高松宮記念に向けて 応援していた馬
「みんなありがとう~」
ドームに集まる観客に歓声が上がる中、3Dの姿でピンクの髪の女の子が手を振る。今日は桜坂リーナの所属しているVtuber事務所『ドリームズ』のコンサートを行う日であった。
「リーナちゃん最高」
「素晴らしい歌だったよ~」
ファンの言葉に笑顔を見せる桜坂リーナは舞台裏に戻っていった。
「おつかれ~」
同期や後輩たちと今日のコンサートを労いながら汗をぬぐい、服を着替えていく。
「さあ、ホテルに戻りましょう」
同期のリーダー格の子の言葉を受けて『ドリームズ』の子たちは各々タクシーに乗ってホテルへ向かって行った。
リーナは同期とタクシーに乗ると早速、競馬雑誌を広げる。
「これがさっきまでドームを盛り上げていたアイドルの姿とは……」
一緒に乗った同期の佐奈川瑠璃がそう言うとリーナは苦笑しながら、
「私はこれでいいの」
そう言って競馬雑誌の内容を見ていく。最初に見たのは有力馬の次走報である。以下の通りに書かれていた。
スコールナイトとドンキホーテはかしわ記念へ
サミダレジオーはアンタレスSへ
ヨーロレイは東京スプリントへ
ストロングトレインは大阪杯へ
引退馬一覧にバックスクラッチャーとクロポンの名前があった。両馬共に乗馬になるそうだ。
ドバイ特集として、以下の通り書かれていた。
三冠馬・バルバロッサと昨年の有馬記念二着馬・5歳馬にして日本ダービー馬・ワルツはドバイシーマクラシックに出走。
バルバロッサと皐月賞で走り二着になり、昨年のマイルチャンピオンシップでも好走したギルーブと昨年の秋華賞馬・シンメリルはドバイターフに出走。
アルクオーツスプリントに昨年の桜花賞馬にして昨年のスプリンターSで二着のナナグレープが出走。
ドバイゴールドシャヒーンはJBCスプリント2連覇を果たしている6歳馬・ワドーが出走。
ドバイゴールドカップに同じくバルバロッサと菊花賞で走り二着になったメルンジオ―が出走。
ドバイワールドカップにはマグナスが出走することが書かれていた。
「クラシックで活躍した4歳勢はみんなドバイにいくわけだ。しかしここで惨敗したら4歳勢は大丈夫かな」
思わずリーナはそう呟く。今回のドバイ遠征での結果次第では4歳勢への強さ議論は更に加速することになるのではないだろうか。
「惨敗したらって負けたら駄目なの?」
瑠璃がそう言うとリーナは首を振る。
「本来は駄目じゃないよ。たださっき言った4歳勢って三冠馬っていうすごい馬が同世代戦を制して強さを見せたすごい馬がいるんだけど、その三冠馬を出てきたのは世代として弱かったからという言葉が出てきているんだ」
「ええ、そんな風に言われるなんてかわいそうだね」
「そうだね……ただある意味、三冠馬が出る世代の宿命ではあるんだよ。実際に三冠馬以外の同世代も強かった世代も無かったわけじゃない。それでも同世代が弱かったから三冠取れたんだって言われることも多い」
実際のところ三冠馬と同世代の馬たちに力の差が大きいからこそ、三冠馬が誕生することがあるのは事実である。
「私は三冠馬のバルバロッサは好きな馬だから、他が弱かったから三冠取れたんだって言われないためにも他の同世代の馬たちも頑張って欲しいんだけどね。でも、今の5歳勢が強すぎるんだよなあ……」
今の5歳勢は3歳時のクラシック路線の勝ち馬は日本ダービーを制覇したワルツと菊花賞馬・マシュー以外は怪我やら屈腱炎やらで引退してしまい、ぱっとしなかった。しかしながら4歳になってからワルツが大阪杯、宝塚記念を勝ち、天皇賞春はマシューが勝ち、安田記念ではストロングトレインが勝ち。正に一斉に覚醒をし始めたと言って良かった。秋でもエリザベス女王杯をサーベルクイーンが勝利し、他の秋G1でも好走している。
