裏切られ追放されたので、隣国の魔王と熱い契りを結んでみた
「王妃セレナ、汝は国政を乱し王宮の秩序を脅かした罪により、王妃の位を剥奪する。今すぐ国から出ていけ!」
そう言ったのは私の夫の皇帝陛下。
あらあら、ついに来たわねぇ⋯⋯。
侍女や従者や大臣たちがやけに目を合わせてくれなかったからなんとなく想像はしていたのよねぇ⋯⋯。
「陛下、それは本心でございますか? わたくしは長い間、陛下のために尽くしてまいりました。今一度、そのことを——」
「黙れ、セレナ! 処刑をまぬがれただけでもありがたいと思え!」
まあ、陛下ったらそんなに声を張り上げたら血圧が上がるのに。そろそろ還暦だから気をつけなきゃだめよ。まったく声だけは立派なんだから。
「⋯⋯わかりました。では出て行きます」
私はスカートをつまんでひらりと軽く腰を折って一礼を⋯⋯したつもりだったけど、五十肩が痛くて優雅なお辞儀はちょっと無理。
こんなにみんなに注目されるなんてわかっていたら白髪ぐらい染めておけばよかったわ。
ドレスだって地味な灰色ではなくてせめて金糸の刺繍入りを選ぶんだったわ。
「王妃様、とても悲しく思っております⋯⋯」
派手なドレスを着た側室のリュシアが長い睫毛を伏せぎみにしてわざとらしく悲しそうな顔をする。大きくなったお腹をずっと撫でている。彼女は妊娠八ヶ月。二十歳になったばかりで若さと美しさと幸せにはち切れそうだ。
「どうぞ王妃様、お元気で」
あらまぁ。よく言うわ。
あなたが王妃の座を狙っていることは城中の人間が知っているのに。
子供に恵まれなかった私を蹴落とすなんて、若くて可愛いあなたにとっては簡単なことだったでしょうね。
みんなの冷たい視線を浴びながら私は長年慣れ親しんだ王宮の広間をぐるりと見渡した。
未練なんてちっっともないけれど、金の飾りの一つぐらいは持っていってもいいんじゃないかしら?
だってこの国の繁栄に私は十分に貢献してきたんだから⋯⋯。
「さっさと出ていけ!」
「はいはい。では、みなさま、どうぞお元気で——」
誰も私と視線を合わせない。
見送ってくれる人すらもひとりもいない。
かなり惨め⋯⋯。
「ああ、気持ちいいわねえ!」
王宮の正門から外に出ると気持ちを切り替えて大きく深呼吸——。
風がとても気持ちいい。
「もしかしてこれが自由の香りじゃないかしら?」
気分を上げてさあ出発。
だったけど——。
「あら? ここはどこ?」
国を出るとすぐに、深い森の中で迷子になってしまった。
****
森の中って、案外寒いのねぇ。
だんだんと日が傾いてくる。空気が冷たくなって、草むらを踏みしめる音だけが聞こえるわ。ちょっと不気味ね⋯⋯。
「右だったかしら、左だったかしら」
森の道はどこも似たような感じでどちらに進んでも同じように見えるのが困りもの。
「地図を持ってくればよかったわ」
するとビューッといきなり強い風が吹いてきて、その風が唐突に止まった。
森全体が静まり返る。
それなのに誰かがいるような気配がするんですけどとっても怖いんですけど⋯⋯。
「あの⋯⋯、どなたかいらっしゃるの?」
ピンと張り詰めた空気の中、誰かの気配がどんどん強くなっていく。
「ねえ! どなたか、いらっしゃるの?」
大きな声を出したその時——。
「俺の森で何をしている?」
低く艶やかな声がすぐ後ろから聞こえた。
「え?」
私はパッと振り返った。
そこに立っていたのは、信じられないほど整った顔の背の高い若者だった。
漆黒の髪。深い夜のような黒い瞳。切れ長の目と引き締まった口元⋯⋯。
天才が作り出した彫刻のような完璧な容姿をしている。
たくましい腕がむき出しの布地が少ない系の黒い服。毛皮のマントをふわりとたくましい肩に羽織っている。
(この男性は、人間じゃないわ)
私の心臓がドキドキと速くなった。
怖いからじゃない、ものすごい美形だったからだ。
(こんなイケメン、王宮の舞踏会でも見たことがないわ!)
