三話 僕の名前
「要するに、僕は空から降ってきたってことか」
「じゃないと、あんな刺さり方しないしね」
口に手を当てニヤニヤする雪谷さん。
「雪谷さん」
「ん?」
「ごめんなさい!」
「え? な、なにが!?」
僕の謝罪に雪谷さんはうろたえだした。
「いや、だってさ、僕のせいで学校に行けなかったわけだし」
この様子だと連絡もしていない休み。いわゆる、ズル休み、仮病そんな扱いだ。だから、僕は謝らないといけないんだ。と、真剣に考えていた訳だけども。
「いいよ、いいよ。それは別に」
でも、彼女の反応は全く気にしていないどころか――
「でも……」
「いいの!」
「は、はい」
喜んでいるのを隠そうとしているようにも見えた。
「それより、君はどうするの?」
「うーん、どうしよう」
名前も、家も分からないのに良く分からないところに放り出された。つまり、
「あれっ!? 僕、行くところない!?」
「名前も分かんないしね」
「……」
これは痛いところを突かれた。どこぞのホームレスよりも酷いこの現状。そんな風に頭を抱えていたら、雪谷さんは微笑しながら言った。
「君、家に住んだら?」
「ほんとに!? ありがとう!」
「いやいや、どういたしまして」
「いやー、助かるよ――って待て!!」
「え? どしたの?」
「あ、あのさ。いや、だって、ねぇ?」
「なんでそんな挙動不審なの?」
落ち着け、落ち着くんだ僕。彼女の言ったことを、冷静に考えよう。
自分の家に居候させてくれる。って、ええ!?
「いやいやいや、それは悪いよ!」
「でも、行くところないんでしょ?」
「う……」
「なら、決まりだね」
「おかしいだろ!?」
「じゃあ、どうするの?」
「う……」
「なら、決まりだね」
ループしてる。ループしてるよ!! なにコレ? 『はい』って答えないと会話が進まないの? これ、居候させてもらうパターン?
「……本当に良いの?」
「もちろん」
そんなあっさり……。
「でも、親御さんとか」
「いいの、いいの。母さんは軽い人だから」
見知らぬ男を勝手に家に住まわすことを軽いで済ますとは。恐るべし。
「って、駄目だろやっぱ!?」
色々と教育上によろしくないというか。
「雪谷さんはいいの?」
「うん。家族が一人増えるって、うれしいしね」
「……」
僕、この人が心配だ。天然というか、悪い人に捕まりそうというか。
「あのね、雪谷さん。そんなこと簡単に言ったら駄――」
「それと、君はなんか安心できるから……」
……え? なんでそんな上目遣いで見るの? なんか可愛いんだけど……。
「そんなことより、君の名前……。いつまでも君じゃちょっとね」
雪谷さんはパッと視線を戻し、僕に笑いかける。ええい、煩悩よ消え去れ!
「そうだね……」
「そういや、初めて見た時から気になってたんだけど……」
「え!?」
き、気になっていた!? なんで、こんなタイミングでそんなことを……。
「胸ポケットのとこに何か入ってない?」
「……」
僕はどうかしているらしい。今までもこんなのだったのかな。ちょっと嫌。
とりあえず、彼女の意見に耳を傾けてみよう。胸ポケットに手を入れてみる。
「っと、なんかあった」
四角い物。そんな感触が手のひらにあった。
「なにがあったの?」
「これだよ、これ」
僕は一冊の手帳を彼女の目の前に突き出す。
「生徒手帳?」
「お手柄だよ雪谷さん!」
今の台詞、マンガのタイトルとかでありそうだな。
「これには僕の情報が詰まっている、はず」
「へぇー」
まずは一ページ目。手帳を開くと、たくさんの文字の羅列。そこの三行目。それが一番欲しい情報。
「海月。海月 葵。それが僕の名前……らしい」
「海月 葵君? 海月君か」
「みたいだね」
「海月……。クラゲだね。クラゲ君!」
……。なんで、日本ってことを習ったばかりなのに、そういうことは知っているのだろうか。
「クッラゲくっん~」
「はぁ。別に、何でもいいよ」
「そうなの? まぁ、海月君って呼ぶけど」
「ならクラゲ言うな!!」