その2 こんな自分が大嫌い!
「あの…。あなたがたは…誰?」
俺は目の前に居る、天使と悪魔の姿をした少女達に聞いてみた。
「何言ってるですか! 天使と悪魔です! テメーが呼んだくせに、誰。とか言ってんじゃねーです!」
ドガッ!
「いってー!!!」
悪魔に弁慶の泣き所を蹴られた!!!
「何すんだテメー!」
「ふんっです!」
何だよこの生意気な悪魔は!
「アハハハハハ〜」
この天使も俺が悶える姿を見て大笑いをしてやがるしよ!
「それにしても人間側から呼ばれるとは思わなかったよ〜」
「まったくです。ふざけるなです」
「人間に呼ばれる? 何言ってんの?」
「今言った事の意味が分からないですか。まったく、馬鹿にも程があるです」
「あぁ。お前らは新世界の神になるってか。まったく、漫画の見すぎだって−−」
ボゴァァ!!!
「いってー!!!」
「すいませーん!!!」
少年達が使っていたサッカーボールが、俺の頭に当たった…。
「イタタタタ…」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫…。はい…」
頭を押さえながらボールを手渡す。
「ありがとうございます!」
「二度とぶつけないでくれよな」
「はい。すいませんでした」
そうして中学生は、俺に謝った後、再びサッカーを始めた。
やっぱりこの二人はどこかがおかしい。
言っている事よりも、見た目がそう。
天使は、白い…ワンピース? 布を体に巻き付けたような格好をしている。悪魔にはその逆で、黒いワンピースのような、布を体に巻き付けたような服装。鎌を持っていれば死神と判断した。服装以外は特に目立った点は無く、中学生と小学生の間くらいの少女二人。
「なぁお前ら。いったい何処から来たんだ? 秋葉原か?」
「秋葉原〜? そこ何処〜?」
「お前は見た目だけじゃなくて、頭の中まで馬鹿です」
「さっきから黙って聞いていれば、調子に乗りやがって…!」
ガッ!
「痛いですー!!!」
「どうだ。眉間チョップの味は! 俺は女の子にも容赦しないんだゼッ」
「くぅー! もう怒ったです!」
ボカスカボカスカ
「痛い痛い! 殴るなってば!」
「うるせーです! テメーは絶対に許さないですー!」
「二人共、喧嘩はよくないよ〜」
喧嘩じゃねぇ! これじゃ龍之丞叩きだ! 助けてくれー!!!
…。
……。
………。
「なあ、その人間側から呼び出されたって、どういう意味だ?」
立ち話も難なので、俺達は芝生の坂に座っり、話すことにした。腹時計の時刻は四時。携帯電話を見た所、時刻は三時。それほどこいつらとの会話時間が長く感じられたのかな。
「まず私達の事から話さないといけないね。私は天使のサヤ。この子は悪魔のレン。そこは信じてくれる〜?」
「そんな唐突に信じろって言われてもな…」
「よかった〜。御主人様は信じてくれるって〜」
「ふんっ。こんな奴が主人なんて絶対に認めないです!」
「信じるなんて言ってねーよ!!! あとお前は黙れ!!!」
「テメーが黙れですー!」
ボカスカボカスカ
「二人共止めてよ〜。話が進まないよ〜」
「「ふんっ!」」
この悪魔は本当に気に食わない。窯で茹でてやりたいくらいだ。
「で、私達天使と、レンちゃん達悪魔は本来、一緒になる事は無いんだ〜」
「ん? 一緒になる事は無いって、そもそもお前らはどんな仕事をしているんだ?」
「よくぞ聞いてくれました〜!」
テンテンテケテケテケッ! テン!!!
おぉ〜! 歌舞伎みたいな効果音だ〜。
「私達天使は人を幸せにするのが仕事なんだよ〜」
「悪魔は人を不幸にするのが仕事です」
「へぇ〜。じゃあ俺はどうなるの〜?」
「テメーには子供のような純粋に信じる気持ちが無いですか!」
「あぁ。そんなのはとうの昔、トイレに流したゼっ」
「何が、流したゼっ。ですか! キモいです!」
「何をー! お前だって、ですですうるさいんだよ!」
「止めてよ〜」
「「ふんっ!」」
いつか絶対に茹でてやるからな!