しかも彼の眼差しときたらまっすぐ私を見つめているじゃないの。若い娘じゃなくなった私を、まるで若い娘を見つめるような熱い視線で⋯⋯。
「そなた、名前は?」
「王妃セレナ⋯⋯、ではなくて、元王妃のセレナでございます。⋯⋯つまり今はただの、道に迷った女ですわ」
私がそう言うと彼は少し笑った。ああ、その笑顔⋯⋯、反則よ⋯⋯。
「元王妃、とはどういう意味だ?」
「追放されましたの」
「追放? 面白い女だな。国を追われた女がそんなに楽しそうにしているとは。気に入った——」
「まぁ、ありがとうございます。でも、『気に入った』って、ずいぶん唐突ですのね。女性と話すことに慣れていらっしゃらないようですわね」
「なんだと? 俺が『魔王』と知ってそんな口をきくのか?」
彼はわずかに頬を赤らめた。 あら、可愛い。魔王のくせに。
「——俺は魔王だぞ」
「なんとなくそういう感じがしましたわ。とっても偉そうなんですもの」
「偉そう⋯⋯?」
彼は居心地が悪そうな咳払いをして視線をそらした。その横顔がまた美しいったら!
「人間にこんなに図々しく話しかけられたのは、初めてだ」
「もうしわけありません、魔王様。きっと長い間、王妃をしていたせいですわ」
「おまえの方がよほど偉そうだ——。だが、わかっていないようだから教えてやろう。この森からは出られぬぞ。俺が魔法陣をかけたからな」
「どうしてそんなことをなさるのですか?」
「おまえに興味があるからに決まっている。俺の城に連れて行きたい」
「え?」
まあ、なんてストレート⋯⋯。
興味がある、なんて言われたのは何十年ぶりかしら?
私をお城に連れていって、いったい何をするおつもりなの魔王様?
「気分を害したか?」
「あら、女心をわかっていらっしゃらないのですね」
私はにっこりと微笑んだ。
「ほんとうに面白い女だ。おおいに気に入った!」
若くて美貌の魔王は豪快に笑った。
*****
魔王の城って、もっとこう、闇のオーラに満ちた、重厚な石造りの威圧感あるお屋敷だと思っていたのだけれど⋯⋯。
「魔王様?」
「ん?」
「屋根が落ちかけているように見えますけど?」
「ああ、そうだ。風が吹くたびに落ちる」
「床の板がないところありますわ⋯⋯! きゃあ! 足を突っ込んでしまいましたわ、ああ、全く!!」
「すまない」
魔王は堂々と謝った。
そして両手を広げてにっこりと笑った。
「歓迎する。ここが俺の城だ」
「はいはい、歓迎していただきありがとうございます。ええっと……、どうやらまずはお掃除から始めた方が良さそうですわね」
「掃除だと?」
「ええ、ホコリだらけで座るところもありませんもの。紅茶はありますかしら? そろそろ午後のお茶の時間ですわ」
「⋯⋯」
魔王は、魔法で紅茶を出してくれた。
魔法で作り出した紅茶なんて飲むのは初めて。ちょっと不安だったけど飲んだらとても香り高くて美味しい紅茶だった。
朽ち果てた城の、朽ち果てたテラスで私たちは向かい合って座り、石のテーブルを挟んでお互いを見つめた。
「おまえの名は? 歳は?」
「セレナともうします。歳は⋯⋯、そこそこいい歳でございますわ。若い側室に夫を取られて国から追い出されるような、歳でございますわ」
そう言うと魔王は面白そうに笑った。
「俺から見ればまだ少女だぞ。俺の名はルシファ、歳は二千三十六歳だ」
「ルシファ様⋯⋯。素敵なお名前ですね」
「素敵、だと⋯⋯?」
魔王ルシファはまた赤くなった。
あら、可愛い。あなた、本当に数千年生きてる魔王?
