中山金杯 雨男登場
「やあ、みんな明けましておめでとう。天気も晴れ。絶好の金杯日和だあ」
画面の中、ピンクの髪の女の子が体を揺らしながら笑っている。
彼女の名前は『桜坂リーナ』という名前で『ドリームズ』という事務所所属のVtuberをやっている。ゲーム配信や歌ってみた、踊ってみたといった幅広い活動を行っている彼女であるが、最も有名な配信活動が競馬実況であった。
『ドリームズ』はアイドル活動を行う女性Vtuberが多い中、競馬実況を活動初期から始め、土日の第1レースから実況を行い、馬券を買い勝ったり負けたりしている姿、予想する姿から独自のファンを獲得していた。
「いやあ去年は有馬記念で真紅の皇帝・バルバロッサの勝利、最高だったねぇ」
真紅の皇帝・バルバロッサはグロッグという大種牡馬を父に持ち、母はマリアンヌというオークス、ジャパンカップ連覇を果たした良血の産駒で、赤いメンコをつけた馬の名前である。昨年、無敗で皐月、日本ダービー、菊花賞の三冠を達成し、有馬記念であっても古馬の強豪たちを退けて見せた現在の日本競馬において最も強いと言われている馬である。
『強かったねぇ』
『2着のワルツを始め、有馬記念に集まったメンバー強かったのに買ったからなあ』
リスナーたちが神桜美緒の言葉に答えるようにコメントを残していく。
「そうそう、有馬記念のあのメンバーを打ち破ったからね。バルバロッサならきっと凱旋門も取れるよ」
『ちょっと他の3歳勢、いや今は4歳勢が弱そうだったのが気になったけど、あの有馬記念の勝利で、バルバロッサの強さは本物だと思ったよ』
(それが少し心配ではあったよね)
リスナーのコメントにそのようなものがあったのを見て、リーナは内心、そう呟いた。
バルバロッサの三冠レースで戦った同世代は如何せん多世代の馬たちに勝利したものが少なかったため、世代レベルにおいて疑問視されていた。個人的には世代のレベルというものは世代間で比べるには色んな馬の成長力の差があることもあり、難しいと思うのだが、それでもうーんと思う馬が多かったのは事実であった。
「でも、オークスを勝ったリナリアはオークスの後、骨折しちゃったから走ってないしね。まあその子以外の馬たちが今んところ勝ててないんだけどね……」
後に「不屈のシンデレラ」と呼ばれることになるリナリアはデビュー戦から牝馬ナンバーワンと評されるほどの有力馬であったが、無敗で阪神JFを勝利した後、骨折してしまいオークスへ直行。流石にこの期間の長さによる直行では難しいという理由でオークスでは5番人気であったが、最後の直線で馬群をぬるぬると抜けていくと、5馬身差をつけて圧勝してみせた。しかしその後に骨折したことが発表されて今でも復帰不明という状態である。
「リナリアは強いよ。あの子は本物でしょう。まあ骨折してここまで復帰しないなら引退して繁殖入りするんじゃないかなあ?」
桜坂リーナの言葉にリスナーたちが色々なコメントを残していく。それを尻目に彼女は、
「さて、今日は中山金杯と京都金杯だからね。金杯を当てて今年一年の吉兆を占うとしよう」
彼女はそう言って第一レースからリスナーたちとわいわい言いながら馬券の予想を始めていった。
時間が経ち。
「京都金杯のパドック見たけど、あまり予想は変えなくていいかなあ。さあ、次は中山金杯のパドック見るか」
京都金杯での馬券購入を完了した彼女は中山金杯のパドックをチェックを行う。
「1番人気のラブルだけど、うーんここ三戦の成績はいいけど、距離2000は初で、かつ初重賞で走れるかしらね。2番人気のロロノア相変わらず、気性悪いわね。ダンスしちゃってるんじゃん。3番人気は、ああクロポンかあ。ちょっと7歳で衰えているように見えるわねぇ」
『ラブルは鞍上のジャック騎手人気でしょう。トップクラスに上手い騎手だけどね』
『ロロノアってあの気性でスタートはいいんだよなあ。強さ含めて信頼できるでしょ。俺はそれよりも鞍上の鈴村の方が心配なんだけど、ロロノアと初コンビだろ?』