「説明を続けるね〜。本来は一人の人間には天使か悪魔、どっちか一人が憑くはずなんだよ〜」
憑くって…。何となく嫌な漢字を用いるな…。
「天使が憑いた人間は幸運に。悪魔が憑いた人間は不幸になるんです」
「どうしてわざわざ不幸にする必要があるんだ?」
「世の中綺麗事だけじゃ渡っていけないって事だよ〜」
「そうです。全員が全員幸運になる事は出来ないって事です」
うーん。つまりだな…。
「幸運な人も不幸な人も居ないと、この世は成り立たないって事か?」
「そうだよ〜。さすが御主人様〜」
「少しは認めてやるです」
「でもそしたら、俺はどうなる? そもそもどうして二人一遍に俺に憑いた? お前らは俺に姿を見せていいのか?」
「それは私にも分からないよ〜。全部想定外なんだから〜。第一、私達はまだまだ見習いだもん。何もできないよ」
「まったく、これから私達はどうすればいいですか」
「レンちゃん、とりあえず帰ってみようよ」
「そうするのがいいです」
お、ついに開放される時が来たのか?
「そうかそうか。向こうでも達者で暮らせよ。その…天界かどこかでな」
「「この人の家に」」
ぬぉぉぉぉぉぉ!!!
…。
……。
………。
「せっかく客が来たんだから、お茶くらい出せです」
「わーったよ! うるせえな」
「分かればいいんです、分かればです」
末代まで呪ってやる!!!
「そしてお前は人の布団で寝るなよ!!!」
「ふぁ? もう朝?」
「起きろぁぁぁぁ!!!」
「ひゃー!!!」
どうしてこんな奴らに憑かれちまったんだ。もう俺の人生はお終いだ、エピローグだー!!!
まあ、さっさと帰ってもらうために、お茶くらいは出してやるよ。
「どうぞ、粗茶ですが…」
「ご苦労です。馬鹿人間」
茹でてやる茹でてやる茹でてやる絶対に茹でてやる茹でてやる茹でてやる。
ズズー
俺は悪魔を睨みながらお茶をすする。
「それじゃあ落ち着いた所で、改めて自己紹介するね〜。私は天使のサヤ・アンジェラス」
「私は悪魔のレン・デビラースです」
「ん、意外といい名前だな」
「ほんと〜。ありがと〜」
「ふんっ。べつに人間ごときに言われても嬉しく無いです」
「お前の名前は褒めてねーよ! HAHAHA!」
「駄目人間のくせに、生意気ですー!」
バチャッ
「あっつー!!!」
熱々のお茶を浴びせるとか、どういう神経してんの!!!
「ふんっ、これも修の行です」
「ちげーよ! 修行ってのは冷たい水を浴びるんだよ! こんな百度近い温度の液体を浴びる訳じゃねーんだよ!」
「分かったです。分かったです」
こいつは絶対に俺の手で茹でる! じっちゃんの名に賭けて!
「それで…。御主人様の名前は何〜?」
「ん、ああ。俺の名前か」
俺はこいつらに名乗るのを少し躊躇ったが、気にする事も無いだろうと思ったので、名乗る事にした。
「俺は相良龍之丞。さがらりゅうのすけ、だ」
「なら龍ちゃんだね〜」
「こいつは太郎で充分です」
「不満か!? 俺みたいな普通の人間は、名前が太郎じゃないと不満なのか!?」
「うっせーです。黙れです」
プッチーン
「ギャーーオーース!!!」
「うわわわわわ〜。龍ちゃんが怒っちゃったよ〜」
「怪獣です〜」
「お前らを塩で茹でてやる〜!!!」
「龍ちゃんがよく分からない事を言ってるよ〜」
「助けてです〜!」
…。
……。
………。
「それで、夕ご飯はどうするですか、人間?」
「え、お前らは本当に居座る気なのか?」
あの後俺は怒りを沈め、恐竜から人へと戻った。恐竜と言うより、ギャオス内藤…。分からないかな? 恐竜になったと言っても、スーパーマンみたく強くなる訳じゃ無い。俺はそのようなファンタジー要素を兼ね備えた人間ではなかったのだ。
普通の人間だから。
まぁ、そんな事はどうでもいい。重要なのは、こいつらが居座る気満々な事だ。
「なぁ…。家に帰らないのか?」
「嫌なの〜? お金の事だったら心配要らないよ〜。私達頑張るから〜」
違う。俺はお前らが居座る事により生じる家賃、食費の心配をしている訳じゃ無い。あと、頑張るだけじゃ意味無いから。とにかく俺は、お金じゃなくて自身の精神状態を心配しているんだよ。
「こんないたいけな少女二人を、外に追い出すですか…? お前は酷いです最低です人間のクズです〜。うぅっ……」
くそっ!!!