「難しいのね」
「そう、難しいんだよね」
こういう世代間の強さ比べは競馬民は好きであると同時に行き過ぎるところもある。本当に難しいものである。
「さてと、まあドバイの次は高松宮記念の特集を見るか」
「いっぱいレースあるのね。それよりもリーナ、ホテルに着いたわよ」
嬉々として読み進めようとするリーナに呆れながら瑠璃はそう言った。
「あっごめん気づかなかった」
リーナは慌てて競馬雑誌を持って、タクシーから降りた。
「さてと、読みますかっと」
ホテルの部屋に戻り、競馬雑誌を開く。そんな彼女の姿に同室の瑠璃は苦笑しながらココアを作っていた。
「高松宮記念の有力馬筆頭は4歳馬のアカキラグーンか」
アカキラグーンは葵Sを勝利してから中々勝てなかったが、オープン戦を勝っていき、阪急杯を大勝した。また鞍上は短期外国騎手のカルロス騎手である。
「はあカルロス騎手が乗るのかあ」
なるほどそれも人気の理由の一つかと思った。
高松宮記念は一つ考えなければならないことがある。トップジョッキーのほとんどがドバイ遠征のためにいないのである。
ドバイに行っているのはジャック・クラウザー騎手、宇宙人・遠藤喜一騎手、鬼童良和騎手、真田丸孝彦騎手である。
トップジョッキーがいないことで若手の騎手はG1勝利を掴もうとやる気を出しているが、実際のところこういう時に人気するのは短期免許を発行されてやってきている外国人騎手であることが多い。
「さて、他にはオーシャンSを勝った5歳馬・マルロー、鞍上は乾騎手。ロロノアも出て来るのか鞍上は鈴村騎手。昨年の阪神Cを勝利したスラッシャージオ―の鞍上は雨川騎手じゃなくて、淀川騎手なんだ」
あの昨年の霧が発生した中の阪神Cを勝った5歳馬・スラッシャージオ―の鞍上は変わっていた。元鞍上の雨川騎手は同週の日経賞でニンジャマンに乗るようである。
「他にはっと」
人気有力馬の少なさを感じながら見ていく内にある馬の名に目が止まった。シルヴィアシルバーという馬である。
シルヴィアシルバー6歳の牝馬である。リーナにとってこの馬とは因縁がある。
アメリカオークスを勝った母を持つこの馬がまだ三歳の頃、フローラSを圧勝して勝利したのを見てリーナは彼女を本命にした。だが、そのオークスでシルヴィアシルバーは暴走、殿負けを決してしまう。
その後も素質を見込んで本命にすることは何度もあったが、何度も馬券外になることが多かった。
「何度もこの馬には痛い目にあってきたのよね」
良血であることから陣営はなんとしてもG1をと、様々なG1レースに出走させており、フェブラリーを走らせたこともある。そんな馬が、高松宮記念へやってきたのである。
「そう言えば、1200m戦、この馬初めてじゃん。はあもうなりふり構わずというか……てか、高松宮記念で引退なのか……」
クラブ馬の牝馬は6歳3か月末で引退する。繁殖のために牧場へ戻すからである。
「こういうクラブ馬の6歳3月末での引退って馬券外のことが多いわよね……」
繁殖のことを考えれば、無理をさせないという方が普通であろう。
「それでも……頑張って欲しいなあ……」
なぜか彼女はシルヴィアシルバーという馬が好きであった。
「あ、鞍上は……市川忍騎手……ああ最年長の。久しぶりに参加したG1レースじゃない」
市川忍騎手は現役騎手の中で最高齢の騎手である。そのためか騎乗数が減っており、平場で勝つことも稀になった。
「だけど、抜群に乗り方が綺麗な人なのよね……それでもなあ……」
判断が難しいと思いながら高松宮記念の予想を深めていった。