第一章 出逢い
これまでは仮面ライダーを書いていましたが、ずっと書いているとアイデアに行き詰ってしまうので気分休めも兼ねて恋愛…というよりかは偏愛小説を書き始めてみました。書いてる途中でまた仮面ライダーのアイデアが降ってきたら仮面ライダーのほうがメインなのでそっちに戻ります。気が向いたらでいいので是非読んでみてください。
登場人物
姫宮琴葉:盛栄中学校に就職した新任教師
七瀬咲夜:盛栄中学に通う3年生
殿村隼人:七瀬と姫宮の居る3年2組の担任。
乙矢瑛士:七瀬のクラスメイト。一見ただのチャラ男だが根は真面目。サッカー部
鈴木陽毬:テニス部
照橋心奈:美術部
山崎若菜:陸上部
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【1】
大学を卒業し新年度を迎えた私は今日から教師となる。新卒一年目の若輩者ではある私だが、まさかのいきなり受験生の年である3年生の副担任を任されることとなった。今、目の前では私と同じく今年度からこの盛栄中学校に赴任してきた先生方の紹介が行われている。横目で隣を見てみるとそろそろ私が呼ばれるようだった。教頭先生が私の名を読み上げる。
「えー、続いては今年度から3年2組の副担任を務めて貰います。姫宮琴葉先生です」
気を引き締めて右から左へと体育館内を見渡してから挨拶をする。
「姫宮琴葉です。一日も早く皆さんのお力になれるよう尽力する所存です。よろしくお願いします」
45度ほど礼をすると生徒、そして両隣の同じ今日からこの学校に赴任する同僚の方々から拍手の音が聴こえた。とりあえず掴みはなくともプラスにもマイナスにも寄らない在り来たりな言葉を噛まずに述べられたので私はほっと胸を撫で下ろした。
それからしばらくして入学式兼新任の先生方の紹介を終えた。生徒たちは3年生から順番に教室に戻る指示を受けた。私たち教師陣は職員室に移動した。そこでは校長先生から新任の先生方にある程度の仕事内容の説明を受けた。
「えー、では姫宮先生はこの後、2組の担任の殿村先生と一緒に2組に挨拶に行って来てください」
校長先生が向いたほうに目をやると殿村先生と目が合った。
「2組担任の殿村隼人です。よろしくお願いします」
私は「よろしくお願いします」と言いながら頭を下げる。この後また他の先生方への説明が行われその場は解散となった。そして直ぐに殿村先生は私の所にやって来て「クラスの子たちに顔を合わせに行きましょう」と言って来た。私は「はい」と返事をして2組の子たちの名前が入っているプリントを挟んでいるバインダーを持って殿村先生の後を着いて行く。3年生のフロアは職員室がある2階と同じ階だったので職員室を出たらあとは真っ直ぐ歩くだけだったが私は少し緊張していた。それを殿村先生には見抜かれていたのか、背中越しに訊いてきた。
「緊張されてますか?」
「まあ、少しだけ」
「そこまで固くなる必要はありませんよ。直ぐに慣れます」
開き戸の前で一度止まり殿村先生は「開けますよ」と私の目を見ながら小さく呟き私が頷いたのを目視で確認してからドアを開けた。
「はい、みんなさっき振りだね。はいはい立ってる人たちは一旦席に戻ってー」
廊下からも聞こえていたが私たちが来る前はみんな各々のグループで集まりお喋りをしていた。殿村先生からの指示があるとみんな大人しく席に戻って行った。そして座った後にはみんな私のほうを見ていた。
「みんな座ったな?じゃあ先生から明日の報告を伝えておくけど、その前に姫宮先生についてお話しします。さっきの入学式で既に伝わっているだろうけど、姫宮先生には今日から2組の副担任になって頂きます」
その後、殿村先生は教卓の位置を私に譲る。私はその前で一度教室の中を見渡してから話を始めた。
「今日から2組の副担任を務めさせて頂きます。姫宮琴葉です。よろしくお願いします」
生徒たちからは拍手の嵐を頂いた。殿村先生も拍手をしながら司会を始めた。
「じゃあ少しここでみんなで姫宮先生に幾つか質問をしようか。誰か訊きたいことはあるかな?」
クラスの誰しもがその瞬間を待っていたのか、クラスの八割ほどが手をあげる。殿村先生は誰にしようかなと迷っているので私は自分で選んで良いかと殿村先生に訊いた。殿村先生は是非、と喜んで私に選択権をくれた。
「じゃあ、鈴木さん」
真ん中の列に座っている鈴木さんを指すと鈴木さんは最初に「私の名前分かるんですか?」と驚きの表情を見せた。私は「もちろんです」と返した。
「それで、質問は何かな?」
「えっと…姫宮先生は何か担当の教科を教えてくれるんですか?」
「はい。私は明日から皆さん3年生の国語を担当します」
一つ一つの反応を見る限り国語が好きな子とあまりな子の違いがよく分かった。殿村先生が「他にある人ー」と言うとまた一斉に手が上がる。
「えっと…じゃあ、乙矢君?」
私は一番左の後ろに座る乙矢君を指す。乙矢君は如何にも中学生らしい質問をしてきた。
「姫宮先生は…彼氏とか居ますか?」
当然、この手の質問が上がれば教室内は大盛り上がり。挙手制完全無視で質問が飛び交う。「男のタイプは?」「年下は興味ありますか?」などなど質問の嵐だ。殿村先生は急いで全員を鎮めさせようとするが、思春期真っ只中の彼らを止めるのはなかなか大変だ。私からも静かにさせようとすると、窓側から一つ隣の列の前の方から注意の声が聴こえた。
「お前ら全員黙れ。姫宮先生が困ってるだろ」
その声の主は七瀬咲夜。気まずくなるのは簡単に予想が付くはずなのに彼は平然と注意をした。すると先ほど私に質問をした乙矢君は七瀬君のほうに顔を向ける。
「なんだよ七瀬、シラけることすんなよなあー」
このままではクラスの雰囲気が壊れてしまうと思い私は直ぐに質問に答えた。
「彼氏なら居たことはあるけど、今はフリーですよ」
クラスの中に活気が戻りまた新しく質問がきた。
「なら、俺が立候補しても良いですか!?」
「ダメです」
こういった質問は分かりきった上で来るものなので私は食い気味に断る。クラスの中に笑顔が戻ったので私は一安心した。その後も質問時間は続き十数分ほどで幕を閉じた。
「じゃあここら辺で姫宮先生への質問コーナーは終わるぞー。まだ訊きたいやつは明日また訊きに行くように。この後は簡単清掃をして、帰りのSHRにするぞー」
