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ターフに謳えば  作者: 大田牛二
2XX0年 打倒皇帝
4/20

フェブラリーS 雪舞う中での決戦

『ハナを切ったのは……ドンキホーテ、ハナを切ったのはドンキホーテです。これは果たして暴走か陣営の思惑通りか。それとも鞍上・遠藤喜一のきまぐれか。東京競馬場に驚きの声が木霊する』


「ぎゃあ、遠藤のやつやりやがったな」


 実況の言葉と映像を見て、安西が叫ぶ。安西を始め坂井、高坂のサラリーマン3人組はカラオケの一室を借りてレースを見ていた。


「やっぱドンキホーテの気性からの暴走すか?」


「いえ、これは暴走ではないでしょう」


 高坂の言葉に坂井が否定する。


「しかし、意図を持ってとはいえ、遠藤騎手すごいですね。あの気性難のドンキホーテと折り合いをつけています」


 レースで先頭を走るドンキホーテの様子は明らか暴走しているように思えなかった。


「おいおい、ただでさえ難解のレースで、よりによって一番、厄介な男がペースを握るようになったってことだろう。バックスクラッチャーにとっては先行勢が全滅するレベルのペースであって欲しいが、このペースじゃ無理だろうなあ……保険は効くかなあ」


 頭を抱える安西であった。メガネを治しながら坂井はレースを見ながら言う。


「ドンキホーテがハナを切っているのもそうですが、隊列もイメージとだいぶ違いますね」


『ハナを切ったのは12番人気ドンキホーテ、その少し後ろに3番人気マグナス、その後ろに2番人気ヨーロレイ……中団に14番人気バックスクラッチャー、その後ろに控える9番人気スコールナイト、殿にサミダレジオ―です』


 隊列を見て頭を抱えている者が別のところにいた。画面上でピンクの髪の女性Vtuber桜坂リーナである。


「前目にみんなつけるのは予想していたけど、よりによってハナを切らせてペースを握らせるのは遠藤鞍上のドンキホーテって、なんで先頭を一番厄介な人に任せちゃうんだよ~みんな全力でハナをとれよ~」


 彼女はそう言いながら手元にある缶ビールを開け始める。


『おいおい、この女もうヤケ酒モードに入ろうとしているんだけど』


『もう敗戦モードの女』


 リスナーたちのコメントを見てリーナは騒ぐ。


「あったり前でしょうが、みんな私の今回の馬券の買い方知っているでしょ。酒でも飲んでなければやってられないのよ」


 そう言って彼女はビールを自分の喉に注ぎ始めた。ここまでくるともはや馬券でのあの買い方が効くかどうかである。


 さて、この現在の隊列を見て、動揺しなかった者がいる。青髪のVtuber青澤セイナである。


「ハナまでとは思いませんでしたが、ドンキホーテが前目につけてくれて安心しました」


 セイナの予想通りの隊列になっていた。一頭を除いて……


「厄介ですね。そこにポジションを取りましたかジャック騎手」


 彼女にとって予想外だったのは鞍上ジャックのマグナスがドンキホーテの左後ろにいることである。


「まあいいでしょう。保険的な馬券も買ってます。後はどこまで跳ねるかですね」





 



「ドンキホーテがハナか……」


 ちらっと先頭付近で見えた勝負服に、雨川はそう思った。


「厄介この上ないが、この位置取りならいけるだろう。先生から指示はインを突けだ。インを狙える」


 インを突けよと言う藤堂調教師の顔を思え浮かべながら、僅かにポジションを修正していった。


(いい子だねぇ)


 遠藤はドンキホーテを褒めながらペースを維持していた。


(いいスタートだった。完璧だったね。それにしっかりと前にいってくれた。うんうん君はそれでいいのさあ)


 ドンキホーテという馬はとんでもない気性難の馬だと誰もが言っていた。この馬に乗っていた騎手でさえそう言っていた。


(本当に嫌だよね。なんでもかんでもメンタル的な問題にするべきじゃあないさ。人も馬もさ)


 遠藤はこの馬に乗ってみて抱いた感想は気性難というものというより頑固な性格な馬なのだろうと思った。自分のしっかりとした考えがあり、しっかりとした自分の走りのペースがある。それに騎手は合わせるべきなのに、害するような乗り方を今までのこの馬の騎手たちはやってきてしまったのだろう。その結果、この馬への評価は不当なものとなってしまっていた。


