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第1話 海浜町

「うっわ、暑っ……」


 7月1日――――今日の天気予報は一日を通して快晴、降水確率も10%程度。ただ最高気温は34℃、湿度は62%。そう、完全に灼熱の真夏日である。

 そんな日に、ここ浜町はままちに訪れている一人の男がいた。彼の全身は汗塗あせまみれで服が素肌にくっついてしまっている。今にもその場で倒れてしまいそうだ。


「ここって、こんなに暑い場所なのか。完全に油断してた」


 腕で額から垂れる汗を拭いながら、駅舎から出た男はそう呟き、リュックサックからペットボトルを取り出してスポーツドリンクを飲んだ。

 彼の名前は神田かんだ 海斗かいと、現在18歳。彼は都内の高校に通学していた。しかし、蒸し暑い夏の真ん中の時期に、突如母親からこう告げられた。


『海斗、おばあちゃんのとこで暮らさない?』


『――――え、今なんて言った?』


 海斗はもう一度聞き直してしまうほど突然だった。しかし、これにも事情があり、母親が祖母のことを心配になったことが一番の要因だ。

 祖父は3年前に亡くなり、それ以降祖母は一人で生活をしてきた。しかし、彼女は足が悪いため、あまり自由に行動することができなかった。

 頑固な性格を持つ祖母は、最初は大丈夫だと何度も伝えてはいたが、1ヶ月に一回のペースに会いに行くたびに不安が募り、それが蓄積されていった。ついに耐えきれなくなった結果、祖母を説得させて一緒に暮らすことになったのだ。


「あっついわねぇ〜! やっぱりわたしの故郷の夏は暑いわぁ〜」


「とか言って、実はめちゃくちゃ平気だよな」


「それはもちろんよ。地元民を舐めちゃあいかん!」


 そう言いながら、楽しそうにしている女性。彼女こそ悠斗の母親、神田かんだ 海佳うみかである。

 50代間近とは思えないほどの若い顔立ちが特徴であるが、海斗を18年間立派に育て上げた女性だ。実家に暮らすのは実に約30年ぶりとなるため、少し楽しみにしていたようだ。

 ただ、彼女の母親は足が悪い。楽しみにしている気持ちがある反面、介護などの苦労の覚悟の気持ちもあった。その気持ちが現れるように、海佳の目つきは引き締まっている。


「よし! じゃあバスに乗って、おばあちゃんの家まで行くわよ! えっとバス停は――――あっちね!」


「こっちだって……」


「あれ? あっ、そっちか。あはは〜」


 早速、方向音痴を発揮する海佳。ある程度道順を把握している海斗が指を差した方向とは、真逆の方向に指を差している。しかも自信満々に。


(はあ、心配だ……)


 ため息をする海斗。頭に手を当てて笑う海佳を見て、本当に大丈夫なのだろうかと心配になるのであった。

 バスはもう既に到着しており、あと3分ほどで出発するところだった。他のバスはそれなり新しい車体だが、このバスだけはやけに古くてボロボロのバスだった。

 早速バスに乗り込む2人。車内はエアコンが聞いていたが、開いている扉からまだ湿った熱風が入り込んでくるため微妙な室温だった。


『本日も、浜町シーラインバスをご利用頂きましてありがとうございます。このバスは浜町役場経由、海浜町行きです。まもなく発車します』


 バス運転手が、小さくボソボソとした声でアナウンスをする。そして、開いていた扉が閉まり、外から入り込んでくる湿った熱風は完全に遮られ、車内はだんだんと冷気に包まれていく。これで、やっと快適な環境で乗っていられることが出来た。


「はぁ〜涼すぃ〜」


「やっぱり涼しいところは最高ねぇ〜」


「あれ、暑いのは平気なんじゃなかったのか?」


「えっ? 何の事かしら?」


(さっきまで地元民だから平気だって言ってたくせに)


 とぼける海佳に、溜息をつく海斗。

 しかし、実際にバスの中は涼しくて快適。暑いのが平気な海佳でも、涼しいところは格別なのだろうと海斗は思った。

 バスは駅前のロータリーを一周し、最初の交差点を過ぎていった。ディーゼルエンジン特有の音が車内に響き渡り、ゆっくりと流れる風景とバス特有の揺れがゆりかごのように心地が良い。気づけば、海斗は居眠りをしてしまっていた。






◇◇◇





「――――と。海斗」


「んん⋯⋯?」


「もうすぐ着くわよ」


「んん⋯⋯もうそんなところまで来たのか。ふわあ⋯⋯ああ」


 海佳に肩を叩かれ、海斗はいつの間にか寝てしまっていたことに気づく。気づけば、バスは目的地の目前のところまで走っていた。海斗は腕を上に伸ばしながら大きなあくびをした。そして周りを見渡す。乗客は誰もいない。


『長らくのご乗車お疲れ様でした。まもなく終点、海浜町うみはまちょうです』


 バスのエンジン音と車体の軋み音のみが聞こえるくらい静かな車内で、自動放送の案内音声のみが寂しく響く。

 荒れた路面のため、バスは大きくゆっくりと頭を振るように上下しながら、低速で細道を進んでいく。道路は海岸線を沿うように、右へ曲がったり左へ曲がったりを繰り返しながら、終点の海浜町に向かって進む。


「――――」


 海斗は横に視線を移した。バスの車窓から景色が見える。

 そこには白波一つも立っていないほど穏やかで、眩しい太陽光を反射させ、如何にも夏の風景だと思わせられる海が見える。

 かと思えば、一瞬だけ黒くて巨大な物体が海の景色を遮った。海斗は、今度はバスの前面に顔を向けた。

 バスが荒れた路面の道路と細道を走っているのがよく分かる。そして所々、道路敷設で掘削したために、巨大な岩山が谷のように切り立っていた。そう、突然現れた黒い影は、実は岩だったのだ。


「さて海斗。そろそろ準備しないと」


「ああ、そうだな」


 海佳にそう言われ、海斗も降車する準備をする。大きな荷物は棚から降ろし、リュックは足元に置いてあるため、持ち上げて片方の肩にかけた。

 ある程度準備が終わった海斗は、改めて前方を見る。

 小さな町並み、そして、だんだんと小さなバス停と待合所が見えてきた。バスはその場所にゆっくりと近づき、そして止まった。


プシュー! バタンバタンッ!


 圧縮空気が抜けるような大きな音が聞こえると、最前の扉が乱暴気味に開いた。ぎこちないドアの開き方が、このバスの歴史を物語ってくれているように感じた。

 2人は荷物を持って立ち上がり、運転手の方へと進む。そして、駅のバスターミナルで購入した切符を運賃箱に入れると、ステップを降りて降車した。


「ありがとうございました」


「はい、ありがとうございました。ありがとうございました〜」


 運転手の、のんびりとしていて低い声が車内放送で流れる。海斗と海佳が完全に降車すると、バスは扉を閉め、もう少し先にある車庫へと向かっていった。

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