指示が出ると全員とも辺りのゴミを見つけ次第拾いゴミ箱に捨てて行く。私はその光景を見て思わず感心する。それを殿村先生は隣で得意げに語り始める。
「みんな良い子でしょ?」
「はい。教育実習の時に何回か簡単清掃の時間がありましたけど、こんなにもちゃんとゴミ拾いをするクラスは初めて見ました」
言い過ぎな気もするかもしれないが、これは本心だ。それが殿村先生には通じたのか特に隠す気は無いようで、とても嬉しそうな顔をしていた。五分ほどの簡単清掃が終わると全員帰りの支度を始め、殿村先生からの連絡事項が終わると放課になった。
「姫宮先生、さよーならー」
先ほどの千夏さんを始め同じ女同士だからか女子生徒たちは皆んな私に帰りの挨拶をしてくれた。男子では先ほどの乙矢君ぐらいだった。教室から生徒が居なくなったのを確認してから私は教室の鍵を閉めて職員室に戻った。
「姫宮先生、今日は一日お疲れ様でした」
「いえ、まだ半日しか経ってませんから。明日からは授業も頑張ります」
「姫宮先生にとっては盛栄に来ての初授業ですね。頑張ってください」
私は元気よく「はい!」と返す。その後、私は明日からの授業の準備を始めた。皆んなとなにか国語を使った仲良くできる遊びはないかと試行錯誤を重ねた。人は集中すると時間を忘れる生き物なのだとよく分かった。気がつけば時計の針は3を指していた。
「もう三時かー。少し歩いてリフレッシュしようかな」
腕を伸ばしながら私は3年生フロアの廊下を歩く。2組の教室が見えてくると私はドアが開いていることに気づいた。鍵はちゃんと締めたはず、と疑問に思いながらドアに近づくと誰かが席に居るのが見えた。窓から一列隣の一番前の席だった。教室に入り近づき、誰なのかを目で確認すると七瀬君だった。あと一時間もすれば下校時間になるので私は声を掛けた。
「七瀬君、帰らなくていいの?」
一声掛けると彼はゆっくり顔を上げた。そして「本を読んでいるので」と小さな声でボソッと呟き本に視線を戻した。私は隣の席の椅子を引き寄せて彼の前に座る。
「な、なんですか?」
「いや、君にお礼を言ってなかったなと思って」
七瀬君は「お礼?」と首を横に傾けた。
「うん。ほらさっきの私への質問時間のときにさ、私に彼氏は居ますかーって乙矢君が訊いてきたでしょ?正直なこと言っちゃうと私、恋話とかが苦手だから七瀬君が話を遮ってくれて嬉しかったんだよね。ありがとう」
「別に…俺はただ聞いてて不快だったから言っただけですよ。ていうか姫宮先生は結局質問に答えてたから俺は何も助けていませんよ」
七瀬君は中学生にしてはかなり大人びている様子だった。それが私には物珍しく映り、それでいてどこか子供らしさも感じた。彼はまた読書に戻ったかと思えばまた直ぐに顔をあげて私に「仕事はいいんですか?」と訊いてきた。
「実は今少し手こずっているんだよね」
「手こずってる?何にですか?」
「言って良いかは分からないんだけど、明日の授業で皆んなと何かレクリエーションをしたいと思っているんだけど何をしたら良いか考え付かなくてさ。七瀬君なにかしてみたいことってあったりする?」
いきなりすぎる質問だったが七瀬君は本を閉じてかなり真剣に悩んでくれている。私はメモ用紙取ってくるねと言ってから職員室に走って戻る。
「先生はどんなことをしたいと思っているんですか?」
「私の担当教科が国語だからなにか国語を使った遊びをしたいとは思っているんだけど、さすがに百人一首だと難しいかな?」
「そうですね。百枚全部を覚えている人のが少数なのは確定でしょうし、俺だったら何も遊びには限定せずにシンプルに各々のプロフィールを書くとかにしますかね」
「プロフィールか、確かにそれはありかも」
そう言うと七瀬君はフッと小さく笑顔を見せながら「お役に立てたなら良かったです」と本を鞄に仕舞いながら言う。それを見て私は教室にある時計を見て時刻を確認する。
「もうこんな時間になってたんだ。ごめんね付き合わせて」
「いえそんなに気にしないでください。明日、楽しみにしていますね」
七瀬君は教室を出る前に私のほうを振り返って「さようなら」と一礼をしてから帰って行った。私は急いで廊下に出て「気を付けて帰ってね」と見送る。七瀬君は顔だけ振り向かせて「はい」と返してくれた。
「なんか、先生って感じがする」
私は思わずそう独り言を呟いた。
☆ ☆ ☆
「礼、お願いしまーす」
国語の係の子が号令を掛け私にとって盛栄中学校での初授業が始まる。私も軽く礼をしながらお願いしますと言う。その後、黒板の方を向き白のチョークで名前を書く。
「では、改めて自己紹介から、姫宮琴葉です、これから一年間、皆さん3年生の国語を担当させて頂きます。よろしくね」
私としてはこれぐらいで短い時間で終わらせたかったのだが、生徒の皆んなとしてはそうはいかないらしく、クラスの男子の何人かが昨日できなかった先生への質問がしたいと言ってきた。すると女子たちも私も私もと盛り上がってきてしまった。これを無理やり辞めさせたら雰囲気が悪くなってしまうと思い、私は仕方ないと要求を飲んだ。
「じゃあ十五分だけよ。それでも訊きたいことがある人は休み時間に訊きにきてね。じゃあ、照橋さんから」
「姫宮先生はなんで国語教師になったんですか?」
「んー、まあ国語が好きだからっていうのが理由かな。他には教えるのが好きだからかな。大学生時代には塾で講師のバイトもしてたぐらいには。他に質問はある?」
またクラス内を見渡し今度は窓側列の真ん中あたりに座る山崎さんを指した。
「先生は好きなアイドルグループとかは居ますか?」
「好きなアイドル?これといっては無いけど好きな俳優さんは居るよ」
山崎さんは誰ですかーと訊いてきたので私は高橋文哉君と答えるとクラスの女子の何人かが共感の声を出す。
「先生は文哉君みたいなタイプが好きなんだー」
「別にそういう訳じゃないわよ。他に質問はある?」
まだまだ訊きたいことは沢山あるようで殆どの子が手を挙げる。しかし私は誰よりも目に入る子が居た。窓側から一つ隣の列の一番前の席。そう七瀬君だった。
「えっと、じゃあ七瀬君…」
何を訊かれるのだろう。昨日ああいう感じだったから早く授業にしませんかとでも言われると思ったが意外にも普通に質問をしてきた。
