二十三話 僕の初めての授業
「海月君!」
耳元で雪谷さんの声が木霊した。
「うわっ、な、なに?」
「なにって、呼んでも、海月君が返事しないからでしょーが!」
ぷくっと頬を膨らませる雪谷さん。ちょっと可愛い。
「ごめんごめん。これが、なんか妙に気になって」
「ステータスカード、見たことないの?」
「これ、ステータスカードっていうんだ」
聞いたことのない名称である。
ステータス、確か英語で、身分とか状態って意味だったような気がする。
ということは、身分カードってことで、その人の身分を表すカードなのか。
だとすると、非情なカードだな。
などと勘考していると、兎原さんが僕を見上げ、鼻で笑う。
「はんっ、クラゲ君はステカも知らない田舎者だったってことだな」
「そんな一般常識レベルのものなの!?」
このカードについては一切の記憶が残っていない。絶無だ。
そういい切れるものでもないが、どういうわけか予感めいたものが頭の神経を駆け巡った。
でも、だとすると……僕は世間知らずだったのだろうか。
少なくとも、雪谷さんよりはましだろうと思っていたのに。
そう思いながら、横目で雪谷さんを見ると、彼女はふふん、と微笑んだ。
「まぁ、そんな海月君に、わたしが一から教えてあげましょー」
びしっ、と天高く指を掲げる雪谷さん。
僕の為なので、その意味不明なポーズにツッコむことはしないでおこう。
「……なんなのよ、その目は?」
おっと、顔に出てしまったらしい。ここはごまかそう。
「感謝と感服と嘲笑だよ」
「嘲笑ってどういう意味?」
意表を突かれた。
そこは普通、どういうこと、と聞くものではないだろうか。
まぁ、折角なので解説を加えよう。
「嘲笑ってのはあざけ笑うことだよ」
「……へぇ~」
分かってもらえなかった。
明らかに彼女は理解していないような顔をしている。分かりやすい人だ。
「音羽、あんた馬鹿にされてる」
と、兎原さんが口を挟んだ。
「え。そうなの!?」
余計なことを。
雪谷さんが僕を睨んでくる。
とりあえず、場面転換、話題変更。話を元に戻そう。
「そんなことより、ステカとやらを解説してくれるんでしょう?」
「……あぁ、そうだったねー。んじゃま、とりあえず、概要をぱぱっと言っちゃいましょー」
「おおー!」
どうやら、上手く戻せたようだ。
「ステカというのは、ステータスカード。その名の通り、自分の現在の状態を表すカードだね」
なるほど。そっちだったか。
意外に雪谷さんは英単語が分かるのかな。
「あと、この学校の学生証でもあるんだよー」
なるほど。身分証明書としても使えるのか。
名前、顔写真ともに載っているのはそれが理由か。
でも、だとすると、このHPとは一体なにを表すのか。
「んで、そのHPってのは、マギカバトルのときに必要で、0になるとダウン」
「……は?」
何のことだか、さっぱり分からなくなった。バトルだの、ダウンだの、ゲームの話なのか?
「ま、それについては今度、じっくりと説明してあげるから、楽しみにしといてね」
今教えてくれないのかよ。
と、一旦区切りがつくと、兎原さんがちょこんと雪谷さんを見ていた。
「そんなことよりな、音羽。ルカ君はいいのか? まだダウン中っぽいけど……」
「あ、忘れてた」
二人がイルカ野郎のほうを見る。そこにはボロボロのやつが、ピクリと動き――。
「ふざけんな! 早く復活させやがれ!」
大声量で叫びだした。
「ごめんね。すっかり忘れてて」
「あたしもさっき思い出した」
「なんてやつらだ!」
僕もすっかり忘れていた。
復活とか良く分からないけど。
「まぁまぁ、ルカ君。そろそろ授業が始まっちゃうよ」
「雪谷! まだ俺の怒りは」
「先生くるよー」
ぴた、とイルカの体が止まる。完全停止。それと同時に後ろの扉が開く。
聞こえてきたのは、猫耳教師の声。
「おー、お前ら。少年に説明したか?」
「もちろん!」
「そりゃ助かる」
微笑む教師。違和感しかない。
「それと今日の授業は」
そうして、先生は付け加える。今日の、僕の始めての授業内容を。
「雪谷、兎原、ルカ。三人で、一人づつ、少年にこの町を案内してやれ」