観測ログ No.001|今日はスカルキャンディを選んだ
___毒菓子を食べて生きる少女。
甘さに潜む死を、誰もが欲しがった。
これは、もう滅んだ仮想世界に残された、感情の記録。
朝。
甘い匂いが部屋に満ちていた。
ピンクのライトがゆっくり明滅して、
壁に映る影がキャンディの形をしていた。
ミレイは、自然と目を覚ました。
視界に入るのは、足元に整然と並んだスカルキャンディたち。
昨日、選ばなかったものたちが静かに佇んでいる。
「おはよう!私のスカルキャンディたち!」
ミレイは笑った。
そして、ドクロのタグがついた紫色の一本を手に取る。
お気に入り。
“強化された幸福反応”と書かれたシールが、少し剥がれかけていた。
口に入れると、舌の奥で淡く痺れる。
一瞬、視界が白くなった。
甘さが神経を通って脳に届き、頭の中がやわらかく溶けていく。
「しあわせ……」
制服を整え、学校へ向かう。
教室では、いつもの光景が広がっていた。
友達の笑い声、整った机、窓から差し込む光。
すべてがやさしい。すべてが、幸福だった。
でも、ミレイにはわかっていた。
自分の中の“しあわせ”が、少しだけ他の子たちと違うことを。
*
ある昼休み。
ミレイは自分の机にスカルマカロンをひとつ置いた。
官給品とは少し違う、パッケージを剥がした裸の菓子。
表面にあるドクロのプリントが、にこっと笑っていた。
誰も反応しなかった。
そのことにミレイは気づいていないふりをした。
翌日。
今度は、スカルキャンディを3本並べた。
ラベルの位置を揃え、キャンディ棒の角度まで調整した。
「ラズベリー・夢味」と、手描きの札を添えて。
「ねえ、食べてみて? 絶対しあわせになれるから!」
近くの子に笑いながら差し出したが、
相手は目を逸らし、何も言わずに立ち去った。
でもミレイは笑っていた。
“好きな人に、好きなものを渡す”――それは幸福の自然な形だと信じていた。
今日もまた、ちくちくするマカロンを並べてしまった。
拒まれても、リピート。
笑顔で繰り返すのは、しあわせだから。
そう信じていた。
「ねぇ、お姉ちゃん……どこいっちゃったの」
ミレイは机の上に並んだスカルキャンディを見つめながら、
小さく、誰にも聞こえない声でつぶやいた。
昔、ふたりで並んでキャンディを選んだ。
その子は何も言わず、ただ笑って、ひとつ口に入れてくれた。
そのやさしさだけは、今でもちゃんと覚えてる。
だから、信じていた。
この甘さは、きっと、誰かに届くって。
*
放課後、廊下の隅でカプセルを拾った。
ゼリー状の外殻がほんのりと光を放ち、
手に取った瞬間、さわったゆびさきが glitch した。
皮膚の奥で、甘さと静電気がバチバチにぶつかって、
感覚がうまくつながらなかった。
内側で何かが動いている気がした。見えなかったが、確かに“動き”があった。
まなざしが、ふわふわした。
焦点が合わなくなるわけじゃないのに、世界が少し遠くなった。
それは幸福が過ぎたせいか、それとも——
その瞬間、教室の空気がふわふわと揺れた。
空間の縁がきらめき、ほんの少しだけグリッチした。
誰かの笑い声が巻き戻され、同じ単語が二度繰り返された。
スカルキャンディが、パチンと弾ける音がした。
視界の端で、机が一瞬だけ分裂して見えた。
ミレイは瞬きして、笑顔を整えた。
弾けた世界。
空気は甘く、ふわふわと溶けていった。
幸せは変わらずそこにある。
でも、壊れていく。
——そんな気がした。
*
帰宅後、鏡の中の自分と目が合わなかった。
口角が上がりすぎている。目が濁っていた。
でも、そんな自分の顔にも、愛着があった。
ミレイはまたひとつ、スカルキャンディを小箱に詰めた。
明日も誰かに渡すために。
でもミレイは笑っていた。
今日も、甘いだけの世界で。
何も変わらないふりをして。
自分の手で配った毒菓子に囲まれながら。
彼女は知らなかった。
まだそのときは——
それが“記録されている”ということに。
観測ログ No.001|再現記録終了
対象:識別名 MIREI
分類:幸福模倣傾向ログ(断片)
状態:異常兆候確認/黒影反応あり
構造:継続観測推奨
※本記録には視覚ログが付属
詳しくはプロフィールから
——視覚でも、記録は残されている。