威厳たっぷりに振る舞っているけれど、なんだか世間知らずで不器用な青年って雰囲気ね。
もしかして二千三十六歳は魔王にとっては若いのかしら? 魔族ってそういうものかもね。
それにしても……、どうして魔王の城がこんなにボロボロなの?
「魔王様ってお金持ちなんじゃありませんの? 財宝の山とか、金の玉座とか、魔法でちゃちゃっと出さないのはどうしてですの?」
「俺は一千年の呪いを受けたのだ。天界の神の怒りを買い、それ以来、何をしても運に見放されている。金は消え、土地は痩せ、家臣も民も去っていった。残ったのはこの城の残骸だけだ⋯⋯。そろそろ呪いが消える頃だが、いっこうに運気は上昇しない」
「ずいぶんドラマチックな話ですわねぇ」
私は紅茶を飲み干すと、勢いよく立ち上がった。
「さあ、では始めましょう!」
「始めるとは何をだ?」
「魔王様のお国を建て直すことを始めるのですわ!」
「なぜおまえが……?」
「こう見えて元王妃ですのよ。国家の公式行事や細々とした裏方の段取りはすべて私がやっておりましたのよ。広大な城のメンテナンスも私の仕事でしたわ。だから魔王様のお城の修復ぐらい、ちょちょいのちょいですわ」
「なるほど⋯⋯、では下働きの使用人を用意しよう」
そう言って魔王は城の壁を這い回っているトカゲや蜘蛛に魔法をかけた。小柄で元気な下僕たちがあっという間に目の前にずらりと並ぶ。
「あら、まあ⋯⋯」
ちょっとびっくりしたけど人手があるのはいいことよね。
「ではまず、カビ臭いお城を掃除しましょう!」
それから家具を修理した。庭には菜園を作り、役に立たない妖獣などは追い払った。
井戸を浄化し、シーツやカーテンを洗う。
魔王ルシファは最初、ぽかんとしていたけれど、やがて手伝うようになった。
「セレナ、君はすごいな。城が明るくなった!」
「お褒めいただきありがとうございます、魔王様」
「俺の嫁になってくれ——。おまえと契りを結びたい」
「え⋯⋯?」
あらまたすごく唐突ですわね。
「でも、あの⋯⋯」
「嫌か? ——そうだな、おまえはまだ子供のような年齢だから、結婚なんか考えられないな」
魔王はしょぼんとした。
私は胸がキュンとした。
「子供⋯⋯ではありませんわ。まあ、確かに、魔王様の年齢から見たら子供でしょうけれど⋯⋯。ほんとうに私と結婚したいのですか?」
「ああ、そうだ。おまえは可愛い」
「可愛い?」
こんなおばさんのどこが可愛いのかしらと思っていると、魔王はにっこりと笑ってこう言った。
「俺は魔族だ。魔族にとって体はただの器に過ぎない。大切なのは心だ。おまえの心は可愛い⋯⋯」
「まあ、そういうことですのね」
たしかに私は可愛いが大好き。きっとおばあさんになってもね。
「わかりましたわ、結婚しましょう!」
「よし! では今から初夜だな」
「え?」
というわけで私は二回目の初夜をむかえることになった——。
****
魔王ルシファの手が私の背中にまわり、するりとドレスの留め具を外す。
その動作は思いのほか手慣れていて、彼の大きな手が素肌にふれた瞬間、私は思わず笑ってしまった。
「まあ……魔王さま、意外と慣れていらっしゃる?」
魔王は瞬きをして、それから少しだけ頬を赤らめた。
「……いや、そんなことは。ただ触れたいと思ったら、体が勝手に」
「ふふ。情熱的ですのね」
それに少年のようにうぶですのね。
だけど私のドレスをすべて剥ぎ取ると、彼の目が獣のようなキラリと光った。
次の瞬間には唇が激しく重なった。
私の身体はあっという間にベッドの上。
「あらあら、我慢できないのね」
私は微笑みながら首筋に落ちてくる熱い口付け受け続ける。
しばらくすると久しく忘れていた熱が身体の奥から込み上げてきた。
(こういうの⋯⋯、本当に、久しぶりだわ)
魔王の動きは野生的で、でもとても優しかった。
