うんこの運命、略して『うん命』
「げ、和式トイレかよ……まぁ背に腹は変えられん」
見た目30代くらいで、背が高くて足も長くてルックスもイケメンという完璧超人としか言えない青年が、腹を抑えながら独りごちる。
お外で腹を痛めたから、公衆便所を使わざるを得ない状態に追い込まれてしまったのだが、その公衆便所が和式だったのが不満らしい。
まぁ今や日本のトイレの大半は洋式トイレ、和式トイレなんて使い慣れていないモノに対する苦手意識は誰だって持っているだろう。
とは言え、うんこを漏らすよりはマシである。
トイレの個室は狭く、背が高くて足も長い彼は窮屈な思いをしながらも、うんこをする事になる。
「ふぃ~」
そして、男はうんこを済ませる。
男は和式便器でうんこをする時は、基本的に天井を見上げながらうんこをひり出し、うんこの現物を見ずに流した後、ケツを吹いてその紙を流すという、水の無駄使いをするタイプである。
だからだろう。
彼はその時気付かなかった。
うんこをひり出そうという、まさにその瞬間、己の足元に暗い光を放ち複雑な文様を刻んだ魔法陣が現れた事に。
ぶりっと落ちたうんこが接触した瞬間に、そのうんこを吸い込んだ後、魔法陣が消え去ったことに。
その場に残るのは、その個室にトイレットペーパーが置いてなくて、ティッシュも先ほど別件で使い切った上、ハンカチはバイクの荷台に括りつけたカバンの中に入れっぱなしであったため、ケツを拭く紙になりえる物が、財布に入った一万円札くらいしか無いという運命を控えた男だけである。
まぁそんな池面太郎の事はどうでも良い。
問題は、アホの足元に突然現れ、そしてうんこを奪い去った魔法陣が一体何であるのか?
魔法陣によって奪い去られたうんこの運命は如何に? という事である。
それは……
とある異世界。とある国。
剣と魔法のファンタジックでメルヘンな、だけど争いも絶えない、そんな世界。
俗に言う、魔王のような人類共通の敵は居ないが、人が沢山いれば争いは生まれ、その争いに勝利するために人が手段を選ばない、そんな普通の世界。
その世界の、その国の魔法技術はすごく高いレベルにあった。
魔法の発生メカニズムの解明により、世界というものが複数、いや、無数に存在することを知り、自分たちと異なる世界の中には、自分たちと異なる理を持って生きている生物なども居ることを突き止めてしまうほどに。
ここは常に争いの続く世界。
同時に、争いの勝利を求める者たちでごった返す世界でもある。
研究は全て、争いの勝利という結果を求めたものという事になる。
その世界の魔法研究者達は、異世界の存在に未知の可能性を求める集団であった。
数百年に及ぶ様々な研究を経て、他の世界から物質、生物、現象の召喚をなんども繰り広げた結果、ついに望んだものを呼び寄せる公式を編み出すに至る程である。
これがどれほど凄いことか、というのは言うまでもない事なので割愛するが、とにかく、望めばそれを、異世界から召喚する術が完成したのだ。
研究者たちから王へ、その研究結果の報告がなされれば、王はすぐさま、国を挙げて研究者たちへ最大限のバックアップをする事を確約。
結果、莫大な国家予算が彼らの研究に注ぎ込まれることになる。
術は完成しても、その術を発動させるためのエネルギーやら素材というのは、それはもう半端ない物になるからだ。
望んだ物を呼び出す術、その術を使うために必要になるエネルギーは呼び出す世界によって異なる。
望んだ物を探し当てるために消費される素材は、望むモノの範囲が複雑であればあるほどに増える。
それらを用意するのは、どんな大国でもそれはそれは大変なことであるのだ。
彼らが望むのは『戦争に勝利し、世界を統一させる事ができるモノ』だ。
これだけでは一体何が召喚されるのかはわからないが、これ以上に条件を限定するには、魔法陣を描くための面積を確保するだけで、国をひとつふたつ平にしないといけなくなるだろうから、これが精一杯だ。
しかし召喚が成功するなら、今から呼ぶモノでも十分すぎる結果が得られるだろう。
一体何が呼び出されるのかはわからない。
だが、召喚の儀式を行う技術者たちは確信する。
この召喚により、我が国は近い未来にこの世界を平定することができるのだ、と。
そして儀式は始まる。
一体何が召喚されるのであろうか?
