第71話 思うところでもあるんでしょう
正月! それは人をだらけさせる魔性の月! 今年中には第1章完結させたいなぁ。まだトールとすら戦ってないけど
~荒戸ゼミ室~
「え、えぇ!? どういうことですか教授!? 記憶喪失で自分が何者か責任取れないからってアプローチかわしてたんじゃ!?」
止まった時からいち早く抜け出したのは章浩だった。質問に反応して葉楽も止まった時から抜け出す。
「落ち着け。 Be cool be coool。この件俺の意思は介在してない」
「え? あぁ、エルミーラさんの嘘ですか」
葉楽の言葉に章浩は落ち着きを取り戻す。恋人はいないと聞いていた知り合いのいきなり過ぎる浮いた話で混乱していたのだろう。しかし章浩は気付かない。葉楽が組んだ腕に隠れた掌の汗がものすごいことになっていることに。
「……待ちなさい。起こった事を否定していないわね、葉楽?」
「!?」
止まった時から抜け出した灰羅の言葉に葉楽の背中が跳ねる。
「酒の線はない。アンタ、ザル通り越した輪だもの。スピリタスストレートで飲んで『水?』で済ませたアンタのことだから。次に考えられるのは色香に惑って、でもアンタ、林音と章浩のゼミ室に隠してたグラマー美人のピンナップを顔を顰めてゴミ箱に捨てたくらい。自らの意思が介在していない、ということもあってこれも違う。つまり」
「ああそうだよ。盛られたんだよ。気付かなかった俺も悪いさ。でもね? 仲間だからって安心してて盛られた俺の気持ちも考えてみてくれよ!?」
「いやぁごめんごめん。ラック落とすにはそれくらいしないと駄目かと思って」
「あの後先生に頼んで薬物耐性つける訓練組んでもらったんだからな! くそっ、生まれつき薬物耐性ある人間が食べたからって安心して食べなきゃ良かった!」
「すいません教授、今瀬尾さんの言葉に聞き逃せない事象があったんですが教授」
「なくなったと思ったら教授が捨ててたんですか教授。あれ結構高かったんですけど教授」
灰羅の容赦ない追求に割と本気で叫ぶ葉楽の背中をエルは笑いながら叩き、章浩と林音は真顔で葉楽に詰め寄るが葉楽はそれを無視する。
「そういうんじゃなきゃまださあ、こう、あるじゃん。なのにさあ、まさか女に性的に襲われるなんて」
「童貞臭いわよ」
「精神的にはまだ童貞ですぅー!」
葉楽は見苦しい言い訳をしながらエルを指差す。
「ていうか! キミまた無断で行方をくらましてんじゃない! キミの所属してる大学から捜索願い出てたぞ」
「え、そろそろヴァカンスの時期だからその願いだしてたんだけど」
「は?」
その時、葉楽のパソコンにメールの着信を告げる電子音が鳴る。
「え? うっわ、マジかよ」
「なんて書いてあった?」
「『よく机の上を探したら休むって届けだしてあった。よって、正式な休みのようです。ごめんね?』って内容を原稿用紙3枚分くらいに水増しした内容。くっそ、次の学会でアレの発表に全力でケチつけてやる」
「まああの人水増し大好きだから。エスプレッソを水で薄めるし」
「それ、インスタントのコーヒー濃縮原液じゃねぇの……? まあ、邪道だけど」
葉楽はそういうとパソコンをシャットダウンして帰りの支度を始める。
「まあ良いや。君たちもう講義は終わったんだろ? 送ってく」
「ああ、そういえば教授」
葉楽が扉に手を掛けた状態で振り向くと、章浩が挙手しながら質問する。
「どうした。ピンナップの件なら俺の神聖なる研究室に隠してた君らが悪いけど」
「まあもうその件はいいです。教授ですし。エルミーラさん、どこの人なんですか?」
「ん? ドイツだけど?」
葉楽は章浩の言葉にどういう意味か理解できず、普通に国籍を告げる。
「いえ、そうではなく。着地の時に翼広げてましたけど」
「ああ、そのこと」
章浩の注釈に葉楽は納得した様子で手を叩き、指を鳴らす。
「アイツ、異星人の血が4分の1入ってんだよ。星の名前は……確かフェジル星、だったっけ。ああ、心配せずともルーツのそのフェジル星人の人は帰化してるよ。元々友好的な星だろ? まあ俺も馴染みは薄いけどさ」
「ラックはそもそも異星人が馴染みが薄かったみたいだけどねー」
葉楽の説明を聞き、エルが茶化す。
「いやあ、私が自分の説明した時の第一声が『Arien?』だよ? 今この歩いている人に声かけたら10分の1は異星人の血が入ってるこのご時勢で、ありえん」
