大阪杯 暴走機関車出発
大阪杯当日
「さあ、大阪杯だ」
桜坂リーナはリスナーたちに話始める。
「今回は暴走機関車と言われたストロングトレインがどこまで強いのかを見るレースになると思うけど、みんな楽しもうね」
『初手、敗北宣言の女』
『馬券買わないの?』
「敗北宣言じゃないでーす。でも固いもんは固そうなんだもん。馬券は買うよ。ストロングトレインは当然として相手はマガノスクリューにするつもり」
リーナからすると馬券的な旨味のあるレースではないと思っているものの、今回の1番人気のストロングトレインは現役屈指の実力のある馬の1頭である。そんな強い馬がどんなレースをするのかは楽しみであった。
『マガノスクリューかあ』
『去勢明け一発目ってやばいよね』
『しかも馬具もつけるって言ってたよね』
『陣営が気性面で一切、マガノスクリューを信じてないからな』
「取り合えず、マガノスクリューはパドック次第だね」
彼女はビールを開けながらそう言ってチャンネルを回した。
「ストロングトレインは問題無し。しっかりと仕上がってるね。佐々木調教師流石だね」
先ず1番人気の馬を確認して、他の馬を見ていく。
「ラブルはうーんやっぱG1となると馬体がこじんまりした感じに写るね。ゴーレンはまあまあ、もっと仕上がると良い気がする……サーベルクイーンああ前走より仕上がっているね。やっぱ叩きだったね。買う必要はある感じ。彼女に勝ったシャングリアは……うーん難しいね。元々チャカチャカするタイプだからチャカチャカしてるのはいいんだけど……判断難しいね私は買いづらいかな」
そこそこ人気している馬たちの評価を下しながらマガノスクリューを見る。
「さて、マガノスクリューはっと……大人しい……めっちゃ大人しい……こんな大人しい馬だっけ?弥生賞勝った時もチャカチャカしてたし、皐月賞なんて厩務員を振り回していたし、その後もダンスするのが当たり前だったのに……目つきもぎらついていたし、今はめっちゃくりくりお目目じゃん……去勢したからってこんなに大人しい感じになる子も珍しくない?」
暴れん坊で知られていたマガノスクリューであったが、パドックでの様子は今までの印象とは違い奇妙なほど落ち着いていた。首を下に降ろし淡々と歩いている様子であった。
「うーん今までのパドックと印象が違い過ぎて判断に迷うけど……」
『馬体は良いよな』
『すげぇ去勢してここまでなるとは』
『実績を知らずに見たら買わないぐらいなんだけど』
かつての暴れん坊の現在のパドックの様子にリスナーたちも困惑していた。
「うーんうーん。うん?」
どう判断したものかと思っているとある馬のパドックの様子に目を奪われた。
「めっちゃ仕上がっている馬がいるじゃん。名前はスメラギスワロー?……前走愛知杯7着……微妙な成績だけど、めっちゃパドックいいじゃん」
『そいつ7歳だぞ』
『でも確かに馬体いいよな。でも成績微妙……2000も初?』
『パドック派の人たちがめっちゃ褒めてはいるね』
パドックでのスメラギスワローは仕上がっていた。馬体のハリは見事としか言いようがなく、力強い歩き方をしていた。
「厩舎は九十九厩舎か。名門ではあるけど、皇さんの馬で鞍上は朱音ちゃんなのね」
『親の七光りの子』
『最近の皇朱音、良い騎乗多くなってるし、七光りじゃないだろ。実力だろ』
『ダート、特に地方は買える。芝はまだまだかなあって印象』
リスナーの間で皇朱音という騎手への印象や評価は色々なようである。
「私は朱音ちゃんはいい騎手だと思うけどなあ……それにいい子だよね。地方でのサイン会とかめっちゃ良かったし」
皇朱音は以前、通販サイトで自分のサインが転売されていると知ると、
「わたくしのサインが高額でやり取りされているとは、まあ嬉しいですがこんな金額を付けなくてもよろしいですのに」
そう言うとSNSにて、
「大井競馬場でサイン会をやります」
と、宣言し大井競馬場で実際にやった。しかも3時間もやった。その後に、
「次は川崎競馬場でやりますわ」
そこでも同じように3時間やり、他の地方競馬場にも出向き、サイン会を行って全ての地方競馬場でのサイン会を行うと通販サイトでの彼女のサインで高額で出品されるものは買われなくなったという。
「因みに私、サイン持ってる」
『俺も持ってる』
