第6話 ノブレス・オブリージュ、力あるものの責任
基本的なローゼの行動指針は【メリットを求め人道的なことを優先し、悪評よりもいい評判で立ち回りを有利にする】です。ちなみにゲームと割り切っているため己の死をあまり大きなデメリットと捉えていません。
~ズッケロ鉱山~
「ここが、良質な鉱石が採れる鉱山?」
「うん。でも、結構強いモンスターが群れてるから入れる人も少ないし、それに伴って鉱石の値段も……」
「高くなる、ってことかぁ」
そう言いながらかなり高い鉱山の頂上を見上げるローゼと女性の二人の手には、松明とツルハシが握られていた。予備をそれぞれ一つずつに、合計松明4本鶴橋4本。52ハヴェン(このゲームでの通貨)也。
そして今回の目標金額は店舗の買える半分の額、5万ハヴェン……しかし、この目標は『達成できたらいいね』程度の単なる努力目標でしかない。一番の目的は銃の素材。そして命をかけるほどのものでもない。いのちだいじに。
「ま、どんなモンスターが出てくるかは知らないけれど、どんなに強くても生きてるんだ、勝機はあるっ!」
「おぉー」
ぐっ、っとローゼがガッツポーズし、女性がパチパチと拍手するが、これは勝利条件に『逃走成功』も含まれているからだ。だってモンスターのドロップアイテムは正直求めてないし。それにローゼは銃の素材になって十分に力を発揮できるようなモンスターを倒せるなんて思っていない。
後、アンデッドモンスターは前提に入れていない。アンデッドモンスターは大抵自然にできた洞窟か墓場などで出てくるものだからだ。ヴァンパイアは知らない。
「目指せ、ゴールドラァッシュ!って事でぇ~。行ってみようかぁ」
「うん!エスコートよろしく!」
「あ、頭一回り大きい系女子はいくらスタイルよくってもネタ目線でしか見れないから。ゴメンネ?」
「告白もしてないのに振られた!?」
「んじゃぁ~、ご~ご~レッツゴォ~」
「あ、待ってぇーっ!?」
間延びした声を上げながらつるはしを担いで鉱山の入口へと入っていくローゼについていく女性。そしてローゼがふととあることを思い出す。
「そういえば、名前教え合ってなかったねぇ。俺の名はローゼ。薔薇の銃士。君の名は?」
「あぁ、そういえばなんだかんだ言ってなかった……私の名前はプーラン。よろしくおねがいしますっ!」
ハーフドワーフの女性、プーランは勢いよく頭を下げ、それを見たローゼは少し、不思議な感触を受ける。
何か、頭の中で記憶のピースがはまるような。何か、昔経験したことのあるような。
「(……喪失した記憶に、何か関係あるのかな)」
ローゼ、荒戸葉楽には16の時より前の記憶はない。とある雨の日、おおよそ17の頃に空き地で倒れていたところを居候先の家主、天志田浪士に拾われ、今に至る。
名前や、素性の分かるものは一切持っていなかった。手がかりは近くに落ちていた朽ち果てた豪奢なドアと、薔薇の紋様が描かれた狐の面。その薔薇の紋は何処の家紋でもなかった。だが、朽ち果てたドアと共に名の由来となっている。
葉楽が脳科学を専攻しているのも、イギリスの大学にいたことも、今の大学に所属していることも、VRで戦いに興じていることも。全て『記憶を取り戻したい』その一点がきっかけだ。だがまあ結局きっかけなだけで全部なんだか脇道にそれているのだが。恐らくもう葉楽は記憶を取り戻そうと努力する気はなくなっている。すぐそこに答えがあるのなら迷わず手を伸ばすだろうが。
「どうしたんです?」
「なんでもないさ……なんでもね」
葉楽、ローゼはプーランの急かすような声に応えるとその頭に生えた短く切り揃えられた銀色の髪を撫でる。恐らく、この髪も、素性を知る手掛かりになるのだろう。だが、DNA鑑定は比較対象がいなければ依頼することすらできないし、銀髪も、この世界ではそこまで珍しいものではない。どこかで異星人の血が混じっている証ではある。だが、混ざっていても黒髪や茶髪の人間もいるし、100人集めればそのうち33人は異星人の血が混じっているという調査も出ている。……手がかりにするには、道しるべにするには、少々頼りない。
そんなことを考えながら歩いていると、プーランが肩を揺さぶっていた。
もう着いたのかとローゼは考え、そのあとに感じた気配で違うことを悟る。
