その15 大人の休日
とある秋の休日。
ここいらの町で最も大人な高校生と言われる俺、龍之丞。そんな俺にとっては食後の珈琲一杯にさえ、妥協をしない。
湯の温度はもちろん、豆一粒一粒から丹念に−−。
「トリコメチレンサイバトロンが無ーい!!! 私のトリコメチレンサイバトロンちゃーん!!!何処ー!!!」
珈琲一杯にも妥協しない俺は、湯の温度だけでなく豆一粒一粒から丹念に−−。
「私のトリコメチレンサイバトロン!!! オーマイトリコメチレンサイバトローン!!!」
うるさいようるさいうるさい。人が大人の休日を味わいながらテレビを見てるんだから、空気読んでよ。
「ねえ龍ちゃん、私のトリコメチレンサイバトロンは何処!?」
「知らないよ。ていうか何それ?」
とりあえずナナ姉は一度落ち着いた。そしてこう言う。
「チンギスハンと源義経は同一人物って説がある。って事は知ってるかしら?」
「へぇ〜。知らなかったよ。で、それがその…トットメリ何とかと、どう関係があるの?」
「トリコメチレンサイバトロンよ」
そうそうそれそれ。トリコメチレンサイバトロン、ね。それがチンギスハンと何の関係が有るんだろうな。
「トリコメチレンサイバトロンは、先週ネット通販で買ったワラ人形よ」
「うわっもうチンギス全然関係無いじゃん!!!」
「まぁ厳密に言えば、全く関係無いわね」
厳密に言わなくても全く関係ねーよ馬鹿大学生。
そしてナナ姉は、自分の部屋かしら。と言って、そのまま自分の部屋に戻って行った。
しかし、何でチンギスと義経の話をしたんだろうな。馬鹿だろ。
まあいい。大人な休日を嗜む俺は、珈琲一杯にも妥協−−。
「うわぁぁぁですー!!!」
今度はレンかよ…。二階からバタバタ浮いて来て、一体何なんだ?
「私の《世界の中心でムダ毛を処理する》が無いです!!! テメーが隠したですか!?」
「知らないから。つーかそれ、どんな小説だよ!?」
何だその読む気も失せるタイトルは。そんなのに俺が興味を持つ筈が無いだろ。
「小説? 何言ってるです。セカムーは私が持ってるムダ毛処理機です」
「何?お前らは世界の中心じゃないとムダ毛を処理出来ないの!? 世界の中心じゃなくてもムダ毛は処理できる事に気付けよ!!!」
レンは、その様子ならどうせ知らないです。と言って二階に戻って行った。
しっかし、流行に乗りすぎってのも駄目だよな…。
「うぅ〜!!!」
と、今度は二階から大声が聞こえてきた。この呻き声は鈴音さんのだ。
「バルチック艦隊が〜! ロシアのバルチック艦隊が〜!」
バルチック艦隊が?
「東郷ごときジャポネーゼにぃぃぃ〜!!! ウワァァァ〜!!! …むにゃむにゃ」
どんな夢を見てんだよ!!! 夢にバルチック艦隊が出る事なんて普通無いぞ!?
ドーン!!!
今度は外から爆発音がしたぞ!?
「何処触っとんじゃオラァァァ!!! 死にさらせぇぇぇ!!!」
「すまないと言っておるではないか静華ちゃ〜ん」
なんだよ…。また隣のエロ親父が静華さんにセクハラしたのか。
「ふんふ〜ん♪」
そんな中サヤは、先日お粥を作ってからというもの、料理にハマったらしく、今も料理の修行をしている。今日はポークカレーを作ってくれるらしい。
「昨日はエリンギを使ったから、今日はエンリギを使おっかな〜♪」
エンリギって何だよエンリギって!!!
「お肉は豚かどぶねずみ、どっちを入れようかな〜」
選択の余地すら無いっての! お前が作りたいのはポークカレーだろ? だったら一択だよ。
「そうだよね。選択の余地すらないよね」
分かってんじゃねーか。サヤも成長したな。
「エヘヘ〜。照れちゃうな〜。どぶねずみダイビングターイム!イェーイ♪」
「ノォォォォォーーーーーー!!! ダイビーーーーング!!!!!!」
何と無くどぶねずみを入れそうな予感は確かにあったよ!!! でもどぶねずみだけは、どぶねずみだけは入れちゃ駄目!!!
「豚肉入れなかったらポークカレーにならないだろ!?」
「何で?」
「どぶねずみ入れたらポークカレーじゃ無くて、マウスカレーじゃん!!! マウスカレーなんて聞いた事あるか!?」
「うん、無いよね」
「だろ!? そんな名前からして、ネズミを使ってみました〜、テヘッ。なカレーを誰が食うかって話だよ!!!」
「少なくても、私は食べたくないよ」
だよな。それは俺だけじゃなくて、皆一緒なんだよ。
「うん。分かった。そしたら今日はエンリギを使うね」
「エンリギ違う!!! 今俺は、どぶねずみを使うなと言ってるんだ!!!」
「了解しましたっ!」
そしてサヤは完全に理解したらしく、豚肉を入れた。 そこから暫くは平穏な時間が過ぎ行く。珈琲一杯にも妥協しない俺は……。
やっと言えるのか……。
珈琲一杯にも妥協しない俺は、湯の温度から珈琲豆一粒一粒まで……。
忘れちった。テヘッ♪
「龍ちゃ〜ん。出来たから味見して〜」
ん、いい匂いがするなぁ…。やっぱりカレーの匂いって食欲をそそるよね。匂いだけで米を食べれるってのも、あながち有り得るよね。
「サヤ、お前料理の才能あるかもよ。だってめっちゃいい匂いがするもん」
「エヘヘ〜。龍ちゃんの為に頑張って作ったからね〜」
俺は鍋の蓋を取った。その瞬間、弱火でグツグツと煮込まれたカレールーの香ばしい香りが、物凄い勢いで俺の胃を刺激する。
「じゃあ食べてみるわ」
「うんっ! 今回は初めての自信作なんだよ!」
そうかそうか。サヤは将来いいお嫁さんになれるぞ。顔は可愛いし、料理は出来るし、頭が悪いし、馬鹿だし、ドジだし、食欲が人一倍旺盛だし、俺のあんパン勝手に食うし。
ま、まぁ…。物好きの一人や二人くらいだったら居るさ。
とにかく、今はサヤの自信作を味見しないとな。
俺はスプーンで、ルーを少し掬って、息を吹き掛ける。
「ふー、ふー。う〜ん。いい匂いだな〜」
「でしょ? さぁ龍ちゃん、私の愛を受け取って♪」
「おう! いただきま〜す!」
パクリ
「どう龍ちゃん?」
「サヤ……」
「美味しい?」
「お前あんパン入れ…ブホァァァァァァーー!!!!!!!!!」
−−続く。
二回連続同じオチでしたね…。
今度は違うオチにしなければっ!