「姫宮先生の誕生日はいつですか?」
「誕生日?7月20日だよ」
「と言うことは蟹座ですか?」
「うん、そうだよ。まだ質問はあるかなー?」
その後も幾つか質問はあり気がつけば十五分は一瞬で経っていた。
「じゃあここからは普通に授業といきたいところだけど、私も皆んなのことはよく知っておきたいから今日は皆んなにプロフィールを書いて貰おうと思います」
私は昨日帰る前に用意した紙を配り始めた。プロフィール欄には名前や誕生日、好きなことや好きな○○などとありきたりなものにした。一番下は空白にして何か書きたいことや直接は訊きにくいことや言いたいこと、何でも自由に書いてくださいと伝えた。
最初は面倒いなという雰囲気も一瞬は感じたが、だんだん楽しくなってきたのか、皆んなの持つシャーペンの速度が速くなってきた。中には、特に男子には何を書いて先生を驚かせてやろうかという悪戯顔の生徒も見て取れた。また同じぐらいの時間を取れば充分かなと考えた私は窓側にある先生ようの机に座りパソコンを開いて明日から始まる通常授業の準備を始めた。教室内には私が叩くキーボードの音と皆んなの字を書く音が奏でられる。それに私はなんだか心地よさを感じたからか昨日の放課後よりも作業はかなり進んだ。時間を確認して皆んなに声を掛ける。
「皆んなどうかな?書き終わりそう?」
訊いてから教室内を見渡すと殆どの子が頷いていたので私は紙を回収するから後ろから前に送ってと指示を出すと七瀬君が「まだ書き終わってないので授業後に提出します」と言ってきたので、七瀬君以外のを回収した紙をバインダーに挟み仕舞う。
「じゃあ残りの時間は明日から始まる通常授業の説明をします。教科書を出してくれる?」
教科書を開き最初の論説文のタイトルを読み上げる。
「教科書の左のページの方に米印が付けられた言葉がまとまって書かれていると思うんだけど、とりあえず明日の授業までにその言葉の意味をノートにまとめてきてくれるかな」
予想した通り特に男子からは不評の様子が目に見てよく分かった。
「面倒いなと思うかもしれないけど頼むよ、皆んな。その方が私も授業は進めやすいから。じゃあ今日はここまで。残り時間は各々自習でいいよ」
そう言うと殆どの子が教科書の語句を調べ始めた。今はiPadがあるから皆んなどんどん調べていき早い生徒はこの自習時間で語句調べを終わらせていた。授業が終わるチャイムが鳴り国語の係の子が号令を掛け授業を終える。荷物を持ち教室を出ようとすると何人かの生徒が「ちゃんと読んでよね〜」と念を押してくるので私は振り返りながら笑顔で「もちろん」と元気よく返す。教室を出た直後、後ろから私を呼び止める声が聞こえ振り向くと七瀬君が立っていた。
「書き終わるの遅くなってすいませんでした」
「いいよ、気にしないで」
紙を受け取り一番下に入れる。
職員室に戻ると2組の担任で数学を担当している殿村先生が「初授業お疲れ様です」と缶コーヒーを私専用のデスクに置いてくれた。
「ありがとうございます。初授業と言ってもほぼ自習みたいなものですけどね」
「いえいえ、そんな謙遜しないでください。姫宮先生はこの後は1組でしたっけ?」
「3限に1組が入ってます。なのでこの時間はさっき皆んなに書いて貰ったプロフィールを読もうと思います」
「なるほど。じゃあ僕はこの後4組の数学があるので、失礼します」
殿村先生は自分の荷物を持ち私に軽く一礼をしてから職員室を出ていく。私は十分休みの時間を充分に過ごした後に皆んなのプロフィールを読み始めた。読んでいると当たり前だけど表面上だけでは気付けないことが多かった。乙矢君は一見チャラそうに思えたが、実は根は真面目であの時の質問もクラスの皆んなが喜ぶと思いしたのだと言う。謝罪文と一緒にそうフリーコーナーに書いてあった。照橋さんはまさに優等生といった雰囲気だったが、まさにそうだった。フリーコーナーには照橋さんの好きな文学小説の名前が書いてあった。山崎さんはさっき質問もして来ていたがアイドルが好きらしい。今、一番の推しグループはSnowManらしい。イケメンが好きだからか好みのタイプが知りたいです。姫宮先
生と恋バナがしたいです。と質問が来ていた。他の子も読んでいると思わず笑ってしまいそうなものが多かった。
そして一番最後に七瀬君のが出てきた。私はなぜか七瀬君のを読むのを一番楽しみにしていた気がする。
「プロフィールを書くってアイデアを七瀬君が提案してくれたからかな…?」
七瀬咲夜。4月9日生まれの牡羊座。得意教科は国語。
「七瀬君、国語得意なんだ」
国語教師としてはとても嬉しい情報だったので私は思わず笑みが溢れた。フリーコーナーには七瀬君の好きな本がたくさん書いてあった。その中でも私が一番興味を惹かれたのは『源氏物語』だった。古文の中でも人気の高い作品とはいえ中学3年生にして源氏物語が好きだと言うのは衝撃的だった。
「古文も好きなんだ。七瀬君とは本当に話が合いそうだな〜」
クラス一つ分のプロフィールとなるとかなりの量で読み終わる頃には2限目も終わりそうな時間になっていた。
「いけない、3限の準備しとかないと」
コーヒーの残りを飲み干して私は1組の授業に必要なものをバインダーに閉じて職員室を出た。
☆ ☆ ☆
「なんだかドッと疲れが来ました…」
「分かりますよ、僕も新任のときは疲労がすごかったですから」
長かったような短かったような一日を漸く終えた私はデスクの上に顔を置きだらしない状態になりながら殿村先生と話をする。
「殿村先生も新卒のときは今の私ぐらい疲れたんですか?」
「運動はしてたので姫宮先生ほどではないですね。でも、精神的な疲れはありましたね」
「分かります。なんかこう、疲れますよね」
なにか対策はないかと訊くが殿村先生からは結局は慣れが一番だと言われた。それはそうかと少し落胆する。それが私の背中から伝わってしまったのか殿村先生は話の内容を変えてきた。
「そう言えば姫宮先生は何か部活動の方は持たれるんですか?」
「まあ一応は。この後、校長先生からお話がいくと学年主任に言われましたけど…」
時間を確認すると午後の5時半。すでに予定の時間を三十分も過ぎていた。もう自分から校長先生のもとに行ったほうが良いんじゃないかとさえ思えてきたが、新卒で新任の私がそんなことをして下手に生意気だなと思われても嫌なので私は明日からの授業の準備をしながら待つことにした。
