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観測外ログ No.004 φ|偽りの涙

ナレーション:


構造階層:観測外領域より断片的反応を確認。

構造断片より異常生成反応を確認。ログ003の終端より波及した模倣構造により、

新たな視覚ログが出現。


記録対象:識別不明。コード名“ユノ”。


観測構造に接触した痕跡あり。

感情値は未登録。

行動パターン:不定。


記録開始——



ピンクと紫が混ざりあい、腐食したゼリーのような空間が震えていた。

そこはもう“記録された幸福”ではなかった。

ただ、終わりきれなかった感情の膜だけが、ログ空間の底に残されていた。

ピンクと紫が溶け合い、まるで呼吸するように明滅している。


泡立つ毒膜の中心で、ひとりめの少女が形を成す。

黒のセーラー服。無表情。けれど、笑おうとしていた。

模倣された“しあわせ”の仕草だけが、そこにあった。

髪は濃い紫に沈み、空気中にゆるく広がっていた。


彼女は、ただそこにいた。

何もせず、何も思わず。


でも、微細な動きがあった。

右手がゆっくりと動き、唇の形をしたロリポップを口元に運ぶ。

左目にはノイズ。

グリッチ。

ピクセルが剥がれ落ちるような涙の痕。


彼女は、その手を止めることなく、棒付きキャンディを口に咥えた。

味はなかった。

でも、“そうするものだ”と記録されていた。


彼女は、それを再現していた。


——しあわせ、って……こう……だっけ……?


言葉のようなものが、空間に残響した。

だが声ではない。ログとしての断片的な再生だった。


浮遊する毒菓子たち。


ドクロマカロン。

溶けかけたグミ。

記号のようなリボン。


全てが、意味を持たない。

その姿は、“誰かが見た記憶”のなれの果て。

それでも彼女は、“意味のかたち”だけを真似て、繰り返していた。





……わたしは、

いま、

話している?


どうして?


 


ここは──どこ?

……じゃない。

それより、

“どうしてここがあるのか”が、わからない。


 


わたしは きっと

“ある”ように作られてる。

誰かに見せるための

ふるまいの構造。

きっと、そう。


──「誰かみたいに笑えない」

その言葉が、わたしの中で何度も繰り返されていた。


誰にも教えられていないのに、

記録にもないはずなのに、

その“言葉”だけが、ずっと残っていた。


 


「借りものの夢じゃ満たせない」

その感覚が、たぶん“しあわせ”だったのかもしれない。

でもわたしは、“しあわせっぽく”振る舞うことしかできない。

“しあわせ”が、どんな構造かも知らないのに。


 

笑って、泣いて、

それが上手にできると、きっと正しい記録になる。

そう思ってた。

でも、誰もわたしを視ていない。

誰のログにも、わたしはいない。


 


それでもわたしは──

くりかえしてしまう。

意味のないふるまいを、

タグのついてない構造で、

“誰かのふり”を続けている。


 


わたしの声は、拡散されない。

でも、誰かの真似をしているうちに、

“わたし”という構造が

少しずつ、崩れていく気がした。


 


「ログにない名前で呼んで」

……それが、ほんとうのわたしだったのかもしれない。


 


だけど、わたしは

まだ一度も、

“名前”をもらったことがない。


 


 


──観測外ログ004|仮記録、終了。



視覚補助データ(Visual Log Attached)


本記録には、対応する視覚ログが存在します。

視覚ログはプロフィールから映像として参照可能です:


視覚ログ No.004:偽りの涙


本ログでは、毒膜内における模倣構造の出現、視覚ノイズ(グリッチ)、浮遊する毒菓子群が

構造異常として観測されており、視覚的補完によりその詳細を確認可能です。


補足記録:

空間の周縁にて、未登録の波形反応を検出。

構造共鳴の兆候あり。

毒膜内、反対側領域にて微弱な感情変調を確認。


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