(あら⋯⋯、これは、なかなか)
魔王はウブな少年ではないことを証明してくれた。
すべてが終わると、
「どうだった?」
と魔王は私に聞いた。
「ふふ⋯⋯、完璧でしたわ、魔王様♡」
*****
私と魔王はそれからせっせと城のメンテナンスに励んだ(もちろん別の方面もせっせと励んだ)
まず、草も生えなかった畑は半年後には豊作になった。
小鳥たちが戻ってきて森は明るくなり、ドス黒い川の水は透明になった。
なぜか金の鉱脈まで発見した。
「呪いが解けたのかな?」
「ええ、きっとそうね」
すると家臣や民たちも戻ってきた。彼らは醜い虫の姿に変えられて、暗い森の中を彷徨っていたらしい。
「俺の国が賑やかになった」
「ええ、よかったわね」
朽ち果てていた城は今では白く輝く美しい城になった。
私が優雅にお茶を楽しむテラスもちゃんとある。
そしてハンサムな魔王は私を熱い視線でずっと見つめてくれる⋯⋯。
そんなある午後——。
魔王ルシファが珍しく渋い顔で魔族会議から戻ってきた。彼は今では『魔族集団のリーダー』にまで出世している。
「セレナ」
「はいはい、お茶? それともお風呂?」
「⋯⋯実は会議で、君の“元の夫”の国を滅ぼそうという提案があったのだが」
「まぁ、いまさら?」
私はクスッと笑ってしまった。 だってあの国はもう見る影もないもの。財政は崩壊寸前で民は逃げ出し、皇帝と新たな王妃は華やかに装っているけど借金だらけ。
「君が嫌ならやめる」
「もちろんどうぞ、ご自由に。むしろ、遅すぎたくらいですわ」
「わかった」
そして魔族たちは元夫の王国を襲った。元夫の国は呆気なく落ちた。国の中枢は腐りきっていたし兵たちの士気も地に落ちていたから当然だ。
「新たな都市を作った。見に行くか、セレナ?」
「ええ、楽しみ」
久しぶりの元夫の王国——。
魔族が再建した都市はどこもかしこもピカピカだ。
「セ⋯⋯、セレナ!?」
新しい城の広間に引きずり出されてきたのは元夫の皇帝とその妻の王妃。
ボロをまとい、足を引きずっている。
元夫とあの美しくて若かった側室の女。かつて私を断罪し追放したふたりはすっかりやつれ、見る影もなかった。
「セレナ⋯⋯、なぜだ? なぜこんなことに?」
「まあ、まだお分かりにならないの?」
「⋯⋯?」
「私は『あげまん』ですのよ」
「え?」
「うふふ」
私はにこにこしたまま続ける。
「あなたが皇帝になれたのも、民に支持されたのも、戦に勝てたのも……みーんな私がそばにいたから。気づかなかった? まぁ、鈍いのは昔からだけど」
「⋯⋯ッ」
「今のあなたがどうなってるか、よくわかるでしょ? 私が去ってから、なにひとつうまくいってない。残るものもない。ふふ、皮肉ね」
元夫はがっくりとうなだれた。
私から王妃の座を奪った女はわんわんと泣いた。
「さようなら。私は今、とっても素敵なお方と一緒にいるの。私の心を『可愛い』と言ってくれるお方よ」
「待ってくれ、セレナ! 俺が悪かった、許してくれ!」
「⋯⋯もう遅いですわ」
「セレナ!!」
元夫たちの叫び声はそのうち悲鳴に変わった。
敗戦国の王族や大臣たち、悪政に関わった者たちは、子供を除いてすべてが草も生えない氷の地へ追放となった。
私は広間を出てバルコニーへ。
そこにはスラリと背が高くたくましい魔王が待っている。
ふたりで並んでバルコニーに立つと——。
「王妃様、おかえりなさい!」
「王妃様、お待ちしておりました!」
民の歓声が上がった。
「セレナ、この国は俺たちのものだ。もっと欲しいならばどんどん国を増やすぞ。そうすれば悪政に苦しむ民も救える」
「うふふ⋯⋯」
私は幸運を呼ぶ女。
この手で、再び人生を勝ち取った女——。
(おしまい)
魔王は夜の営みの時には頭にもたくましいツノが生えます♪