「殿村先生は、部活動のほうに行かなくてもいいんですか?」
パソコンのキーボードを叩きながら隣で同じように授業の準備をしている殿村先生に話しかける。
「僕が持っているのはバドミントン部なんですけど、基本的に月曜日は他の体育館スポーツ部が取っているので休みになっているんですよ。なので毎週月曜日は明日の準備が終わったら帰るか7時になったら帰るかの2択です」
「なるほど、そうなんですね」
殿村先生と話をしながら作業をして数十分後、校長先生が職員室に入ってきた。校長は軽い口調で「待たせてすまないね」と謝りながらこっちに歩いてきた。私は特に問題ないですといった言葉を並べた。
「なら良かったよ。それでいきなり本題なんだが、姫宮先生には美術部の副顧問をお願いしたいと思っているんだけど良いですかな?」
校長先生からの直接のお願いだ、新任の私が断れる訳もない。だが実を言うと私は大学で美術の授業を取るぐらいには芸術が好きなのでそれが卒業後でも続けられるとなればこの話を断る理由はどこにも無かった。
「私で良ければお受けいたします」
「そうか、それは良かったよ。じゃあ明日からお願いしますよ。美術部の活動日程などの詳しい話は顧問の木下先生に訊いてくださいね」
そう言い残すと校長先生は早々と職員室を後にした。
「引き受けて良かったんですか?」
「絵を描くことは好きなので、それがこれからも続けられるなら寧ろ好都合かなと思ったので」
「なるほど。2組にも美術部の子が居るので木下先生に訊きにくいようなことがあればその子たちに訊いてみると良いですよ」
「ありがとうございます」
礼を言うと殿村先生は2組の生徒たちの所属している部活動を纏めてある紙をくれた。私はそれを受け取り上から目を通していく。乙矢瑛士君はサッカー部、これは結構イメージに合っている。あれだけ整っている容姿の持ち主だ。その上、サッカーまでしているともなれば相当モテるのだろう。他には鈴木陽毬さんはテニス部で照橋心奈さんは美術部、山崎若菜さんは陸上部。そして七瀬君は照橋さんと同じ美術部だった。
「困ったときはこの二人に訊けば良いんですね」
「ええ。二人とも良い子ですし、困ったときは直ぐに助けてくれますよ」
その後、私と殿村先生は明日の授業の準備に戻った。互いに隣でカタカタとキーボードの音を立てながら刻々と時が過ぎていった。そして気が付けば7時を過ぎていて教頭先生が職員室にやって来てそろそろ上がるようにと催促しに来た。
「姫宮先生は夕飯はどうしますか?」
「コンビニで何か適当に買って帰ろうかなと思っていますけど、それがどうかしましたか?」
「いえ、特に深い意味は無いんですけど、僕から就職祝いに何か夕飯でも奢らせて貰おうかなと思っていたんですけど」
余計なことでしたかね、と殿村先生は不安そうな顔をしているので私はここは有り難く殿村先生のご厚意に感謝することにした。
「ぜひご馳走になります。あと5分ほど良いですか?」
「分かりました。じゃあ廊下のほうで待ってますね」
殿村先生が職員室を出たあと私は作ったスライドを完成させ、フォルダに仕舞いパソコンをシャットダウンして、自分の持ち物を鞄に仕舞い職員室を出ると殿村先生は持っていた鍵を使いドアを閉める。
「お待たせしました」
「お気になさらず。それじゃあ、行きましょうか」
東京都の学校ということもあり、ここに勤める教師の殆どが徒歩で通勤している。なので今も歩きながら殿村先生行き付けの店に向かって歩いている。
「姫宮先生は和洋中だとどれがお好きですか?」
「基本どれも好きですけど、今は和食が良いです」
「分かりました。ここから直ぐそこに店がありますから、そこに行きましょう」
殿村先生に案内されたお店は至って普通の居酒屋といった雰囲気だった。どうやら殿村先生はここの常連のようで、入店した瞬間にこの店の店長と思われる方から歓迎されていた。
「おやおやおや、隼人さん。今日は彼女連れかい?」
「分かった上で訊いてるでしょ。彼女じゃなくて同僚だよ」
店長は初めて店に来た私にも気さくに話し掛けてくれながら席を案内してくれた。席は店の奥にあるお座敷だった。殿村先生は私に壁側の席を譲ってくれた。たぶん疲れている私に気を遣って壁に寄り掛かれるようにしてくれたのだろう。私は鞄を右側に置き自分は通路側に座る。殿村先生も同じように通路側に座った。
「とりあえず最初はなにか飲みましょうか。姫宮先生は何にしますか?」
殿村先生からドリンクメニューを受け取り私は右から左へと何が置いてあるのかを見て何を頼むかを考える。
「じゃあ私は、レモンサワーで」
「分かりました。店長さん、生ビールとレモンサワー、あと適当に焼き鳥とかの摘をちょうだい」
右手を挙げて殿村先生は直接、店長さんに注文をする。店長さんは気さくに「りょーかーい」と答える。厨房では店長さんが焼き鳥などを焼いており、たぶんバイトと思える若い男の子がジョッキにビールやレモンサワーを注いでいた。
「お待たせ致しました。生中とレモンサワーです。そしてこちらお通しの枝豆とメンマでございます」
私と殿村先生はバイトの子にありがとう、と軽く会釈しながらジョッキを受け取った。乾杯と言いながらジョッキ同士を重ねてカランと音を鳴らしてからお互い一口飲みアルコールを体の中に流し込む。殿村先生は一気に半分ほどまで飲んでいた。
「殿村先生、もしかして酒豪ですか?」
「いいえ、そんなには強くないですよ。そんな強そうに見えますか?」
私は殿村先生の右手にある持つジョッキに目をやりながら「一口でもう半分まで飲まれていたので」と言うと殿村先生は笑いながら「今日は喉が渇いていたので、たまたまです」と返したきた。私はその様子を見て笑い上戸かなと思った。
その後、5分ほど時間が経つと店長さんが自ら焼き鳥などの摘めるものを運んで来てくれた。
「はーいお待たせ。焼き鳥の十種セットね〜。あとこれ、サービスで冷奴」
「良いのかい店長?ありがとね」
私も、ありがとうございますと言いながら店長さんに頭を下げる。すると店長さんは、また来てくれれば良いよ。と商売上手さを見せてから厨房に戻って行った。