戦争に勝利しうるモノ、如何なる敵をもなぎ払う武器であろうか。
それとも、どんな大軍をも物ともしない強靭な獣であろうか。
あるいは、世界を導きまとめ上げる器を持った英雄か。
何が召喚されても、彼らにとって大いなる繁栄をもたらす事に間違いはない術が、ついに発動した。
そうやって、魔法陣の中央に現れたのは、うんこだった。
もう一度いう。
うんこだった。
彼らの術は、呼び出す対象の下に現れ、その魔法陣に落下したモノを強制的に呼び出すという術だったのだが、運が悪いというかうんこが悪いというか……彼らが呼び出そうとした存在が、偶然タイミングよくひり出したうんこが魔法陣に落下して最初に触れてしまったため、うんこを召喚してしまったのである。
「なんだこれ?」
「うんこだこれ!」
「う、うん? こ、これ……うんこ?」
「うん。こういう時、どうすれば良いんだろうか」
「脱糞すれば良いと思うよ」
「良くねえよ馬鹿」
ざわざわ。
国営が傾くレベルの国家予算の投入によってうんこが召喚された。
この事実は、研究に携わったものたち全員の頭を馬鹿にして余りショックを与える。。
と、言うか。
大失敗ではなかろうか? 研究者全員処刑でも足りないレベルの。
多くの者がその考えにたどり着くのに、それほど大した時間はかからなかった。
何と言う事だろう。
術には何の不備もなかったのだ。
国営が傾くレベルの国家予算を投入されただけあり、召喚術は完璧なものであった。
本来なら、後に地球で世界制服を成功させ、宇宙もついでに征服して統一するという、後にも先にも上回るどころか並ぶ者すら現れない王の中の王、完璧超人界の首領とも呼ばれるべき、池面太郎が召喚されるはずだったのに、対象の下方へ発生するタイプの魔法陣にしてしまったために、運悪く……むしろうん悪く、うんこが召喚される結果となってしまった訳だ。
技術者たちは悪くない、失敗してはいない。
ただほんのちょっぴり、うんが悪いだけだった。
が、それで済まされる訳が無い。
組織には責任を取る者が必要なのだ。
行動が正しかろうと、結果が全て。
一番頑張って、一番正しいことをしても、結果がダメならアウトである。
この召喚の儀式、王様も楽しみにして、まさに王の面前で行われた儀式だったのだ。
ただでさえ、うんこのようなきちゃないモノを王の目に触れさせる事は不敬に値するだろうに、こんな大儀式というお膳立てをしてまで王にうんこを見せたのだから、たまった物ではない。
王に期待をさせ、大量の金をかけ、国民に不便を強いて、その上での失敗。しかも出てきたのがうんこ。
数え役満どころではない。
此度の失敗、その落とし前はどうつけてやろうかと、王はブチ切れるだろう。
やべえ、やべえよ!
