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名誉と天秤にかけて


 老人は名乗った。この村の村長だった。

 俺は驚かなかった。リナールと出会って以来、俺にとって驚くべきことはこの世にあまり残されていない。

 行先は村長の家で、奥方が蜂蜜茶を振舞ってくれた。

「わしの代わりに決闘に出て欲しい」

 と、村長は実直に切り出した。

 決闘はこの国で法的に認められた行為だ。二者間の争いが訴訟で解決できなかったときに公的な立ち合いのもとで行われる。その代わり、決闘で決着がついた後は、相手方へのそれ以上の法的あるいは武力的闘争は禁止される。

 そして決闘者は代理人を立てることが認められている。というか、決闘をする必要に迫られる立場の人間は、ほとんどの場合は代理人を立てる。お互いが立てた代理人同士で決闘を行い、時には命を落とす。決闘を決めた本人たちの肉体は無傷だが、決闘で争われる内容によっては社会的な死が待っている。

「決闘の代理人か。どうして村の人間を使わない?」

 村長の代理人を務めたとあればそれは名誉な話だ。軍隊で俺と同じ隊にいた男も、決闘代理人の経験があると、聞きもしない自慢話を繰り返すので皆をうんざりさせていた。

「相手があのフェルドでなければなあ」

「それは相手の代理人か?」

「うむ。『肉屋のフェルド』とあだ名がついておる」

「どうして肉屋を恐れる?」

「それはな、フェルドは喧嘩の相手を、まるで肉の塊のようにしてしまうからよ」


 肉屋のフェルド――実際に肉を扱って生計を立てているわけではない。彼は傭兵だという。

 戦いでは巨大な戦斧を振り回し、戦場で相対した者は、良くて手足を吹き飛ばされ、悪ければミンチにされてしまうという。

 しかも戦闘能力が高いだけでなく、性格は残忍かつ獰猛、しかも自制が効かずささいなことですぐに手を出してくるので、フェルドが酒場に姿を現すと店にいた客全員がすぐに逃げ出す有様だったという。

 そんな男がどうして野放しにされているのかと俺が質問すると、それ自体がこの決闘の原因にも関係するという。


 このタウリノ村から半日ほど歩いた場所に、デレタ市という交易都市がある。デレタ市はタウリノ村とも関係が深く、この村の商人は仕入れをデレタ市で行っているし、職人が作った製品はデレタ市の市場に卸されている。

 このデレタ市の領主が代替わりをした。新しい領主は、この地域を脅かす盗賊団の対策を最も重要な問題と捉え、その解決のために自警団を組織した。

 しかし自警団と言っても、市民を集めて武器を持たせただけでは心もとないし、交易都市の先進的な市民は荒事をやりたがらない。そこで、自警団の戦力不足を補うために傭兵を雇った。その傭兵こそがフェルドだった。

 フェルドは人格的には最悪でも、戦闘においては自警団の欠かせない戦力であった。それゆえに、街での()()()()()()は領主の命令でもみ消されてしまうのだ。


 そして先日、そのフェルドが、タウリノ村の農夫を殺して略奪を働いた。

 もちろん村長はデレタ市の領主に抗議し、フェルドの引き渡しと遺族への見舞金を求めたが、領主はそれを拒否した。最終的に、デレタ市は帝国に仲介を依頼し、帝国は決闘による決着を命じた。

 こうして、タウリノ村の村長と、デレタ市の領主の決闘が決まった。

 即日、デレタ市の領主は、フェルドを決闘の代理人に立てた。その宣言を聞いてなお、村長の代理人を引き受ける者はこの村にはいなかった……。


「それじゃあ、その男を倒せば、その殺された農夫の敵討ちにもなるな」

 と、俺は言った。

「引き受けてくれるのか……!」

「俺でもできる仕事が、この村にはなさそうだからな」

「そうかそうか! ありがとう、ありがとう……! これで村の名誉は守られる。ほほほ。これで安心、安心だ。――そうそう、遺族の面倒は、この村がちゃんと見るから、安心しなさい。報酬も、先払いにするから、思い残すことのないように使いなさい」

 村長は決闘で俺がミンチになることを前提にしているようだったが、もちろん俺は相手がどんな怪物であろうと勝つつもりでいた。

 もしこの決闘で勝てば、この村の冷たい空気も風向きが変わるだろう。そうなれば、この村も俺の「故郷」になるかもしれない。もし決闘を断ったとして、俺には他に行く当てもないのだから。

「良かったねえ~」

 と、何を理解したのか、あるいは何も理解していないのか、リナールはいつもの調子で俺を見て微笑していた。




 その日の夕食は三人分しか用意されていなかった。しかし、カイナは自分の食事を持ってリナールの部屋に行ってしまった。よっぽど俺と顔を合わせるのが嫌らしい。

 俺は師範に、決闘の代理人をすることを伝えた。

「……勝つつもりはあるんだな?」

 以外にも師範はそう言った。俺は首肯した。

「どうして師範は代理人を引き受けなかったんですか?」

 村長が腕の立つ者を求めるとしたら師範に話を持って行かないはずがない。しかし師範は、

「おれには頼まないと言われた」

「師範が?」

「おれはこの村の警護もしているからな。万が一にも失いたくないと言われた」

 それは、デレタ市の領主が、フェルドの引き渡しを拒否した理由と同じだ。

「……まあどちらの事情も俺には関係のない話です。勝てばすべて片がつきます。師範はフェルドのことを知っていますか?」

「戦っているところを実際に見たことがある」

「強者ですか?」

「ああ」

「俺より強いですか?」

「ああ」

 師範は迷いなく答えた。

 スープをすくっていたスプーンに、知らず力が入っていた。

「……師範は、今の俺の実力を、知らないでしょう。俺だって、軍でずっと遊んでいたわけでは――」

「そういう問題ではない。フェルドは人を殺すために生まれてきたような男だ。そもそも肉体の作りからして普通の人間とは違う。あれほどの怪力をおれは見たことがない。……素質なら、おれやお前の四千倍ってところか。やつの前では剣技など小細工のようなものだ。しかも決闘という"制約"はやつに有利すぎる」

「……師範なら、勝てますか?」

「ああ」

「どうやって?」

「決闘前に闇討ちしろ。決闘に出てこれなければそれで勝ちだ」

 俺は、スプーンをスープの皿の上に置いた。

「それはできません。今回ばかりは」

「そうか」

「俺はこの村で生きていくつもりなんです」

「考えた上の結論なら止めないよ。お前はもう大人だ」

「すみません」

「死ぬなよ」師範は、無機質な声で言った。「弟子が死ぬのを見るのは、不愉快なものだ」



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