「店長、相変わらずだな。実はあの人、新規のお客さんが来ると毎回こうやってなにか一品サービスして来るんだよ」
「商売上手な方ですね」
「商売上手と言うより、ずる賢いって言うんじゃないかな?」
殿村先生の声が少し大きかったからか、厨房から聞こえてるぞ、と店長さんからツッコミが飛んできた。すると他の周りの常連さんたちが「本当のことでしょ?」と更にツッコまれていた。私は思わず吹いてしまった。
「どうかした?」
「いえ、なんだか居酒屋だなと思いまして」
「確かに」
私たちは今日の学校でのことについて話していた。
「ところで姫宮先生、今日の初授業のことで何か気になる事とか、訊きたい事とかはありますか?」
「今はそんなには無いですかね」
「そうですか。もし今後、気になる事とかあれば遠慮せずに訊いてくれて良いですからね」
「はい。ありがとうございます」
私がそう言うと殿村先生は自分の中で今日やり残したことがひと段落したのか、ビールをまた一口飲む。殿村先生は飲むスピードが速くビールの2杯目を頼んだ。
「殿村先生、大丈夫ですか?結構ペースが早いですけど…」
「ええ?問題ないですよ?」
一瞬こそ酔い潰れないか心配にはなったが、頬などを見る限り確かに赤くはなっておらず、口調もしっかりしているので問題は無さそうではあった。
「殿村先生、やっぱり酒豪ですよね?二口で中ジョッキを…」
「ああ、これはいつも通りですよ。2杯ぐらいはいつものことですよ」
「そうなんですね」
それからというもの一時間ほど二人で飲み合う。そして会計に向かおうとすると殿村先生が伝票を持って先にレジに向かった。
「店長さん、会計お願い」
「え、殿村先生、私も払いますよ!?」
私は少し急いでレジへと向かいながら言うと殿村先生は「今日は姫宮先生の就職祝いだと言いましたよね」と気にしないようにと言われた。ここで、でも払いますなどと言っては殿村先生には逆に悪いなと思いお言葉に甘えることにした。
「ありがとうございます」
金額は二人だけだからかそんなには高くなく、その上に店長さんが新規のお客様が来てくれたからと少し割引もしてくれた。殿村先生はスマートに電子マネーで会計を済ませた。会計を終えたので殿村先生に先を譲り引き戸を開けて暖簾を潜り店を出る。すると店長さんも一緒に店の外に出て来たので私は思わず、えっ?と声を上げながら驚いてしまった。
「店長、どうしたの?一緒に出てくるなんて」
「なーに、新規のお客様にはちゃんと最後まで丁寧に接客しとくのが俺の中の絶対的なルールなんだよ」
「そんなこと言っちゃって、次も来るように念を押しに来たんでしょ?」
見事に本音を言い当てられたからか店長さんは「バレたか」などと笑いながら「まあいつでも来てよ」と歓迎の様子を見せてくれた。
「ありがとうございます。また来ます」
居酒屋帰り、殿村先生と歩いて帰る。
「殿村先生の家はこっちの方なんですか?」
「ええ、この先の『メゾン〜ソレイユ〜』というマンションです」
「そうなんですか?私と同じマンションです!」
「そうだったんですか!?僕は701なんですけど、姫宮先生はいくつですか?」
「私は720です。誕生日が7月20日なので」
偶然とは本当にいきなり起こるもので、まさかの私が住んでいるマンションに、殿村先生も住んでいたのだ。それから5分ほど歩くとマンションが見えてきた。マンションに入り奥に進んでエレベーターに入る。夜も遅い時間なので誰もエレベーターに乗る人が居ないので1分もしない内に7階に到着した。
エレベーターを降りて左側に701があり、右側に720があるのでエレベーターを境にそこで別れることになった。
「殿村先生は明日は朝早いんですか?」
「はい。明日はバドミントン部の朝練があるので先に学校に行ってます」
「そうなんですね。お疲れ様です。それじゃあ、また明日」
「また明日」
☆ ☆ ☆
家に着き安心したからか急に眠気が襲ってきたので私は真っ直ぐベッドに倒れ込む。
「…お風呂も入らなきゃ」
仕事で疲れた身体に鞭を打ってなんとかベッドから立ち上がり寝巻きを持って私はお風呂に入る。入るまでは眠くてキツかったが、入ってしまえば温かい水が心地よく気が付けば1時間も入っていた。寝巻きを着た後はドライヤーで髪を乾かしたりと、寝るための支度を済ませて、今度こそ完全にベッドに倒れ込み身体の力を抜く。
「明日は授業の準備もしたいから少し早めに行こうかな」
私は6時にアラームをセットした後、スマホを充電コードに挿して眠りについた。
ーーーーーーーーーー
【2】
次の日の朝6時。寝室にスマホのアラームが鳴り響く。開いてるか開いてないか分からないほどに目を開いてアラームを止める。まだ疲れが取れていないからか身体が重い。だが仕事には行かなければならないので、誘惑に負けずになんとかベッドから降りる。
「…まだ眠いな〜。でも仕事は行かなくちゃ…」
眠気を取り払うために私は洗面所に行き冷水で顔を洗う。その後、朝食を用意する。今から作っては時間が掛かってしまうので、冷凍しておいた余り物をレンジで温めて簡単に用意した。二十分ほどで朝食は済ませ、髪を梳かしたり簡単なメイクをする。最後は家を出る前に火の後始末や鞄の中身、防犯チェックを済ませて家を出る。
「よし、準備オッケーと」
予定通り7時に家を出れたのでちゃんと7時半に学校に到着した。先生方の殆どが部活の朝練に行っているので職員室は空いていた。私は自分のデスクに座り今日の授業で使う資料の最終準備に取り掛かった。教科書を開き文章を読んで重要な所だったり念入りに説明をしておくべき所にマーカーで線を引いたり赤ペンで+aで言いたい事を書き込んでおく。
教科書を開いて十分ほど経った頃、職員室の扉が動く音がする。扉の方に振り返ると、そこには七瀬君が立っていた。
「失礼します。3年2組の七瀬咲夜です。教室の鍵を取りに来ました」
「七瀬君、おはよう。まだ8時前だけど誰か先生に用でもあるの?」
3年2組の鍵を手渡しながら訊くとこの時間に来るのはいつもの事だと言う。
「毎日こんな朝早くから学校に来てるの?」
「一人で居る時間が好きなので、あと静かなほうが落ち着いて読書にも集中できるんです」
「そっか。その気持ちは少し分かるかも。じゃあまた授業でね」
「はい。失礼しました」
☆ ☆ ☆
