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タウリノの第一人者


 朝、村を歩いていると、頻繁に挨拶をされるようになった。挨拶をしない残りの人たちも、無視するというよりは、畏れて遠巻きに見ている感じだ。

 ただし前者も後者も、視線は俺にではなく、リナールに向けてばかりいるという共通点があった。


 決闘は、「無効」になった。

 普通はそんなことはあり得ない。第三者が決闘に乱入する事態は想定されていて、その場合は警護の兵士が乱入者を排除した上で、決闘を続行するなりやり直すなりを決闘監査官が裁定する。

 ところが警護の兵士はリナールを見て逃げ出してしまったし、仮に代わりの兵士を集めたとてどうにもできないのは明らかだ。

 そうなってくるとこれはもう決闘の続行は不可能と判断するしかなかったのだろう。決闘監査官がどのように報告をしたのかは気になるが……。


 無効決闘になったのでフェルドの処罰は実施されなかった。

 無効というのは「無かったことにする」ということだ。だから決闘は行われなかったのと同じということになる。……要求している側の村長だけが、一方的に損をした形だ。

 だが、フェルドはあの日の恐怖が忘れられなかったのだろう。

 翌日にはデレタ市から姿を消してた。

 二度とあの男が我が物顔で街を歩くことはなくなった。それがせめてもの慰めだった。


 と、決闘自体は締まらない顛末になったけど、すべてが無かったことになったわけではなかった。

 帝国に例外中の例外である「無効決闘」を認めさせた超常存在……リナールの名はあっという間に有名になり、村人たちから尊敬を集めるようになった。

 そういうわけで、村を歩いていると、最初のころのように無視されることもなくなった。挨拶されるどころか、拝む者まで出てくる始末。

 これはもはや「信仰」だった。


 もともと決闘代理人を引き受けたのは自分の名前を売るためだった。

 ところが結果はどうだ。みんなリナールのことばかり見ている。俺の名前なんて誰の記憶にも残ってない。おまけに決闘が「無効」になったことで依頼料も貰えなかった。フェルドに殴られた胸にはまだ鈍い痛みが残っている。

 ただ働きをした上に傷が治るまでに時を無駄にした。

 手持ちの金は順調に目減りしているし新しい仕事が一刻も早く必要だった。


 というわけで俺は再び公会堂の壁に張り付いて求人を探していたのだった。

 しかしこんな田舎の村にそうそう新しい求人などあるものではなかった。数日前に眺めていたものとそのまま同じ張り紙が並んでいるだけだった。

「どしたの~?♡」

「どうしたものか……」

 リナールへの返事も、力が出ない。


「仕事をお探しですか?」

 背後から声をかけられた。振り向くと、例の村の顔役マッチョだった。俺が街道工事の募集に参加するのを追い払った男だ。

 俺は警戒しつつ「そうだが……」と答えた。

 しかし顔役は俺のことなど眼中にないようで、俺の横にいるリナールに向けて、

「へへへ、でしたら、リナール様にぜひやっていただきたいことがございまして……」

「そうなのー?」

「へへ、ご興味がおわりで?」

 と愛想笑いを浮かべる。リナールが要求したら地面に這いつくばって足を舐めるくらいは喜んでやりそうだった。

「今、街道を工事するための人夫を募集しているんですが……リナール様の力があれば、たくさんの人を集める必要もない。いえ、泥臭い工事なんてやらなくてもいい、ただリナール様がいるというだけで、みな張り切って働きますわ」

「んー。どうする?」

 リナールが俺の方を見た。顔役は、たった今俺の存在に気づいたとばかりに愛想笑いを引っ込めた。

 俺は答えた。

「リナールが来るなら、俺を雇うか?」

 顔役は「うっ」と言葉を詰まらせた。リナールと俺を交互に見る。

「言っとくがリナールは俺の行く先についてくる。そうだよな?」

「そうだよー」

「俺を雇うか?」

 顔役は、うめき声のようなものを漏らし、最終的には「しかたない」と答えた。

 ……リナールを使って仕事にありついたというのは、とてもとてもとても気にくわないが。

 とにかく、二度目の機会を手に入れたということが重要なのだ。

 街道工事ならリナールの手を借りる事態にもならないだろう。俺には軍で工事をした経験がたんまりある。

 今度こそ、俺の新しい生活を始めるのだ。




 俺はその日の夜、夕食の席で師範とカイナに、新しい仕事を見つけたことを伝えた。

 例によって師範と二人きりの夕食を終えたあと、部屋に戻ろうとしたところで、廊下で空の食器を持ち帰るカイナとすれ違った。

「……死にかけたのに、また働くんですか?」

 向こうから話しかけてきたので、俺は驚いた。

「今度のやつは、命の危険はないさ」

「……そんなにお金ないんだ」

「それだけじゃない。いや、お金がないのはその通りなんだが……。この村を、俺の居場所にしたいんだ」

「……? 今だって、住んでるでしょ」

「そうじゃない。何というか……俺はこの村にとっては余所者なんだ。今のところはね。まあ、ずっとこの村に居場所がある君には分からない話かもしれない」

 すると、カイナは表情を険しくして、俺のことを睨んだ。

 別れの挨拶もなく、カイナは行ってしまった。




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