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セカンドライフを探して


 翌日、俺は村の公会堂へ行った。俺の意思とは無関係にリナールが付いてくる。道中、すれ違う村人には積極的に挨拶したが、みな無視して足早に通り過ぎるだけだ。まあ、田舎の村はそういうものだ。

 俺が公会堂の壁を見ていると、

「おもしろいの?」

 とリナールが言った。

「面白くはない」

「じゃあどうして見てるの?」

「必要だからだ」

 リナールは「必要なんだー」と納得したのかしてないのかよく分からない返事をした。そもそもこいつに何かを納得するとか納得しないとか、そういう人間のような機微があるかは不明だ。

 公会堂の壁には村人に向けた伝言や宣伝が書かれた紙が貼りつけられている。俺が探しているのは仕事の求人だ。

「どれが好きー?」

「好き嫌いで選んでるわけじゃない」

 好き嫌いで選んでるわけじゃなかったが、できるできないでは選んでいるのであった。


 建築技師募集中、経験者のみ――もちろん設計の経験なんてない。却下。

 会計官急募――金勘定は苦手だ。却下。

 革職人募集、住み込みで教えます――良さそうだが年齢制限に引っかかる。却下。

 神殿での奉仕――これは論外だ、金払いが悪い。却下。


 そして目に留まる。

 街道工事の人夫募集――。

「道路か」

 土木工事にはいささかの縁があった。

 村を出るまではそれで日銭を稼いでいたし、軍隊に入ってからも、戦闘のない時期の兵士は城や街道の補修に駆り出されていた。道を作るというのであればきっと俺はこの村の誰よりも経験豊富だろう。

「これにするか」

「好きなのあった?」

「あったよ」

 俺は紙に書かれた連絡先を頭に留めて公会堂を離れた。




 そして俺は日をまたぐ前に公会堂に戻ってきたのだった……。

「まだ探すの?」

 と、リナールが無邪気に言ってくるのがムカついた。


 村の顔役らしきマッチョな男のところへ行き、工事への参加の意思を伝えたところ。

 音kはじろりと俺の顔を見て、

「この村の人間じゃあないよな?」

 と言った。

「いや、俺はこの村で生まれた」

 と答えると、

「わかってねえな。おれたちの間じゃあ『この村の人間』というのは、この村で長い間生活を共にし、苦難を分かち合ってきた人間のことを言うんだ。で、あんたはどれくらいの間、おれたちと苦難を分かち合ってきたんだ?」

「……あんたは覚えてないかもしれないが、俺は十五年前までこの村で暮らしてたんだぞ」

「ほお、そうかい。仮にあんたが十五年前に同じ申し出をしてきて、そして仮にそのときおれが工事を仕切っていたなら、おれは何も聞かずにあんたを雇ってただろうね。だがあんたの申し出は十五年遅かったんだよ」

 そう言って、男は手のひらで俺を追い払うジェスチャをした。


 ……軍隊という場所にずっといたせいで、「村」がどういう場所か、俺はすっかり忘れてしまっていたらしい。

 軍隊には聞いたこともない出身地の戦友がたくさんいた。新入りの彼らをいちいち「よそ者」として扱っているわけにはいかなかった。同じ隊に入ってきたものはその日から命を預け合う同じ家族だった。

 軍は、俺にとって良いところだった。俺の故郷はあそこにあった。こんな村じゃない。

「どしたのー?」

 リナールは、まるで天界の神が下界の獣を慈しむような微笑を浮かべて、俺の顔を覗き込んできた。

 俺はリナールの首を叩き落としたい衝動に駆られた。

 軍に入った証として支給された両刃の剣。刀身は幅広で先端は尖っており、剣としては短く、折れにくいので取り回しが良いのが特徴だ。

 軍隊を追放された俺の手元に残ったものはこれだけだった。リナールの首を落とすときの言葉は考えてある。「どの口がそれを言うか」が良さそうだ。他の候補は品がない。

 いや、そんなことはやめろ。

 その行為に意味がないとか、人は他人を許すことでどうのこうのとか、そういう話ではなく。


 この"暗黒竜"は、この"異界からの恐るべき干渉者"は、この"虚空の生命"は、この"邪神の影"は――

 この地上のどんな人だろうと、武器だろうと、獣であろうと、殺すことなど不可能だろう。


 俺は自分が剣の柄を強く握りしめていたことに気づいた。それを意思の力で引きはがした。

「……どうもしてねえよ」

 俺は再び職探しに視線を戻した。そのとき、

「お若いの、仕事をお探しか?」

 背後から声をかけられた。振り向くと、そこには老人が立っていた。

 老人は振り向いた俺の顔を見て、

「あ、いや、若くはなかったかな……」

 と訂正した。

 俺は肩をすくめて、

「若くなきゃ不都合か?」

「はっはっは。若くない方が都合の良い仕事というのもある」

「『余所者』ならより都合が良い――か?」

 老人は頷いた。

 切羽詰まった事情がなければ、俺はすぐに回れ右してこの場を立ち去っていただろう。死ぬ場所を探すのならこんな村ではなくもっとマシな場所があるはずだ。だが、今は……。

「仕事に命を賭けるほどの忠誠心を期待してるわけではないよな?」

 老人は乾いた声で笑った。

「不実者はわざわざそのようなことを言ったりはせんよ。来なさい」

 老人は俺の返事を待たずに歩き始めた。

 その背中を追いかけるか迷っていると、

「どしたのー?」

 とリナールが言った。

 俺は

「どうもしてない」

 と答えて歩き出した。



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