時が経ち時刻は8時になった。部活によっては朝練が終わっている頃だろう。五分ほどすると殿村先生が職員室に入って来た。見たところかなり汗を掻いているようなので、殿村先生はご自分も一緒に動くタイプの顧問のようだ。
「姫宮先生おはようございます」
「殿村先生おはようございます。朝からお疲れ様です」
「姫宮先生もお疲れ様です。もしかして結構早めに来ましたか?」
殿村先生は私の左手にある教科書を見て訊いてくる。
「はい。今日の授業に必要なところだけ纏めておこうと思って」
「凄いですね。僕は結構そういうのその場でのアドリブでやってますよ」
「それもそれで凄いですね。それだけ場数をこなして来たからこそ出来ることですよね」
割と本気で凄いと思っているが、殿村先生は謙遜な態度を取って見せた。
「そんな大層なことではないですよ。姫宮先生も少しすれば直ぐに出来るようになりますよ。でもまあ姫宮先生みたいにしっかりと準備するほうが良い先生ですけどね」
私は「確かに」と笑いながら答える。その間に殿村先生は顧問から教師へと自分を切り替えていた。必要な物を持って2組へと向かった。
「それでは朝の会に行ってきます」
「はい。今日も一日頑張りましょう」
☆ ☆ ☆
1限目が終わり次の時間、火曜日の2限が2組の国語の時間、つまり私の授業の時間だ。昨日と同じように教室に入り授業開始のチャイムが鳴る前に教卓の上に教科書やiPad、ペンケースなどを出しておく。
そして授業の間にある十分休みの時間中にクラスの女子達から話し掛けられる。内容は女子中学生らしく恋話だった。私自身、恋愛関連の話はあまり好きではないのだが、ここで断ったりしては嫌われてしまうかもしれないので私は潔く話を聞くことにした。一番最初に話し始めたのは山崎若菜さんだった。アイドルが好きなだけあって好みの男性だったりなどと色々訊いて来た。
「姫宮先生、最近彼氏がさー」
「その手の話で、その導入の仕方は基本的にはもう別れたほうが良いやつじゃない?」
「あーやっぱりそうだよね。てか導入の時点で話の全貌を理解して助言まで来れるとか姫宮先生凄すぎない?さすが国語の先生だね」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、私に言われたから別れたとかは言わないでよね?」
「分かってるって、私の色恋沙汰に先生は巻き込まないよ」
そう言って山崎さんは自分の席に戻って行った。
「最近の若い子はすごいなー…」
思わずそう独り言を呟いていると授業開始のチャイムが鳴り響いた。国語係の子が号令を掛ける。生徒も私も一礼をしてお願いしますと言う。
「それじゃあ授業を始めます。昨日みんなにはちょっとした予習をお願いしたけどみんな
やって来ましたか?」
全体を見回した感じだと殆どの子が頷いていたので私は安心して授業を始めることにした。みんなに教科書とノートを開いてもらい一番最初の論説文の解説を始めた。
「ーー。じゃあここの文章だけど、どうして筆者はこういった書き方をしたと思う?誰か分かる人は居るかな?」
いつの時代になってもよくあることだが殆どの子が私と目を合わせないようにしている。なので私は敢えてここで乙矢君を指名することにした。彼はこのクラスでは一番目立つ存在であると同時に誰もが彼のことを慕っている。なので彼が一番に声を上げれば他の子も自ずと意見を述べてくれると私は考えた。
「乙矢君どう?何か分かるかな?」
「んー、悲しい事を直接的に伝えたい訳じゃないから少し遠回しに言ったとか?」
他の子たちは乙矢君の意見を聞いてなるほど、と納得の声を出したりただ頷いている子も居た。
「確かにその考え方もありだね。でももう少し違う考え方もできないかなぁ。照橋さんは何か分かるかな?」
私は乙矢君の次にこのクラスの中でもひと際、美を放っている照橋さんを指名した。照橋さんは殿村先生からお借りしたクラスのテストの成績表を見た際に女子の中で最も国語の成績が高い生徒だったので、これぐらいの質問は直ぐに答えられると思っていたが、それは予想通りだった。
「乙矢君の考えもその通りだとは思いましたけど、私はその考えに加えてこの文章はただの意見ではなく読者に対する質問だとも思いました」
「おお、さすが照橋さん。その通りです。この文章は照橋さんの言った通りただの感想なだけじゃなくて読者に向けた問いでもあるんだよね。結構こういった文章は今後も出てくると思うからその見分け方について説明していくから皆んな寝ずにちゃんと聴いてね」
つい最近まで大学生だった私にとっては50分間の授業時間はとても短いように感じられる。だが中学生にとってはそうでもないように感じられるのはよく理解できる。だから私は時々、雑談を挟んだりして教室内が静寂に包まれることがないように努めた。このやり方は大学生時代にアルバイトしていた塾のやり方だ。まさかこんな形であの時の経験が活かされるとは思ってもみなかった。
「ーーていうことなんだけど。あ、動物で思い出した。皆んなは好きな動物とか居たりする?私は猫が好きなんだけど」
いち早く挙手したのは鈴木さんだった。なので指名すると鈴木さんは元気よく「柴犬が好きです!」と柴犬のキーホルダーと一緒に答えてくれた。
「そっかー、鈴木さんは柴犬が好きなんだ。赤毛?黒毛?」
「白毛です。ソフトバンクのCMを観て好きになりました」
「あの子は本当に可愛いよね。分かるよ~」
話題の違う雑談を定期的に挟んだおかげか、今回の授業中に眠ってしまう生徒は一人も出ずに授業を終えた。チャイムが鳴り国語係りの子が号令を掛ける。
「ありがとうございました」
何人かの生徒は次の授業の準備をしてから休み時間にしたり、少し席が離れている友達の所に行ったりと昔を思い出す光景が見て取れた。私は微笑ましいなと思いながら自分の荷物を持って教室を後にした。
☆ ☆ ☆
その後も私は2組以外の3年生の国語の授業を行って気が付けば1日は一瞬で終わっていた。
「はあーー、なんか凄い糖分が欲しいです」
情けないほどに私はデスクの上で潰れていた。そんな私のもとに殿村先生はわざわざ鼓舞しに駆け寄って来た。
「もうひと踏ん張りですよ、姫宮先生。この後は初めての部活動でしょ?」
「殿村先生はすごいですね...。今日は朝練もあったのに」