殺気。モンスターのいる証だ。そして、ここまで近づかれるまで気づかない程考え事をしていたのかとローゼは愕然とし、両手で思い切り両頬を叩く。
「ひぃっ!?」
バチィン!と破裂音が響き渡り、ローゼは冷静さを取り戻す。
「(ここまで近づかれたのは失敗だ。だが……)済まない、ちょっと考え事をしていてね。だが、まだ鉱石を一つたりとも取っていないんだ。プーラン、後に続け。押し通る!」
「は、はいぃっ!」
ローゼは銃を引き抜き、前にいるモンスターの頭部に命中させ、倒れたモンスターの屍を踏み越えて駆けていき、プーランもその後へ続く。何体かのモンスターはプーランへと手を伸ばすが、全てローゼの銃弾に撃ち抜かれた。
「あ、ありがとうございましゅ!」
「走りながら叫ぶな!慣れてないと舌噛むぞ!」
舌を噛み、口元を抑えるプーランに対してローゼは装弾をしながら忠告する。
「さ、先に言ってくださァい!」
「常識じゃないか!」
ローゼはちらりと後ろを確認するが、まだモンスター達は追ってきていた。モンスターの種類はリザードマン。頭部に命中した弾丸は目に当たっていたのだろう。何体か片目から血を流しながら追って来ていた。
「銃弾は鱗に弾かれる。そう考えたほうが良さそうだ」
「え!?ローゼさん、銃士でしょ!?どうするの!?」
「それは……」
角からリザードマンが現れる。この鉱山全体がリザードマンの住処になっているのだろう。人間の耳には聞こえない高周波で連絡をとっていたに違いない。リザードマンはもう既に鉈を振りかぶっていた。
しかしローゼは懐へと飛び込む。銃をホルスターに収め、その手の拳を構えながら。
「殴り飛ばせばいい!」
ローゼのボディーブローがリザードマンの体をほんのちょっぴり浮かせる。まだローゼにはケイトのように一撃で敵を屠れるほどのステータスはない。一撃で決めるためにはクリティカルを出す必要がある。そのクリティカルを出すために、ローゼはボディーブローを入れて相手を浮かせた後、その体勢のまま肩から相手にタックルする。
浮いた状態では足で踏ん張ることもできず、リザードマンは仰向けに倒れる。ローゼは倒れ無防備になった首をブーツの踵についたカッターで切り裂いた。補正が半分しかかからなくてもダメージ判定自体はある。実際、クロー系の武具は徒手空拳スキルだけでも使え、攻撃属性は斬撃になると松明とツルハシを買いに行ったアイテムショップの主人が話していた。
首筋には頚動脈という心臓から脳につながる重要な血管がある事は有名だ。つまり、今ローゼはリザードマンの首の3分の1を切り裂いた。つまり、クリティカル。演出の赤い飛沫が吹き出たのを確認しながらローゼは走る。プーランがついてきているかを確認しながら。
走って待ち伏せをどうにかして打ち倒しながら進む。1対1なら肉弾戦に慣れていないローゼでも楽に勝てる。そしてリザードマンたちは今のローゼには強敵だ。レベルアップウィンドウが何度も開く。そんな状態がしばらく続くと、リザードマンたちは後ろから追いかけてはきているが待ち伏せはなかった。もう住処につながる道は通り過ぎたのだろう。だが、まだ追ってきていた。それを走りながら眺めローゼは叫ぶ。
「どっかで撒かなきゃダメだよねぇ!?」
「ですです!でもどこで撒けるんですかっ」
「くっ」
ローゼは探す。一発逆転の切り札を。地面を探すが、そのタネはない。さて、どうする。足止めをしないと今思いついてる策は実行できない。なら……あの後ろにいる肉の塊どもをどうにかして転がす。それしかないだろう。
「っっら!」
「ローゼさぁん!?」
いきなり180度反転し、リザードマンの群れへと駆け出したローゼを見てプーランは悲鳴を上げる。
「足を止めるな!先にポイントへ!足止めするから、その時君が邪魔だから!」
「は、はいぃぃっ!」
ローゼはプーランを睨みつけ、わざと怯えた状態で駆け出させる。恐怖という感情は逃走という時に限っては思わぬ脚力を生み出すこともある。その他の能力は大体下がるが。恐らく採掘ポイントまで行ってくれれば周りにモンスターもおらず落ち着いて採掘できるだろう。
だが、それはローゼが一匹も通さなかった場合だ。最優先目的は足止め。一匹一匹の息の根を止める必要はない。
必要最低限の動きで意識を刈り取るだけだ。
「ノブレス・オブリージュ、力あるものの責任、ってね!」
恩人の教えを叫びながら、ローゼはリザードマンの群れへと飛びかかる。
