屋を潰しちゃったな…」
罪悪感を感じながらの朝ご飯となってしまった。