「運動が好きですからね。姫宮先生だって美術はお好きなんでしょ?自分の好きなことができる部活動に付けただけかなりのラッキーの持ち主ですよ。そこはプラスに考えましょ!」
そう私に言い残してから殿村先生は体育館にむかって走って行った。
「確かに…。殿村先生の言う通りかも、自分の好きなことができる部活動に付けただけラッキーかも」
私は顔を横に何回か振って気持ちを切り替えてから美術室に向かった。美術室は2号棟のほうにあるので2階のところにある渡り廊下を通る必要がある。この渡り廊下の窓から見える中庭の花壇の美しさは思わず絵に描き残したくなるほどの魅力を私は感じた。
2号棟のほうに辿り着いた後はそこから階段を使って4階にまで登ったフロアの左側に美術室はある。右側には音楽室、目の前には吹奏楽部が使ったりする楽器が保管されている空き教室がある。正直なことを言えば絵に集中したいはずの美術部を音を奏でる吹奏楽部を同じフロアに設置するのは少し謎だと私は思っている。
「ここか、失礼します…」
可能な限り私は音を立てないように開き戸を動かす。中に目をやると10数人の生徒が既にキャンバスに絵を描いていた。私は邪魔にならないように端を通って顧問である木下先生のもとに向かい、小声で話し掛ける。それに対して木下先生も小声で返す。
「木下先生ですか?今日から美術部の副顧問になった姫宮琴葉です。よろしくお願いします」
「? あー、これはこれは姫宮先生、どうも美術部顧問の木下優作です」
木下優作先生は、この学校では校長に続く最年長の先生だ。歳は校長の3つ下と聞いているので60歳ちょうど。絵に関しては各有名なコンクールでも度々(たびたび)受賞されているベテランの先生だという。
「姫宮先生は大学で美術の勉強をしていたと殿村先生から伺っておりますが、」
「はい、大学で4年間学んでいました。一応中学高校でも美術部で絵を描いていました」
「そうなんですか。それだけの実力をお持ちなら私が居なくてもここを任せられそうですね」
私は木下先生の言っていることが私は一瞬理解できなかった。
「えっと…それはつまりどういうことですか?」
「おや?校長から聞いていないのですか?実は私、しばらく美術部のほうに顔を出せなくなりそうなんですよ」
この事実、報告を聞いて驚いたのは私だけではない。当然ながら美術部の部員たち皆んなが驚いて鉛筆の動きを止めた。
「木下先生、その、ちょっと待ってください!?もしかして部員の子たちにも話していなかったんですか?」
「? いや、七瀬君には話したよね?」
木下先生は奥の方に座る七瀬君のほうに顔を向ける。話しかけられた七瀬君は鉛筆を止めて木下先生のほうを見る。七瀬君はなにか思い出すかのような仕草を取る。
「………言ってましたね。一昨日」
「一昨日!?木下先生、急すぎますよ!!」
「それに着いては本当に申し訳ないと思っています。まあでもここの生徒たちは皆んな良い子ですし、なにか困るようなことは早々無いと思いますので、そんな心配する必要はありませんよ」
「それは何となく分かりますけど…」
ここの生徒たちが良い子なのは私もよく理解はしている。だが、木下先生のような優秀な先生からいきなり部活における職務を全て預かるのはとてもじゃないが責任が重すぎる。さすがの私も今回の件については直ぐに了承できるものではなかった。だが、後ろから聞こえた七瀬君の一言で私は突き動かされた。
「俺は、姫宮先生と絵を描いてみたいです」
そんな何気ない七瀬君の発言に他の部員の子たちも同じようなことを次々に発言した。七瀬君の隣に座っている照橋さんも私の目を見て直接言ってきた。
「私も、姫宮先生の描く絵が見てみたいです」
「んー……。ここまで歓迎な空気じゃ断れるわけがないよ」
「ははは、確かにそうですね。それじゃあ姫宮先生、しばらくの間は代理顧問をお願いしますよ」
木下先生は私にそう言い残してから美術室を後にした。そのあと私は美術部の部長である照橋さんから顧問が基本的に行っていた仕事を纏めてある資料を受け取り今日の部活の残り時間はその資料に目を通すことで終わりになった。
「えっと.…じゃあまた明日から顧問の代理としてよろしくお願いします。気を付けて帰ってね」
「はーい。姫宮先生さようならー」
今日初めて会話をするにも関わらず1年生も2年生も変に畏まる様子を見せずにさようなら、と挨拶を返してくれた。後ろを振り返るとまだ教室には七瀬君と照橋さんが残って教室の掃除をしていた。
「2人はいつも残って掃除をしてるの?当番で回してるとか?」
「これは個人的にやっている感じですね。あ、照橋さん残りはやっておくから帰ってもいいよ」
「いつもありがとうね咲夜君。じゃあまた明日」
照橋さんは七瀬君と私にさようなら、と挨拶と軽い会釈をしてから帰って行った。残っている七瀬君が塵取りに箒でゴミを取ろうとしていたので、私は七瀬君から塵取りを受け取った。
「手伝うよ。貸して」
「ありがとうございます」
箒でゴミを集めている時間は自然と沈黙が続くものなので、私は気まずくならぬように適当に話題を振った。
「七瀬君はさ、照橋さんとは仲がいいの?」
「照橋さんですか?まあ、部活のときは会話はしますね」
「そうなんだ。なんで昼間は喋らないの?」
「姫宮先生ならもう気づいているでしょう?照橋さんは学年問わず男子からの人気が高いんです。そのことは照橋さん自身も分かっているから1年の時から部活中以外は親しくしないようにしようって約束したんです」
まさかそんな約束をしていたとは、と私は驚愕したがそれよりも先に思ったことが、いや今一度再認識させられたことが1つだけある。それは、七瀬君は今の中学生にしてはやけに大人びているところがあるということだ。今さっき七瀬君が言っていた照橋さんとの関係もそうだ。1年生にして周りからの視線に気づき迷惑を掛けぬように対応する。この子は本当に、子供離れして、し過ぎている。
「七瀬君は、学校は楽しい?」
「どうしたんですか急に?」
「なんかちょっと気になったんだよね。あと七瀬君が笑っているところ見たことないから」
「笑っているところですか?確かに俺はそんなに笑う人間じゃないですけど、学校は楽しいですよ。休み時間には図書室に行けば沢山の本が読めるし、放課後には部活に行けば絵を描ける。あと土日には部活が終わった後に委員会の仕事に行くって感じで充実はしてますね」