蹴りが突き出され、リザードマン一匹の意識を刈り取り、続け様に放たれた掌底は、また一匹の顎を揺らし、脳を揺らす。一匹の振るったメイスがローゼの肩を捉える。左肩。必要ないと切り捨てぶら下げたままメイスを振るった一匹を後ろ蹴りではじき飛ばす。一匹がプーランのもとへと駆け出そうとする。それはさせないと長く伸びた尻尾を掴み、片手だけで振り回す。待ち伏せのリザードマンを倒したことでレベルが上がっていなければとてもできない芸当だ。
相手の行動に対して対処する。決めつけた過程を元に行動していれば追い詰められて逃がす可能性がある。だから、逃げようとする敵を最優先で潰す。逃げようとする敵で優先するのはプーランの元へと逃げる敵である。
そして、ローゼの望んだ状況に少しずつ整っていく。
敵が、自分が、地面に叩きつけられる時、少しずつ状況が変わっていくのだ。
そして完全に整ったのはローゼのHPが5分の1を切った時であった。
リザードマンを背負投で地面に叩きつける。もう体力は残り少ない。力任せに振るのではとてもではないが投げられない。この逆境の中、確かにローゼは技術を身につけていた。いや、身に付けたという言葉は適せんではない。思い出すのだ。戦いの技術を、生き残る術を。ラージゴブリン戦の時の思考回路もそうだ。『ラージゴブリンの口の中を銃で撃ち抜く』という発想は、頭の中に浮かんだ『豚のような化物に対し口の中を槍で刺し貫く』という記憶がフラッシュバックしたに過ぎない。敵の耐性を見てフラッシュバックしたのだ、あの豚のような化物も槍で貫くことも、殴って痛めつけることもできなかったのだろう。
そして、叩きつけた瞬間にギシ、と軋む音がする。この洞窟はいろんなところから採掘するために鉱石を持って人間が走っても崩れない程度の強度で縦横無尽に張り巡らされている。つまり、わりと薄い。壁も、床も。そこに巨体を何度も叩きつけたらどうなるか。重みに耐えられず、崩れるのだ。そして核となる支柱が存在する。そこを崩せばもう勝利条件を簡単に満たせる。自分は死んでもデスペナルティを食らってリスポーンできる。だが、目の前で死ぬのはプーランの精神影響上あまりいいとは言えない。NPCはリスポーンできない可能性があるのだから。だからこそ、一人で逃げさせた。特攻するには本当に邪魔なのである。ローゼが探していたタネは脆くなった支柱だ。だが、どれだけ鑑定スキル遠視スキルを併用しながら探しても見つからなかった。だから脆くするために突撃して敵も味方も地面に叩きつけられるような状況を作ったのだ。ここまでうまくいったのは運の良さが関わってきているが。
音を聞きローゼはほくそ笑みながら銃をホルスターから抜き、シリンダーをスイングアウトさせ弾丸をすべて地面に落として蹴ってバラ撒きリザードマンを威嚇する。どうせ始まりの弾丸だ。惜しくはない。次に、スイングアウトさせたシリンダーに3発マグナムの弾を詰め込む。念には念だ。威力は高いほうがいい。左腕はまだ使い物にならない。だが問題はない。下に打つだけだ、支える腕の力は必要ない。手先だけ動けばいい。シリンダーを装着し、銃を左手に持ち替える。そして右手はハンマーへと添えられた。
「俺の勝ちだ。トカゲども」
右手の親指でハンマーを起こし引き金を引き一発。引き金を引いたまま右手の掌でハンマーを弾き一発。手首を捻り、小指でハンマーをたたいて一発。合計三発の銃弾を撃ったにも関わらず、聞こえる銃声は一つだけ。それは、一瞬で三発撃ったことの証明でもある。
極点集中三重射撃。この技はローゼ、荒戸葉楽が得意とする射撃テクニックだ。三発の銃弾が脆くなった支柱を貫き、噛み砕く。三発の銃弾の打ち抜いた位置のズレは殆ど無い。地面にヒビが入り、地盤が崩落する。それはローゼ諸共リザードマン全てを飲み込み、下の階層へと引きずり落とす。
下の階層は鉱山としての利用を想定されていない場所だった。眼下には地底湖が広がる。が、それは落下点から割とズレたところだ。ローゼ達が落ちるところに湖はない。ほぼ確実に全滅だ。
「さて、束の間の達成感に浸りますか」
『勝利』したローゼはのんびりと落下までの時間を待つ。
目の前に浮かぶ【Congratulations! 銃技能奥義 極点集中三重射撃を習得しました!】のウィンドウを眺めながら。