『僕も』
『私も』
『みんな持ってて草』
すっかり皇朱音のサインはだいたいの競馬ファンは持っているという状況になっていた。
「騎乗に関してG1レース初っていうこともあってどこまでって言うのはあるけど、別に買えないわけではないでしょう」
リーナは騎手で馬への評価はあまり変えないようにしている。もちろん相性というものがあるためそれにおいて問題があれば、買い方に影響しないわけではないか。
「うーんパドックいいよなあ。そう思った時に買わないって判断は良くないと思うんだよなあ。決めた。スメラギスワローは買う。後は買い方だな……ワイドが一番丸いけど……」
リーナは馬券を組み立て始めた。
パドック前にて騎手が礼をした後、それぞれ騎乗する馬へ向かって行く。
「いい仕上がりですわ」
スメラギスワローに近づいて、皇朱音は厩務員にそう話す。
「ありがとうございます。頑張ってきてください」
そう言って彼女が騎乗するのを手伝う。
「さてと……」
彼女は馬上でストロングトレインを見据える。このレースで最も強く、最も警戒するべき馬。一目見て強い馬なのがわかる。仕上がっているスメラギスワローでもあの馬と対峙してしまえば、劣ると思えるほどであった。
「他の馬たちも」
仕上がっている。これがG1レースなのだと思わせるほどに。騎手たちも気合が入っている。
「この空気感……これがG1レース……」
空気に呑まれそうになる自分を感じる。
「それでも勝つ……そのために私は来たんだ」
お客になるのではなく、このレースでの主役になりに来たのだ。
『さあ、全国の競馬ファンの皆さん』
実況の声が響く。
『多くの観客の皆さまが集まっている阪神競馬場で行われるG1レースが始まろうとしています』
各馬がゲートへ向かって行く。
『このレース最も注目するのは暴走機関車・ストロングトレインです。前走のサウジカップを逃げ切り勝ちをしてからここ大阪杯にやってきました。やはりこのレースでも逃げるのでしょうか?』
実況が解説に振る。
『逃げるでしょうね。常に逃げて勝ってきた馬ですし、上手く逃げ切れなかったレースでは惨敗をしています。鞍上の鬼童良和騎手も下手に抑えたりはしないでしょうね』
『では、このレースは正にストロングトレインのペースに左右されることになると言うことでしょうか』
『その通りです。そして恐らくはハイペースでいくことでしょう。このハイペースで対抗できる馬はサーベルクイーンになるのではないかと考えています』
解説の言葉が流れる中、各馬ゲートへ入っていく。
『さて、全頭ゲートインしました。春の中距離G1レース、大阪杯……スタートしました』
一斉にゲートが開き、全頭一斉にスタートしました。
『全頭綺麗なスタート、先ずハナを切るのはやっぱりストロングトレイン、やっぱりストロングトレインです』
観客が沸く。現役最強の逃げ馬の逃げが見れるのだ。沸かない観客はいなかった。
『その後ろをついていくのはシャンデリア。間が空いてマガノスクリュー……中団にゴーレン、その後ろにラブル、隣にサーベルクイーン。後方勢にスメラギスワロー……』
実況が各馬の隊列を述べていく。
「うん、付いてきてるのは鈴村のシャンデリアかあ?」
ストロングトレインの鞍上・鬼童良和は呟く。
「やれやれ、この馬に付いているということがどういうことか。理解しろよ鈴村」
彼はそう言ってストロングトレインのペースを上げていく。この馬の強さを証明する上で最も最高の形がこれなのである。
「序盤から飛ばしているなあ」
安西がテレビの前でそう呟く。それに合わせ坂井が言う。
「やはりハイペースになるでしょうね。サーベルクイーンは中団ではありますが、後方からも来れるでしょうかね?」
「いやあ、流石に厳しいと思うぞ~」
大阪杯は先行勢有利であり、後方勢がそこまで強いと思っていない安西からすると難しいだろうと思っていた。だからこそ本来後方からの脚質であるサーベルクイーンも中団の位置取りなのであろう。
「でも、スメラギスワローの馬体良かったっすからね。もしかしたらあるかもっすよ」
「まあ、パドックの馬体だけなら一番だったけど、苦しいだろうよ」
高坂の言葉に安西は難しいだろうと思いながらレースを見る。
「隊列に関してシャンデリアが2番手、ちょっかいかけるにしてもついていくのがやっとじゃねぇか。鈴村のやつミスってねぇか?」
