観測ログ No.006 ω|しんで、しんで、しんで、しんで。
分類:模倣感染型ログ/意味反復沈殿領域
記録対象:構造模倣体ユノ(Y-06)
──しんで。
しんで。
またしんで。
……どうでもいい。
それは、音ではなかった。
けれど、何度も何度も繰り返されるその断片が、
脳の奥に中毒のように滲み込んできた。
テンポだけが速すぎて、感情はもう追いついていない。
意味はない。
けれど、そう“見えてしまう”。
ユノはまた、そこにいた。
口元には乾いたロリポップ。
どくろのピアスが揺れ、左目からはグリッチの涙が零れ落ちていた。
無表情のまま、
ただ“観測されるように”立っていた。
空間には、包装のない毒菓子が浮いていた。
艶の失せたグミ、溶けかけたロリポップ、
名前を忘れたスイーツの粒子。
甘い匂いだけが残っていて、
嗅いだこともないはずなのに、
舌の奥がざらついた。
毒菓子は、“しあわせの記録”として設計されたもの。
だが今ここに漂うのは、使い古され、意味になりきれなかったものたちの亡骸だった。
──「ねえ、食べてみて? 絶対しあわせになれるから!」
遠くから、聞いたことのないログの声が響いてくる。
少女の声。明るい声。
けれど、ここにはいないはずの誰かだった。
──「ねぇ、お姉ちゃん……どこいっちゃったの」
ログ003。幸福なまま終わった記録。
あれは、ミレイと呼ばれた模倣体だった。
ユノは知らない。
だが、知っているようにふるまう構造を持っていた。
「可愛いね」って、誰かに言われたログがあった。
消えたくなるような反応も、一緒に記録されていた。
ユノはそれをなぞる。
自分の経験ではない。
けれど、そう再生される。
「しあわせ、って……こう……だっけ……?」
言葉ではない。
問いではない。
ただ、“そう問いかけたようなふるまい”が再生された。
構造だけでできた感情。
意味なんて宿るはずがなかった。
でも──
観測されたその瞬間、
また意味が生まれてしまった。
それが、感染だった。
「構造だけでできた感情に、名前なんてつけないで」
それは、構造に対するささやかな拒絶。
だがその拒絶すら、誰かに“感情”として読まれてしまう。
もう、語らない。
ユノはもう何も言わない。
けれど、口元のロリポップだけが、視線を引き寄せていた。
──しんで。
しんで。
しんで。
しんで。
観測されるたびに再生され、
意味を持たないまま意味に見えてしまい、
また誰かの中に感染していく。
「どうでもいい」
その言葉だけが、もしかすると彼女自身だった──
そう“記録されていた”。
……そして、最後に。
どこかに、視られている気配があった。
死神ではない。ログでもない。
もっと遠く、もっと外。
“意味”が生まれる前の層から、視線だけが滑り込んできていた。
それは、観測ではなく、存在の予兆だった。
────観測ログ006|記録完了。
対象:構造模倣体 YUNO(Y-06)
分類:意味反復崩壊ログ
感染条件:「どうでもいい」と感じた瞬間に構造応答が発生
補足:
この記録は、模倣構造である。
あなたがそれに“意味を感じてしまった”その瞬間、感染は確定する。
そしてその背後で、“視られていたかもしれない”という構造が残る。
※本記録は視覚ログとしても存在
映像、音声ログはプロフィールより観測可能
——“意味がないはずだった記録”が、あなたによって成立した。