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気まずさの肴


 村を出る二年前くらいから、俺はこの道場に住んでいた。住み込みで剣の修行をするほど熱心だったわけじゃない。俺の両親が死んで、他に頼る先もなかったからだ。

 師範が俺を引き受けてくれなかったら、俺は野垂れ死んでいたか、良くても奴隷としてどこかの都市に売られていただろう。

「お前が使っていた部屋はカイナが使っている……。別の部屋を使え」

 あの少女の名前はカイナというらしい。そのカイナは、俺たちが道場に入るとさっとどこかに引っ込んでしまっていた。

 師範が俺たちを空き部屋に案内した。部屋にはベッドもない。普段使われていない部屋らしく、中に入ると床に埃の足跡がついた。

「家具は裏にあるから運んで来い……」

「あの子は?」

「母親は五年前に病で、父親は三年前に盗賊との戦いで殺された。父親がおれの弟子だった縁で預かってる」

「二人だけで暮らしてるんですね」

 俺がこの村にいたときもそうだったが、ここの道場の生徒はいつも少ない。道場の作り自体は万事が広く、いきなり住み込みの弟子がたくさん入門してきても対応できる能力があった。

 残念ながら、俺の記憶によれば、この道場の部屋がそのような使われ方をしたことはなかったが……。

「……あんたの部屋は隣だ」

 師範がリナールに言った。

 しかしリナールは、

「えー、一緒の部屋でいいよー」

 と言ったので、俺はすかさず

「お前の図体を置いておく広さはない」

 と切り捨てた。

 師範は俺とリナールを交互に見て、

「決めろ」

 とだけ短く言った。

「別の部屋で」

「えー」

 リナールの抗議は無視した。

「お前たちは夫婦なのか?」

 と、師範がとうとう、リナールのことについて質問した。

「興味を持ってくれてありがとうございます。夫婦ではないです。こいつの名前はリナールと言います。俺の従者です。色々とおかしなことを言いますが世間知らずなだけで他意はありません。よろしくお願いします」

 俺は早口で、用意していた説明を読み上げた。

 師範は表情を変えずに「そうか」とそっけなく答えて、この得体の知れない女への興味はそれで尽きたようだった。




 部屋の床を掃除してから物置にあるベッドを運ぶことになった。

 いくら泰然とした師範でも、俺にベッドを一人で抱えて運ぶことは要求しなかった。こちらが何も言わないうちに、ベッドのもう一方の側に回って一緒に運ぼうとしてくれた。

「これを運びたいの?」

 リナールが言った。俺は「お前も手伝え」と答える。

「わかったー」

 リナールはベッドの脚の一つを掴むと無造作に持ち上げた。

 俺はいつものことなのであきれて言葉もなかったし、師範が特に反応しなかったのは……まあ師範だから不思議じゃない。

 しかし物置の入り口の方から「え!?」と鋭い驚きの声が聞こえた。そちらを見ると、あの琥珀色の髪の少女――カイナがリナールの怪力を見て目を丸くしていた。

 カイナは俺と目が合うと、はっとした表情を見せてから、振り向いてどこかに走って行ってしまった。

 カイナの背中で翻る琥珀色に目を奪われていると、

 メキメキメキ――

 と嫌な音が聞こえた。

 リナールが手で持ち上げていたベッドの脚が、自重を支えきれずにバキリと折れた。ベッドが床に落ちて「ドシン」と大きな音と埃を立てた。

「壊れちゃったね」

 当たり前だ。ベッドを作った家具職人がどれだけ心配性でも、四つある脚のうち一つだけでベッドの重さを支えることは想定しなかったはずだ。

「しばらく使っていなかったからな。木が弱っていたのだろう」

 と師範は言ったが、無論これはリナールを慰めるために言ったのではない。師範はそういったことにこだわらない人だ。




 夕飯はカイナが作ってくれた。

 食堂に行くと、長机に四人分の食事が並んであった。

「わざわざすまん」

 と、俺はカイナに礼を言った。

「急に人が増えたら、対応できないんですけど」

 カイナは俺の目を見ずに言った。

「でも悪い、食事は三人分でいいんだ。リナールは食べないから」

 だから、食事の間、リナールは部屋に残るように言ってきた。リナール一人だけが食事もせずにニコニコ座っていると、その、周りの食欲が失せるので。

「……最低ッ!」

 急にカイナはそう吐き捨てて、俺の顔に布巾を投げつけてきた。俺はそれを片手で受け止める。

 カイナが肩を怒らせて食堂を出て行ったのを不思議に思って眺めていたら、師範が、

「……いくらお前の奴隷だからと言って、食事も取らせないのはどうなんだ。その行い、万神の目前でも胸を張れるものか?」

「違います。あいつは人間と違って食事を取らないんですよ」

「奴隷は人間ではないということか」

「……まず、リナールは人間ではありません。次に、あいつは奴隷ではありません」

「そうか」

 師範は無感動に答えて――あるいは俺の説明を理解することを放棄して――カイナの作ってくれたスープに手を伸ばした。

 ややあってカイナが食堂に戻ってきた。手には給仕盆を持っていた。カイナとリナールの分の料理を手早くその上に乗せる。

「……わたしはリナールさんと食べますから」

 俺のことは無視して、師範の方に向けて言った。

 食堂に残された男二人で夕食は静かに進行した。

「師範はあの子に身の回りの世話をさせてるんですか」

「あの子には剣の修行に集中してほしい。だが、おれの作った料理をあの子は食べたがらない」

 師範の作った料理の記憶が蘇った。俺がここにいたときも、食事は俺が作ることが多かった。

 それ以外、会話らしい会話もなく、黙々と料理を減らしていった。

 俺は、リナールの部屋にいる二人のことを想像した。カイナはアレとどんな会話をしているのだろうか。



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