『クロポンは単勝万馬券取らせてくれたから応援する』
リスナーたちのコメントを見ながら、パドックの映像で14番、スコールナイトが映ったところで、解説の声が聞こえる中、
『ここで騎手変更のお知らせです。14番スコールナイトは若林隼人騎手から雨川洋一騎手に変更となりました』
というお知らせが出た。
「若林騎手、10レースで落馬していたもんなあ。大丈夫かな?」
『スコールナイトに雨川乗るんかあ』
『5年目の騎手よねぇ。なんかあまり印象無いわ』
『いやいや印象濃いだろう。昨年の雨川のレース見てないんか?』
『やーい情弱ー』
『はぁ?(怒)』
「コメント内で会話しないでくださーい」
リーナがコメント欄で会話しようとするリスナーたちを咎めながら雨川騎手に関して頭を巡らす。
雨川洋一騎手は五年目の騎手である。この騎手に関して印象深いというか。ある意味、有名な騎手であった。有名な理由は彼が雨男なことである。
先ず彼のデビュー戦は一日中雨であったという。等の本人は見事勝利したものの、その日のメインレースは雨の馬場であったことから大波乱の結果となった。この波乱の結果に頭を抱えたことを覚えている。
次にあるG2のレースでは彼が出てきた途端に雨が降り出したという。因みにそのレースで彼は初重賞制覇を成し遂げた。
昨年の安田記念に至っては彼がパドックに現れた瞬間に大雨となり、大嵐まで巻き起こり、とんでもない暴風の中、レースが行われた。因みに波乱の結果になると思われたが、2番人気であった暴走機関車・ストロングトレインの圧勝に終わっており馬券的にはそこまで荒れなかったという。この時もリーナは頭を抱えた。
同年の阪神Cでは雨ではなくその日、霧が発生し、レースが全然見れないという珍事まで起きている。アナウンサーの「馬も騎手も全て見えません」という言葉は今でも競馬民に擦られている。
雨川を見たらその日は雨と思えという言葉が競馬民の間で話されるようになったのである。
「まあ、今日は珍しく良い天気だけどね」
常に雨川がいる日が雨になるわけではない。
『でもそれってメインレースに出ない時の話だし』
『いやあこの天気から雨になるわけないって』
『そう言って何度も雨が降ったんだよなあ(遠い目)』
『昨年の阪神Cは霧だけだったから(震え声)』
ある種、オカルト的な恐怖を覚えられている雨川騎手であった。
「まあまあ雨川騎手は置いといて、スコールナイトって、確かダート馬だったよね?」
『ダート走っていたね。ユニコーンステークス二着ぐらいで重賞ではあまり活躍してないけど』
「そうそう、その後、オープン戦でこつこつ賞金稼いで出てきたってわけだよね。でも急に芝で出て来るとはなあ」
スコールナイトの人気は14番人気、低評価である。ここまでダートばかりを走っていた5歳馬ということで誰もが疑ってかかっていた。
「ダート馬の割には小型だし、なんか前脚より後ろ脚のが長いのが気になるんだよね」
リーナにとってあまりピンとくる馬体ではなかった。
『ねぇ雲が来てない?』
コメント欄ににそのような言葉が流れた。
リーナはそれを見て瞠目し、パドックを見る。すると騎手たちが空を見上げ、苦笑する姿が見えた。雨が降り出したのである。
「嘘でしょ……」
何度も見てきた。何度もこの光景は見てきたものの信じられない。雨川騎手がいるだけで本当に雨になるのだ。
『さあ、楽しい雨の金杯だあ』
『いやああああああ』
『おい、馬券もう買ったんだが……』
『まだ馬たちが見えるぐらいだな。ヨシ』
『草生える』
リーナはため息をつく。こうなっては仕方ない。雨での予想をするだけである。
「私の本命は4番人気・ニンジャマンで行く。この子、雨川騎手が乗って雨の中、結果出したこともあるこういう微妙な馬場での成績がいいわ。対抗はロロノア辺りに。ああいう気性難は雨だと落ち着くことあるのよね。気性以外は力あるから馬券内に来てくれるでしょう」
彼女は馬券購入を行っていった。
