大阪杯に向けて 剛腕お嬢様について
「やっぱストロングトレイン1番人気っすよねぇ」
すっかり馴染みの店になった中華料理屋の『春秋』にて高坂が言った。
「まあな。流石に一番強いだろうしな
「実績もありますし、全く違和感ないです」
「違和感なら2番人気のラブルの方だろ」
「中山記念を圧勝したとは故、あの馬を2番人気にまでしてしまうのはちょっとですね」
安西と坂井の2人はメンバー表を見ながら口々に言っていく。
「俺はストロングトレインを本命にして、マガノスクリュー対抗でいくっす。皐月賞の時、マガノスクリューを応援していたのもあるっすけど、馬体も良くなっている気がするっす」
高坂がそう言うと、安西はビールを飲みながら言った。
「マガノスクリューは去勢明け一発目ってのが無ければ俺も評価したんだが、俺はゴーレンを評価するかな。ちょっと人気しちゃってるが長く走ってきた古豪であり、衰えていないあの瞬発力を評価してる」
続けて坂井が言う。
「スタートが怪しいのがあれですけどね。私はサーベルクイーンですかね。前走ははっきり言って叩きでしたし、シャンデリアに負けて人気落ちるなら美味しいと思うんですよね」
「確かになあ。実績だけならストロングトレインの次ぐらいだからな」
坂井の意見に安西が頷く中、チャーハンを食べながら高坂が言った。
「そう言えば、皇朱音が初G1出走って話題になってるっすね」
「ああ、剛腕お嬢様ね」
「テレビにも出てましたね」
「まあ、あんなゴリゴリのお嬢様が騎手やっているなんて格好のネタだろうしな」
ショートヘアの美貌の持ち主かつ誰に対しても穏やかで礼儀正しい。そして大企業の皇グループの会長・皇孝雄の娘。そんな人が騎手をやっているのだ。話題にならないはずはなく、テレビにも出やすいと言えるだろう。
「あんな礼儀正しいお嬢様が剛腕お嬢様って言われているのなんでなんすか?」
「ああ、お前あのお嬢様のデビュー時とか知らんのか」
高坂の疑問に安西は答える。
「あんな異名を持っている理由を話すにはデビュー時の時を話さないといけないんだが、少し嫌な話もするがいいか?」
「いいっす。逆に楽しそうっす」
「高坂お前なあ。まあいいや。取りあえず皇朱音は雨川とかと同期で5年前にデビューした。そしてデビューした後にすぐに親父さんつまり皇グループ会長の馬に乗せてもらったんだよなあ」
「つまり親の所有馬にすぐに乗せてもらっていたんすね。それだけ上手かったんですかね?」
高坂が首を傾げると
「逆ですね。正直、デビュー時は全然でしたよ。逆に同期の山村騎手とか雨川騎手とか同じ女性騎手の市川薫騎手とかの方が上手かった印象でしたね」
「そうそう、後は秋津弥太郎とかも地味だが上手かった印象がある。てか、よくよく考えるとこの世代、段々いい馬に乗せてもらってきていることもあって優秀じゃね?」
皇朱音の同期たちも若くして勝ち星を挙げていったこともあり、優秀な世代であった。
「ええそうです。優秀な同期たちを尻目に所属厩舎は名門の九十九厩舎でしたし、乗せてもらう馬も多かった。そのため批難されたんですよね」
「批難されていたんすか?」
高坂が驚くように言う中、安西が続ける。
「特に標的にされていたというか嫌われていたな」
「親の七光りがとか、親のコネだけのやつとか。色々と批難されていましたね。批難された理由はわからなくはないですが、中々に酷かったですよ」
「全く酷かったもんだぜ。九十九調教師も批難されていたからなあ」
「へぇそんな状態だったんですねぇ」
新人時代から批難されていたとなると、中々に辛かっただろうと高坂は皇朱音に同情した。
「それでもお嬢様は乗り続けた。やがて他の馬主さんの馬とか、クラブ馬にも乗るようになった」
「これで騎乗が上手かったらまだよかったですが、2年間ぐらいは中々上達した感じはなかったですね」
「だから批難も強くなったんだがな……だが、そんなお嬢様もある頃から評価されるようになっていた」
安西はビールをぐっと飲んでから言った。
「評価された場所が少し面白くてな。地方競馬で評価されるようになったんだ」
「地方っすか?」
「そうだ。結構、地方ファンからの評価高いんだぜあのお嬢様」
「へぇ」
高坂は案外変わったところから評価されるようになったんだなあと思った。坂井が付け加える。
「地方で乗るようになってから彼女は評価されるようになりました。地方での重賞レースで人気薄をよく連れて来ると評価されていきましてね」
「俺も馬券でお世話になったことあるぜ。まあその頃辺りで乗り方も少し変わった。最初は結構、オーソドックスな乗り方だったんだが、めっちゃ手を動かしてズブい馬を動かす剛腕スタイルになっていったんだ」
「確かに皇朱音騎手ってめっちゃ手を動かすっすよね。ズブそうな馬を馬券内に突っ込ませていくっす」
華奢な体から思えないほどに力強く追う姿は初めて見た時、高坂も凄いと思ったものである。
「そうそう。それでな確か……門別のブリーダーズゴールドカップだったかな。そこでスメラギスマッシュという馬に乗っていたんだ。今でも走っているぜ」
「今、9歳ですっけ?」
「9歳で走ってるんすか」
「昔は16歳ぐらいまで走っていたやついたぞ。まあそれよりもその時は7歳の時だな。まあこのスメラギスマッシュめっちゃズブくてな。そんな馬をお嬢様は見事1着に持って行ったんだ。中央の馬なのに8番人気という低人気だったこともあってめっちゃ荒れたレースだっだぜ」
「確か同期の中で一番最初の重賞制覇じゃなかったですかね?」
「そうだったな。同期の中で1番勝ち星に恵まれなかったのが重賞に勝ったんだ。結構、歓声も挙がっていたよ」
安西は目を細めながら言った。
「その時の彼女の姿をよく覚えている。めっちゃ砂埃と泥まみれでな。めっちゃズブい馬を華奢な体つきの女性騎手が己の剛腕さで連れてきた。そんな彼女の姿に歓声が上がっていた。そして歓声を上げる観客席を前にお嬢様は馬上で丁寧に顔を下げていたんだ。そこからかな地方ファンを始め、評価されていくようになったんだよなあ」
「なんというか。元々絵になる人だったこともあり、今では人気騎手の一人になりましたよね」
「色々テレビ受けもしやすいからメディアも取り上げてくれるしな」
安西も坂井も皇朱音への好感度は高いようであった。そのため高坂は聞いて見ることにした。
「先輩たちも評価しているんすね。じゃあ大阪杯に乗るスメラギスワローどうすかね」
「いやあ、厳しいだろ」
「厳しいと思いますね」
「ちょっとローテと馬体がなあ」
「後方脚質ですしねぇ」
2人の様子にあははと思いながら高坂はビールを飲むことにした。