「ちょっとしたコミュニケーションを行うのを怠って気分を害するのは人も馬も一緒。大事なのは対話ってやつさ」


 この子は自分のペースや考え方を受け入れ尊重できる鞍上であれば、しっかりと答えてくれる。事実、完璧なスタートを切ってくれた。実力はあるのだ。


(さあここからはこの子のペースを少し修正をかけながら気分を害さず、ゴールまでいくだけ……しっかし、ジャックくうん。君との友情がこんなに儚いとは思わなかったよ~)


 ドンキホーテのスタートダッシュ、ハナを取ること。ここまでは予想通りであり、後ろの隊列もほとんどイメージ通りだった。しかし、ジャック鞍上のマグナスの位置だけが予想外であった。


(君の位置のせいでここまで稼いだアドバンテージのほとんどを失って、五分の勝負になってしまった)


 しかしながらこうなっては仕方ない。遠藤は既にある程度は切り替えていた。少なくともマグナスには負けないだろうと思ったからである。


(さて、一番警戒している子は想像通りの乗り方をするのかな。それとも見込み違いかな?)


 どちらだろうか。正直、全社の方が楽しそうである。


「エンドウさあん。ハナまでいくとは思わなかったよ」


 ジャックはドンキホーテの左後ろに控えながら呟く。


 彼は今回のフェブラリーの馬場状態を把握しきれていなかった。わからなかった。では、わかる人の後を追うとしようと考えた。そしてスタートした瞬間、前にいったドンキホーテの姿を見て、その後ろに控えることを決断した。同時にヨーロレイより前でなければならないとも判断しており、その結果、ドンキホーテから二番手という位置で競馬をすることになったのである。


 ジャック・クラウザー、彼は日本ダービーの人々の歓声に感動し、日本で活動することを決め、トップジョッキーの一人まで上り詰めた。そんな彼の強みは一瞬、一瞬の判断と選択の速さと決断力、ポジション取りの上手さである。


(うーんドンキホーテいい馬ですね。この馬だと、勝負するにはこの馬の力だけでは難しそうでぇす)


 ドンキホーテを見ながらそう思う。恐らくG1においての勝ち負けレベルの馬であろう。しかしマグナスはそれだけの強さを持っているとは言い難かった。


(しかしながら求められるのは結果でぇす。ならば少しでも順位を上げなければなりません)


 ジャックの中でほぼほぼ方針は定まった。


「まずい、マグナスの後ろになるなんて」


 ヨーロレイの鞍上の乾はそう呟く。しかしながらこうなっては仕方ない。現状、予想外ばかりではあるものの、力を出し切るしかない。


「最後の直線で勝負だ」


『ドンキホーテ先頭のまま各馬、1000mを超えて、これはミドルペース。後方勢にもチャンスはあるぞ。さあ、最終コーナーを超えて長い直線。各馬仕掛けていきます』


「よしここから一気にいく」


 最終コーナーを曲がる少し左に膨れたが許容範囲内であった。鞭を振るう乾。その瞬間、開いた内側へ突っ込んでいく馬がいた。スコールナイトがインを突いた。


『直線をかけていく。依然としてドンキホーテが先頭、マグナス競りかける。しかし譲らない遠藤、ドンキホーテ。後方勢苦しいかヨーロレイ外から上がっていく。インを突いて伸びて来るのはスコールナイト。スコールナイトが馬場の悪い内を見る見るうちに伸びていく』


「やっぱ来たね。一部以外は想像通り」


 遠藤は自分のイメージ通りに進んでいることに喜びを見出すものの、


「勝ちたいねぇ。でも今回は難しそうだ……でも勝ちたい、そうだろうドンキホーテ」


 一部のイメージ違いによってスコールナイトの勢いを削げないだろうと考えながらも遠藤はドンキホーテへ鞭を振るう。ドンキホーテは勝つことを望んでいるのだから。


『200mを超え、先頭を走るはドンキホーテ、スコールナイトが並ぶ。マグナスは三番手。ヨーロレイは厳しい。三着までいけるか。もうこれはドンキホーテとスコールナイトのマッチレースだ。どちらにしても荒れるぞ。ドンキホーテ譲らない。しかしスコールナイト猛追、猛追。残り100、これは凄い両馬の強さが際立っている。残り50。ここまで譲らないかドンキホーテ、だがスコールナイトの勢いは止まっていない。今、二頭がゴールイン。僅かに、僅かに内だ。スコールナイト勝ちました。悪天候なんのその雪舞う中での決戦を制し鞍上雨川と共にスコールナイトG1初勝利だ』









