九話 僕が分かる理由のひとつ。
「だ、大丈夫?」
心配そうに雪谷さんが声をかけてくる。
それもそのはず。だって、あの後三十分以上トイレにこもりましたからね。食べたものを全て出す勢いでした。
「……腐った食べ物を食卓に出さない」
「ご、ごめん。腐ってるなんて思わなかったし、わたしは大丈夫だったし」
「僕が駄目なんだ!!」
彼女の頑丈すぎる胃袋と違って、僕のはデリケートなんだ。もっと丁重に扱って欲しい。
「ごめん」
しゅん、と俯く雪谷さん。本当に悲しそうな顔をしていて、なんだかとても悪いことをした気分だ。
「あ、いや、こっちこそ居候の癖に色々言って、ごめん」
「……そういうのはいいよ。居候だとかは」
「え?」
「ここが、海月君の家だと思っていいよ。言いたいことがあったら、遠慮なんかしなくて、いいんだよ」
「ゆ、雪谷さん……」
泣き出しそうな、どこか陰のあるような表情。そんな表情のまま、彼女は不自然に笑う。
「あ、海月君、お腹すいてるよね? 何か食べる?」
正直なところお腹はすいている。しかし、それよりも彼女に聞きたいことがあった。
「ねぇ、雪谷さん」
「ん? なにか食べたいのでもあった?」
食卓のテーブルにはなにもなく、僕と雪谷さんが向かいあっている。
電源の入っていないテレビが、静けさを醸し出している。
「親御さん、まだ、帰ってこないの?」
「……」
時計を見れば十時はもう過ぎている。さすがに、帰ってきていてもおかしくはないのか?
「うん。お母さんは仕事が忙しくてね……。帰ってきても一時過ぎだから」
「な……」
「それに、朝出発するのはわたしが起きるのよりも早いから……。顔、合わせる暇もないの」
そんなに、働いているのか……。
「じゃ、じゃあ、親父のほうは……?」
「……お父さんは」
目の前の少女は拳を強く握った。
「いないの」
「え?」
「もう、いないの」
そう呟いた雪谷さんを見て、ようやく気づいた。
――彼女はきっと、寂しかったんだ。