「そ、そっか、それならいいんだけど。七瀬君は委員会は何に入ってるの?」
私の心配は簡単に返されてしまい、私の杞憂に終わった。ここで会話を終わらせて下校させればいいのだろうが、ふと私は七瀬君がどの委員会に入っているのかが気になってしまった。
「園芸委員ですけど。もしかして姫宮先生は園芸委員会も担当されるんですか?」
「ああいや、そういう訳じゃないんだけど。それにしても園芸委員会なんだ。七瀬君は花とかも好きなの?」
「え、まあそうですね。花は人間と違って尽くせば尽くした分だけちゃんと応えてくれますから」
「凄い理由だな。なんだか悟りを開いた人みたいだね…」
思わず言ってしまったが、七瀬君は特に気にする様子は見せずむしろ軽く笑みを浮かべるぐらいの反応を見せた。
「悟りって…これは俺の素ですから、そんな凄いことではないですよ」
「それが素だとしたら余計に凄いよ。普通、中学生じゃそこまで周りには気を配れないし花に対してそんな考えなんて抱けないよ。なんて言うか君はやっぱりすごく大人っぽいよ」
「そうですか?…ありがとうございます」
「でも、その生き方って苦しくはないの?」
褒めた直後にこの質問をしても良いのものかと私は悩んだ。だが訊かずにはいられなかった。それが何故なのかは私自身よく分からない、だがそれでも彼の役に立ちたいという気持ちが今の私の心にはあるということだけは分かる。
「……すごいですね、姫宮先生は。気づいちゃうんだなあ」
どうやら私の予想は当たってしまったようだ。すると七瀬君は目の前の席に手を置き一息つくと私の目を見て「明日の昼休みにここに来てくれませんか?」とお願いをされた。一瞬は戸惑ったが生徒に頼られているという嬉しさがそれを上回った。
「分かった。じゃあ今日はもう帰ろうか」
「はい、また明日」
七瀬君は鞄を持って美術室を後にする。
☆ ☆ ☆
七瀬君を見送ったあと、私は職員室に戻り明日の授業の準備をしておく。時刻はすでに7時を過ぎているので、居れても15分から、他の顧問の先生方が自分の荷物を取りに帰ってくるまでだろう。
実際のところ予想は当たり15分ほどで殆どの先生方は職員室に戻ってきた。最後に来たのは殿村先生だった。
「姫宮先生、まだ残って居たんですか?」
「はい。今日家に帰った後、なにをするべきかだけ整理しておこうと思いまして」
「そうでしたか、それは何というか、お疲れ様です」
「ありがとうございます」
私はパソコンを閉じて鞄に仕舞う。殿村先生はタオルで汗を拭きながらデスクにあるパソコンやペンケースなどを鞄に仕舞う。
「それじゃあ帰りますか。夕飯はどうしますか?」
「今日は美術部のことで色々とあったのでスーパーでなにか適当に買って帰ります」
「そう言えば今日からでしたね、じゃあ僕もそうします。寄るのは帰りの途中にある成城石井ですか?」
「はい。殿村先生もあそこですか?」
☆ ☆ ☆
「姫宮先生は自炊はされるんですか?」
「自炊はしますよ。その方が安くすみますし」
私と殿村先生は帰りの途中にある成城石井に寄る。この時間帯だといい具合に値引きされている商品が多いので新卒の私の財布には心強い味方だ。
それにしてもどれにしようか悩まされる。この時間帯で残っているものといえば基本は揚げ物だ。こんな夜遅く、といっても8時前だが、やはり油ものは肌への天敵だ。
「すごい悩まれてますね」
「私は殿村先生と違って毎日のように動くわけじゃないですから、食べすぎたら危険なんですよ」
「なるほど。それなら運動すれば良いだけでは?」
「そんな時間取れる気がしませんよ。あと正直言うと面倒くさいです」
「まあまあそう言わずに、最初は軽い運動から始めるのでも良いと思いますよ。何事も始めるのは大変ですが続けていればルーティン化してきて気づけば楽しくなってきますから」
殿村先生はそう熱弁する。それでも私はあまり気乗りがしなかったが、確かに運動をすれば好きな油ものも食べてもいいと考えるとこの熱弁を否定する気にはなれなかった。しかも殿村先生は私に+αでもう1つ良いことがあると言ってきた。それは「仕事で行き詰まった時の良いリフレッシュになる」と言うのだ。
「そんなことまで言われたら、やらざるを得ないじゃないですか」
「油分もストレスも消えて一石二鳥ですね」
「……運動しようかな」
私は根負けして値引きされているメンチカツをカゴに入れた。他にも野菜ジュースや明日の朝食に食べようと思っているお茶漬けの素などを補充しておこうとカゴに入れた。
会計を済ました後は殿村先生と一緒にマンションにまで帰る。
「それじゃあまた明日。あまり夜遅くまで無理しないようにしてくださいね」
「分かっていますよ。殿村先生は明日も朝練でしたよね、そちらもあまり無理はしないように」
「肝に銘じておきます」
昨日と同じようにエレベーターを境目に別れる。どうやらこの流れは私のなかでルーティン化していきそうだ。
部屋に入ると昨日と同じように寝てしまいそうになるが、そこをなんとか耐えて私はお風呂に入る。シャワーを浴びて目を覚まし、髪を拭きながら買ってきたメンチカツと冷凍の白米をレンジで温める。その2つを温めている間に作り置きしてあるナムルなどをタッパーから食べる分だけを小皿に盛り付け机に運ぶ。
「いただきます」
夕飯を食べながら空いてるとこにパソコンを置き明日の授業でどの資料を使うかなどの調べものを行う。
「こんなことしてたらお母さんに行儀が悪いとかって怒られちゃうよなー」
ふとそんなことが思い浮かんだが、仕事に就いて分かったことは兎に角、時間が足りないということ。だから今は1秒でも時間が惜しい。
「それに明日は七瀬君との約束もあるから昼休みに準備することはできないし…。って、あれ?」
(なんか私、いや気のせいか…)
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まずは「第一章 出逢い」を読んで頂きありがとうございます。柊叶です。前書きにも書きましたが私自身、初めて書いた偏愛小説なので、至らぬ点も多々あるかと思いますが気休めにこれからも読んで頂けたら嬉しいです。
柊叶