『さあ今年の中山金杯は突然の雨模様。今年の競馬界は暗雲の1年となるのでしょうか。各馬ゲートに入っていきます』
実況のアナウンサーの声が聞こえる。
『相変わらず、ゲート入るの遅いよなロロノア』
『でも、スタートはいいからなあ』
『結構、ゲート入るの遅い馬ってスタートいいよね』
コメントが流れるのを尻目にゲート前でいやいやしていたロロノアも入り、全馬ゲートに入った。
『さあ、中山金杯……スタートしました。おおっとロロノア出遅れです。少し立ち上がったか』
リーナはスタートの瞬間、天を仰ぎ、コメント欄では草の文字が大量に流れ出す。
『逃げ馬ロロノアの出遅れにより、代わりにハナを切ったのは、クロポンです。古豪クロポンがハナを取りました。その後に7番……、その隣に13番……」
実況が隊列を呼びあげる。ハナを切ったのは3番人気のクロポン。彼がレースの主導権を握り、そこから5番手に1番人気ラブル、その後ろ6番手にニンジャマン、9番手に出遅れて必死にポジション取りをする鞍上鈴村のロロノア、12番手にスコールナイトという隊列で1000mを超えた。
『1000m時点ではミドルペース。順調にリズムを刻んで、久々の勝利へクロポンであります』
「うーん予想していなかった隊列だし、あまりいいペースじゃないなあ」
『鈴村、焦っているのがわかり過ぎだぞ。あれじゃ持たねぇだろ』
『ロロノアは今までハナかよくて2番手でしか走ってない馬だからなあ。焦るのも仕方なくね?』
『ニンジャマンの鞍上の淀川騎手、上手くジャック騎手の後ろについている。いいねぇ』
コメントがやいやい言う中、最後の直線に至ろうとしていた。
『さあ、最後の直線。中山の急坂が待っている。戦闘はクロポン粘ります。1番人気ラブル迫る。その後ろニンジャマンも上がっていく。クロポン苦しいか。おっとラブル脚が鈍る。ロロノア、内から上がっていく。捕らえられるか』
「いやあああああ」
リーナが叫ぶ。先頭のクロポンを捕らえようとしていたラブルの脚が鈍ったことでニンジャマンはラブルが壁になってしまい、脚が鈍ってしまった。
『ラブル伸びないか。クロポン依然として粘る。内からロロノア脚を伸ばすが苦しいか。おおっと大外から凄まじい末脚で迫る馬がいるぞ」
実況の言葉にリーナは視線を移す。そして14番ゼッケンが見えた。
『スコールナイトだ。14番スコールナイトがやってきた。クロポンに迫る。迫る。捕らえるというのか。捕らえるというのか。捕らえた。捕らえた。そのままゴールイン。勝ったのはスコールナイトです。雨の中山金杯を制したのは雨男・雨川に導かれたスコールナイトです。低人気を覆して見せたぞ。2着はクロポン。3着はロロノアです』
「嘘でしょ~」
リーナは肩を落とす。
『ロロノアあんな競馬して3着まで届くんかい』
『クロポン、よく頑張った。感動した。でもスコールナイトは買ってないよー』
『やっぱ雨なら雨川なんだよなあ(馬券は外れました)』
『ラブル切っていたのは正しかったんだけど、スコールナイト頭は買えんって』
『因みにロロノアとスコールナイトのワイド取りました。神様、仏様、雨の雨川様よ』
リスナーたちのコメントを眺めながらリーナはため息をつくと、缶ビールを取り出し飲みだす。
「はあ、くっそ負けた負けた。やってられるか酒だ。酒を飲みます」
『まーたリーナちゃん。負けてるよ』
『土日に競馬をやり、酒を飲む。これがアイドルの姿だというのか』
『俺たちの推しの姿じゃないか。愛そうじゃないか』
「リスナーども、好き勝手言いやがって次は君たちもアッと驚く馬券当ててやるからなあ」
缶ビールをぐびぐび飲みながら彼女はリスナーたちとレース回顧を行っていった。
翌日、
「頭痛い。飲み過ぎたあ」
リーナはボサボサの髪をそのままにしながらエゴサをしながら競馬の情報を見る。そして各馬の次走報を見て、眉をひそめた。
「スコールナイト、次走フェブラリーS、しかも鞍上は雨川騎手。マジか、つまり雨を考慮しなくちゃいけないってこと?嫌だなあ」
彼女は今年初めてのG1レースの暗雲を感じた。