うんこショックで一時頭が気の毒になりかけていたものの、この研究者たちは基本的に天才である。
そんな彼らはすばやい頭の回転で正気に戻り、なんとかしなきゃやべえと気がついた。
しかし、正気になったくらいでこの窮地を乗り切れるアイディアがポンポン生み出されるわけもない。
でも、できなければ死ぬのだ。
「はっ!」
その時、奇跡が起こった。
天才集団の研究者たちの中でも、一番の天才が、この窮地を脱する起死回生の一手を思いついたのだ。
まさに奇跡。
きっと百万回人生をやり直しても、この局面でこの答えに到達できないだろう、それほどの奇跡に彼は辿り付いた。
「王様! 召喚は成功でございまするー!」
ざわり。
何か一つ、切欠があれば王は研究者全員はもとより、その家族や関係者含めて処刑にしちまうんじゃね? という空気の中で、最初に動いたのが、その対象となる研究者なら、誰でも驚く。
その驚きが、空気にざわめきを生んだのだが、天才の研究者は止まらない。
「我らが望んだ『戦争に勝利し、世界を統一させる事ができるモノ』とは、まさにこのうんこだったのです!」
止まらない研究者の口から出た言葉。
その言葉は病院にいけ、頭のな、とでも言いたくなるもの。
しかしさらに言葉は続く。
「ひとえに『戦争に勝利し、世界を統一させる事ができるモノ』とは言いますが、即座に、という条件はありませんでした! 何が召喚されるにせよ、召喚されたモノを使いこなすための時間は必要であったことでしょう! そして私は考えます! このうんこを研究すれば、いずれは戦争に勝利し、世界を統一する事が可能になるのだと!」
なるほど『戦争に勝利し、世界を統一させる事ができるモノ』とは一言に言うが、どのくらいの時間をかけて、どのように戦争に勝利したり、世界を統一したりするのかの明言はしていなかったっけ。
と、思わなくもない。何事も勢いである。
どんな戯言も、勢いでまくし立てれべば真実になるかもしれん。
だがそれは詭弁。
むしろ奇便としか言いようのない、アホ発言。
けれど、この意見によるゴリ押し以外に、研究者の助かる道はない。
それはそれは、すごい剣幕であった。
研究者の仲間たちも尻馬に乗り、このうんこの研究をすれば戦争に勝てます、世界を統一できますと叫びまくる。
うんこうんこうんこ。
うんこ言い過ぎ。
彼らは普通の人が生涯で言う回数の数倍くらいはうんこと言っただろう。
もはやうんこによるゲシュタルト崩壊を起こしそうなくらいだ。
うんこのうんこによるうんこのためのうんこマン。
もしこれが、普通の場であれば勢いで押し切れた。
普通じゃなくとも、この勢いなら大抵の事は押し切れるだろうよ。
だけど、この場は普通じゃないどころの場所ではなかったし、相手も普通の立場じゃない相手だ。
王様は怒りが頂点を超えて、世界一周したような心境のまま、研究者どもの処刑を言い渡そうとした。
その時。
「王様ー! まじやべえ! 隣の国がすげえ大軍を率いてやって来てるっす! 敵の兵力は内の総国民数の2倍くらいありそうっす! やべえっす!」
と、そんな報告がなされた。
この国の研究は、外国のスパイも結構察知していたのだ。
具体的にはわからないまでも、召喚に成功されたらこの国の敵対国にとってよろしくない、そんな気がするというくらいには。
で、お隣の超強い国はついに本腰を入れ、この国を滅ぼしちゃえ、と、やって来たのである。
その報告は、召喚失敗うんこ大登場ショックよりも大きな衝撃をその場にいた人々に与える。
ただ研究者たちは、このタイミングなら自分らの失敗は有耶無耶になるんじゃね? とちょっとホッとしてしまうのだが。
しかし、それが王の逆鱗に触れた。
この王は短気ではあるが、それでも王の器なのだ。
どんな状況でも、周りの空気を読む能力に優れている。
その優れた能力を持って、研究者どもが今一瞬ホッとしたのを察知した。
それにムカついた王は、どうせ国が滅びるのならと、研究者どもに嫌がらせをしてくれようと思い立つ。
「研究者ども、己らはうんこが戦争に勝利する鍵とかほざいてたな。なら、そのうんこを持って今この国に攻めかかってきている大群を蹴散らして勝利を収めて来い」
という命令を出した。
断れば殺すし、従っても失敗したら殺す。
成功しても難癖つけて殺してやる、とでも言わんがばかりの態度でもって。
研究者たちはこぞって「勘弁してくださいよォー」と言うが、王様容赦せん。
うんこ一つを持って敵軍への防衛網の最先端に、研究者たちは送り出されることとなる。
これが後に、うん命の大決戦と呼ばれる戦争の始まりである!
数年後……戦争で勝利し、成功どころか大成功を納めた事で、研究者たちは首の皮一枚つながり助かって、戦争に勝利をもたらしたうんこは、御神体として祭り上げられる事となる。
めでたしめでたし。
最終的に面太郎は一万円でケツを拭きました