十一話 僕は999のダメージを受けた。
「……なんだ、そういことだったのかよー。音羽、そういうことは先に言えよー」
「さっきから海月君がずっと説明してたんだけどね」
ちら、と満身創痍な僕を一瞥する雪谷さん。ってか呆れた顔してないで、助けてよ。
現在、僕は地面に転がされている状態だ。理由は簡単。彼女の母さんだ。
雪谷さんが眠そうだったので、僕は雪谷さんと一緒に住む、という旨を代わりに説明したのだけど……。それを聞いた途端、おばさんが大激怒。殴る蹴るの暴行を加えられた。
まぁ、確かに怒る気持ちは理解できなくも無い。が、ここまでやるのはどうだろう。
おかげで僕は明日を痛みと苦痛と激痛で過ごさなければいけないだろう。
「おお、ごめんな少年」
軽く、あくまでも軽く謝るおばさん。
ごめんで済めば警察はいらない、って言葉を知っているのだろうか。……怖いから、絶対口にはしないけど。
この人に悪口を言おうものなら、明日の光を見ることができるかどうかわからなくなりそうだからね。
「少年、なに睨んでんだぁ?」
おっと、無意識に睨みつけてしまったらしい。気をつけないと。
「いや、別に睨んでませんよ?」
「……爪」
「は?」
「全部の爪で許してやろう、さぁ剥げ!」
からから、と笑いながら言うおばさん。嘘でも止めてください!!
「ま、ほんとに悪かったな海月君」
ぽん、と僕の頭におばさんの手が乗っけられた。
瞬間、何故だか暖かいような、懐かしいような。そんな形容しがたい不思議な気持ちにとらわれた。
「さ、もう遅いから寝な」
「はぁ~い」
と、眼を擦りながら雪谷さんは、とぼとぼと階段を上って行った。
今、この部屋には僕とおばさんだけ。
いつ殺されるかも分からないから、さっさと退散するとしよう。
――あの、キノコの生えてた部屋へ……。
「じゃ、僕も――」
「待て、少年」
「へ?」
「すこしだけ、話がある」
……僕、明日を迎えられるかな?
まぁ座れ、と促され席に着く僕。
そして、おばさんは言う。
「音羽を、娘を頼んだよ」
その姿は、なんだか寂しそうで。とても寂しそうで。真っ直ぐ、僕を見ながら告げた。
「……本当にいいんですか?」
「……」
「僕は、まだ雪谷さんと会って一日も経ってない。それなのに、勝手に居候なんか――」
「いい」
目の前のおばさんは力強くうなずいた。
「あの娘が決めたんだ。大丈夫に決まってる。だから、少年も自分の家だと思って暮らすといいよ」
「……ありがとうございます」
雰囲気が違った。
さっきまで暴れていた人とは雰囲気が違った。
言うなれば、母親。
れっきとした母親のオーラをまとっていた。
「あたしも、これからそんなに家に帰ってこれる日も少なくなる」
「……」
「だから、あたしの代わりに。娘が選んだあんたを信用して、全部、全部任せるよ」
「貴方は、一体――」
「あたしは、ただの、何も出来ない一般人だよ」
「……」
「もう、お休み。明日は早いから」
「は、はい。わかり、ました」
僕は、静かに席を立ち階段へと向かう。
階段の一段目に上る前、僕はおばさんのほうへと振り向き、深くお辞儀をした。
「ありがとうございます」
そんな僕の様子に、おばさんは二カッと笑い、手を振るだけだった。
僕は振り返らずに自分の部屋になった場所へと、足を進めた。