「そうですね。しかし早いですねラップ」
坂井が安西の言葉に同意した後、テレビを見る。
『1000mを通過。ラップは……ハイペースです。ハイペースのまま先頭を走りますストロングトレイン』
ストロングトレインはペースを落とすことなく、走っていく。
『まさに暴走機関車ストロングトレイン、スピードをペースを一切緩まずに最終コーナーへおっとここで動いたのはスメラギスワロー鞍上・皇朱音、ここが勝負所と見たか』
ストロングトレインを先頭に各馬、最終コーナーに至っていく。そこで動き始めた馬がいた。スメラギスワローである。
「早いか?」
「後方勢は不利ですから最終直線で仕掛けるには、届くのは難しいですから仕掛けるのはわかりますけどね。しかし、初G1レースでやりますか。皇朱音騎手すごい度胸ですね」
皇朱音は腕を動かして、スメラギスワローのポジションを前へ進めていく。これによって他の後方勢も動き出す。こういうまくりに近い動きがあった時、後ろについていくのは常套手段である。
『スメラギスワロー一気に先団へ至って最終直線へ。未だ先頭はストロングトレイン、シャンデリア脚が上がって後退していく。内でマガノスクリュー、中からゴーレン、ラブルが上がっていく。その後ろにサーベルクイーン。彼ら以上にスメラギスワローぐいぐいと上がっていく』
「外からこっちに迫るやつがいるな……」
鬼童は呟く。シャンデリアでは無いだろう。後ろを向かずにそう断言しつつ何が上がっていくのか。
「まあ誰でもいいさ」
鬼童は鞭を打ち、ストロングトレインへ激を入れる。
「この馬の強さはそう簡単に崩れはしないさ」
例え奇策を出そうと関係は無い。それほどまでの強さを示せば良いのだ。
『ストロングトレイン先頭、ストロングトレイン先頭。迫るスメラギスワロー、ラブル脚が止まる。ゴーレンも苦しい。サーベルクイーンも上がる。内からマガノスクリューが未だ伸びる。しかし、しかしストロングトレイン先頭』
一切、先頭を譲らないストロングトレイン、各馬が迫ってもなお、ストロングトレインは未だ先頭のままゴールへ向かって行っていた。
『やはり強い。ストロングトレイン強い。後方勢を一切寄せ付けない。されど、スメラギスワロー猛追、猛追。ストロングトレインへ迫っていく。皇朱音執念を見せる』
スメラギスワローがストロングトレインの首まで迫る。しかし、
『だが、先頭は最後まで許さず、ストロングトレイン1着。ストロングトレイン1着。暴走機関車は今、高らかに勝利の汽笛を鳴らしながらただいま定刻通り勝利してみせました』
ストロングトレインはスメラギスワローの猛追を受けてなお、先頭を譲ることはなく、勝利した。
「つ、強い。強すぎる」
「マジっす。本当に強いっす」
見ていたサラリーマン3人組は唖然とする。
終始ハイペースで逃げながら一切、先頭を譲らずそのままゴールインしてしまった。とんでもない強さであった。
「2着はスメラギスワロー、3着は内から伸びたマガノスクリューでしたね」
「めっちゃ荒れたなあ。流石にスメラギスワローがハナ差まで迫る2着になるとは思わなかったぜ」
「お嬢様、凄まじい剛腕だったす。あそこまで馬を動かしていけるとは……」
「本当にあそこから仕掛けてよくあそこまでいけましたよ」」
3人は口々にレースへの感想を話していく。因みに3人で馬券を当てた者はいなかった。
「まさかスメラギスワロー2着とは……」
青澤セイナは呟く。この結果は予想外であった。
「まあ3連複は当てましたが、ここまでの結果になるとは思っていなかったです」
彼女はストロングトレインとマガノスクリューの2頭軸の3連複を組んでいたのを当てることができた。
「しゃあ、当てた~」
桜坂リーナは喜ぶ。パドックでの判断でストロングトレインとスメラギスワローのワイドと馬連を買っていた。
「しかしマガノスクリュー、内であんだけ我慢させていけるんだなあ。もはや別馬じゃん。ああ買っとけばよかった」
元雄と買う予定であったマガノスクリューが3着になったことで彼女は少し悔しがった。
歓声が上がる観客席を横目に皇朱音はスメラギスワローと戻っていく。
「次は、次こそは勝ちますわ」
ストロングトレインの強さを思い知りながらも彼女はそう呟いた。