「ようするに、お前らは自力で帰れないのか?」
「そうです。自力で帰れるなら帰るです。第一、この家にはキッチンさえも無いじゃないですか」
「キッチン? それならこのアパートの一階にあったじゃんかよ」
「あぁ〜。そういえばキッチンと食卓だけじゃなくて、ソファーとテレビが置いてあるリビングもあったね〜」
「それなら私も見たです。あの場所も、テメーの家の一部です?」
「いや、俺の家はこの一室だけだ」
「なら夕ご飯はどうするの〜」
「うん、いい質問だ」
「そんな前置きはどうでもいいです。さっさと説明しやがれです」
「あぁ、はいはい。分かりましたよ」
説明しよう。
俺は高校生の身ながら、親から離れて一人暮らしをしている。一人暮らしをしている訳は、様々な理由が絡んでいるので、今回は気にしない事にしてほしい。
そして、そんな高校生にして半自立した俺が住んでいるのは、何を隠そう、共同アパートなのだ。自分の家、と言うよりは、部屋と言うのが的確かもしれない。その“部屋”にあるのは、トイレと水道だけ。なんとキッチン、食卓、リビング、風呂はアパートの住人と共同で使用するのだ。
風呂が有ると言ったが、使用する事は少なく、大体はここから歩いて数分の銭湯を利用する。
「へぇ〜。共同アパートって凄いんだね〜」
「凄いです〜」
何が凄いのかはよく分からないのだが、とにかくこのアパートについての説明はこんなもんだ。
このアパートには奇人変人が居るのだが、いい人達だから大丈夫。と、最後に説明をした。
「まぁお前ら自身が変人だからな。人ですらないし」
「テメーの言い方は嫌な言い方です。友達いるですか?」
「お前に心配されたくねーんだよ!!!」
「そんな事よりお腹空いたよ〜」
天使のお腹がグゥ。と鳴った。
「そういや、天使や悪魔も腹が減るのか?」
「です。私達の中身は人間そのものです」
そうか、どうすっかな。てっきり帰るもんだと思っていたから、大家さんに何も言って無いんだよな。
「駄目元で聞いてみるよ。二人の夕ご飯を作れますか、ってな」
「ありがと〜」
「さっさと行けです」
くっ…! 耐えるんだ龍之丞。あいつは所詮悪魔。人間ですら無いんだ。気にする事は無い。落ち着け落ち着け落ち着け茹でてやる落ち着け茹でてやる茹でてやる茹でてやる。
なんとか怒りを抑えた俺は自分の家、もとい部屋を出る。部屋を出ると廊下がアパート二階を左右へ案内する。右に行けば二つの部屋、左に行けば階段が有り、それを下りれば一階だ。
一階には先程も説明した通り、キッチン、リビング、風呂。そして二つの部屋がある。
そして俺は左に行った先に有る階段を、一段一段と下りていく。階段を下り、一階に近づく度に、香ばしい匂いと、ジュージューと何かが焼ける音が聞こえてくる。
「静華さーん」
「はーい♪」
キッチンの側にある食卓に到着した俺は、料理を作っている女性を呼んだ。その女性は料理の手を一旦休めて、俺の方を向く。
「何かしら龍之丞ちゃん?」
今料理をしていた女性は、こねアパートの大家で、安芸静華さん。あきしずか、さんだ。年は二十五歳。身長は165〜170くらいでそれなりに大きく、性格はおっとりマイペース。そしてスタイル、容姿共に抜群。料理、裁縫、生け花など、どれをやらせても天下一品な、この町のアイドル大家さんだ。
しかし人間には欠点という物が存在する。もちろん静華さんも例外では無い。それどころか、致命的な欠点がいくつか存在する。ちなみにこの人に彼氏ができた事が無いのも、それが原因だ。
「あの…。夕ご飯って今から追加できますかね?」
「あら? またお友達が来たのかしら?」
「まぁ、そんな所です」
そのまた来た友人達の、友人というのは、当然、静華さん目当てね。
「大丈夫よ〜。今日は私達しか居ないみたいだから〜♪」
「あの二人は外で食べるんですか?」
「ええ、さっきメールがきたの。連絡遅れてごめんなさいって♪」
「あ、そうだったんですか。よかった」
「もうすぐできるから、お友達を呼んできてちょうだいね〜♪」
「は、はい…」
俺は曖昧な返事をする。そんなのは勿論、あいつらを呼びたく無いからに決まっている。しかし俺は、彼女達を追い出せられる程、思い切りのいい人間では無かった。
こんな自分が大嫌いっ!!!!!