「ええ、まだわからなすぎないっすか」


少なくとも映像では二頭同着さえあるぐらいに見えた高坂であったが、安西は


「内だよ。僅かにな。実況もよく断言したもんんだ」


 確信しながらそう言った。ビデオ判定となるが。4センチ差でスコールナイトの方が前であった。


「すごいレースでした。あれほどドンキホーテが粘るとは、あれほど強いとは……」


「本当っす。馬券は外したっすけどいいレース見れたっす」


 二人が興奮しながら言う中、安西は含み笑いを浮かべる。


「どうやら馬券を当てたのは俺だけのようだな」


「えっバックスクラッチャー、見せ場なく10着っすよ」


「ええい、悲しいことを覚え出せるな。事前に言っていただろう。スコールナイトが対抗だって」


「確かに……言ってましたね」


「ふふん。見た前諸君」


 安西はスマホを見せる。


「対抗単勝を買っていたのだよ」


「おお、凄いっす。じゃあ先輩奢ってください」


 高坂の言葉に安西は目をそらす。


「スコールナイトの単勝オッズは25倍。これに500円入れていたんだ。だからその、馬券を買った分が戻ってきただけなんです……許してくれ」


「ええ、奢ってくれないんですか。嘘つきっす」


「うるせぇ、当てれなかったくせに」


「まあまあそこまでにしましょう」


 三人はやいやい騒ぎ始め、その後、カラオケ店員に怒られた。









 東京競馬場が歓声で揺れる。雨川はそんな雪舞う中で熱気を纏っているそんな光景に感慨深そうに見つめる。初めてのG1勝利であったこともあるだろうが、こんな雨男の勝利を喜ぶ声があることが嬉しかった。


「雨川君、おめでとう」


 遠藤が近づきながら称えた。


「ありがとうございます」


「ジャック君にお礼を言っときなよ」


 そう言って、遠藤はドンキホーテと共に去っていった。


「怖い人だ」


 先ほどのジャック騎手にお礼を言っとくよう言ったのは、恐らく遠藤のレースプレンに内を閉めることも含まれていたのだろう。つまりスコールナイトがイン突きをしてくると確信していたのである。しかしジャック鞍上のマグナスの位置がそれを許さなかった。


「つまり、ヨーロレイが左に膨れる癖も、私たちのレースプランも全部読み切っていたわけだ。怖い人だよ全く」


 そんな怖い人が相手であっても予想外のことが一個あれば、覆すことができる。


「これが競馬ってことなのだろう」


 雨川は口取りのためにスコールナイトを促して動き出した。


「ドンキホーテよく頑張ったね」


 ドンキホーテから降りて、遠藤はドンキホーテを労う。


「次、縁あったら次は勝とうぜ」


 





『凄かった』


『あんなにドンキホーテって強かったんだなあ』


『鞍上って大事』


『やったスコールナイトの単勝当たった』


 フェブラリーの一戦を終えてコメントが流れる。


「いいレースだった。確かにドンキホーテ凄かった。しかし雨川も馬群を縫って言ってイン突きだもんなあすげぇよ」


 リーナはそう言って缶ビールを飲む。


『今来たとこ、リーナちゃんは当たったん?』


「ふふ、よくぞ聞いてくれた。私は当てたぞ」


 そう言って彼女は画面に馬券を表示させる。


「三着のマグナスの複勝一点だ」


『おお~』


『一点買いかよ。度胸あるなあ』


 リーナは今回のレースで印を討つのに悩み続け、ドツボに嵌まっていたため、シンプルな馬券に切り替えることにしたのである。


『こんなドヤ顔をしているが、レース終盤まで負けたと思っていた女である』


「ああ、そんなこと言うなんて、きぃ~さやか酒だあ』


 リーナはそう言って再び8杯目の缶ビールを開けた。









「単勝・馬連、馬単とワイドを取れました」


『おめでとうございます』


『流石です』


 セイナは見事、単勝、馬連、馬単、ワイドを取ることに成功していた。


「ドンキホーテにあれほど粘られるとは思いませんでしたが、スコールナイトが頭まで取ってくれて嬉しいです。三連複、三連単までいきたかったですが仕方ないですね」


 セイナはある程度、気持ちよく当てれたが、反省点もあった。


「これからレース回顧を始めます」








 翌日、リーナがパンを加えながら競馬大好きお天気お姉さんこと美衣さんをテレビを見ていると、


『今日は昨日よりも晴れることでしょう。いい洗濯日和です。あと皆さん。聞いて下さい。私、フェブラリー当てたんですよ』


 胸を揺らしながら彼女は笑顔で言う。


『三連複と三連単当てました。やったー』


「あんたが一番当てるんかい」


 その後、天気予報は外して馬券は当てるお姉さんとしてネタにされたという。

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