「うるさいなぁ、記憶喪失でまだ詳しい知識も戻ってなかったんだ、教え込まれたもの以外とっさに受け入れられるか」
エルが過去を話している最中に入った極めて日本人的なギャグをスルーして、葉楽は心外だ、といった態度で扉を開く。
「え、神話も教え込まれたの?」
「……さぁな」
葉楽はそれ以上何も言わずにゼミ室を後にする。その時、葉楽の脳裏に表情に影のかかった女性の顔が思い浮かぶが、葉楽は短く首を振ってそれを振り払う。
「……あれぇ?」
「何か思うところでもあるんでしょう。アイツも」
―――――
~海洋ステージ【マリナヴィランジェ】~
白い噴煙を上げ、ミサイルが銀と赤のノーヴル・ナイトを追跡し、葉楽はレバーとペダルを巧みに操作してミサイルを回避し続ける。その軌道は直角に曲がっていたりでとても人体が耐えうるような軌道では無いように思われるし、実際葉楽もそこまでの余裕はない。だが、今の葉楽にはその苛酷な環境が逆に心を落ち着かせる。
天志田家に泊まろうとしてくるエルを無理やり瀬尾家に押し付け、帰ると同時にパラムスを被った葉楽はすぐさまアームド・メカニックを起動し、フリーマッチングで適当な相手と戦い始めた。
気分晴らしをしたい、だがクリエイト・ワールドをするような気分じゃあない。すると自然とアームド・メカニックを起動していたのだ。
仮想空間の太陽が仮想空間の海面に乱反射し、カメラを通しモニターで葉楽の目に仮想空間と思えない風景を映し出す。海面にはノーヴル・ナイトも映る。が、次の瞬間メカニカルな鎧を纏った顔面の疵もなく、幼くなった葉楽の姿へと変わる。
「ちっ!」
葉楽がコンソールを操作すると肩のスラスターから噴射炎を噴出しながら回転し、背面のミサイルに向き直る。その時ソニックムーヴが巻き起こり、海面は白い波が渦巻き、海面に映っていたものはかき消される。
発作のようなフラッシュバック。見たくも無いシュレディンガーの猫が毒ガスで満たされたはずの部屋の中から鳴き声を上げて葉楽を誘う。猫が生きていることは確かだけれど、葉楽にその部屋を覗く勇気が生まれない。そして葉楽は毒ガスで満たされた部屋に鍵を掛けた。
しかし、その猫がティンダロスの猟犬めいてふとしたときに視界の端に映るようになった。元々葉楽は猫があまり好きじゃあない。それなのに猫の鳴き声だらけで気が滅入る。
たとえ話ではあるけれど、葉楽は精神的に疲れきっていた。エルを押し付けた時の灰羅の慈愛の篭った瞳が脳裏から離れない。疲れきっていることに気付かれている。だからこそレベルを上げる作業が出来る機会に、厄介事を押し付けられても文句一つ言わずに受け入れた。葉楽は甘えた考えの自分に吐き気を催す。
葉楽は決して本調子ではない。それでも、ランク50以下のプレイヤーに対して舐めプレイ染みた挙動を見せる。
「……そこっ!」
トリガーが引かれたのはたったの一回。ミサイルに対してライフルの銃口を向け、レーザーの弾丸を発射する。しかし、そのレーザーはミサイルを突き抜け、相手プレイヤーの期待の頭部を粉々に破壊する。
「破壊!? 蒸発ではなく!?」
相手プレイヤーの悲鳴が響く。けして相手プレイヤーがライフルの威力を見誤っていたわけではない。実際この相手プレイヤーの機体の装甲は機動性重視で防御力は紙と等しい。ノーヴル・ナイトのライフルは対レーザー装甲だろうと軽々と打ち抜く。葉楽のAIM力と合わせて回避も容易ではない。切り払ったり軽々と避けたりする、ランク1とランク9が狂ってるだけだ。
では何故、蒸発ではなく破壊であり、加えてコクピットのある胸部ではなく頭部だったのか。簡単な話だ。葉楽の気がまだ晴れていない。それだけ。
「らぁぁぁっ!」
「んがっ」
最大出力のブーストから放たれた飛び蹴りは相手プレイヤーの機体の腹部に命中し、哀れなターゲットは短い悲鳴をあげながら吹き飛ばされる。
「―――あぁあぁああぁぁぁあっ!」
狂気染みた雄たけびとともにノーヴル・ナイトの胸部装甲が開放され、F・V・Pがカラカラと歯車の回る音と銃弾を発射する破裂音を超高速で鳴り響かせ、相手プレイヤーの機体を無慈悲に噛み砕く。
「俺はなんでここにいる! 誰か教えてくれ、俺はここにいるのか!?」
相手プレイヤーは怯えてログアウトし、自身以外誰もいない会場で葉楽は叫ぶ、が、その言葉に応えるものもまたいないのだった。




