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短編集

落ちていた眉毛

作者: 汐見かわ

 

 デスクに眉毛が落ちていた。

 出勤をし、自分のデスクに向き合った時、キーボードの手前に眉毛が落ちていたのだ。

 毛先に向けてなだらかなカーブを描いた女性の眉毛と思われる形。そして片方のみ。

 なぜ、これが自分のデスクの上に? 見当たらないもう片方の眉毛は顔についているのだろうか。いや、そもそもこれは眉毛ではなく、長い一本のホコリなのではないか? まじまじと観察をすると、何やらセロハンテープのような透明なシートに眉毛が貼りついているようだった。ホコリではない。

 パーティーグッズか何かだろうか。そのわりには何の面白味もない綺麗に整ったごくごく普通の眉の形だった。


「おはようございます」

「ああ、お、おはよう……」


 突然、部下の女性に挨拶をされ不自然に声がうわずってしまった。デスクに置かれた眉毛はキーボードの下にとっさに隠した。

 なぜ、片方の眉毛が私のデスクの上に? まさか私のデスクで誰かが化粧でもしていたのだろうか。失礼な輩もいるものだ。それに後片付けくらいしたらどうだ。

 なぜ私のデスクの上に落ちているのか。意味がまるで繋がらない出来事に多少腹が立ったものの、業務に忙殺され午前中には眉毛のことはすっかり忘れていたのであった。


 業務の落ち着いた遅い午後の時間。私はようやく軽めの昼食をとっていた。休憩室には同じような人が数人。

 何を考えるわけでもなくぼんやりと窓から外の景色を見ていると、窓際の席に若い女性が一人座っているのに気が付いた。テーブルには弁当箱のような四角い容器が置かれている。女性はおもむろに自分の額からベリと何かを剥がすと、容器の中に入れた。

 額から剥がした物は眉毛ではないだろうか? 今朝、デスクの上に置かれていた片方の眉毛を思い出した。女性の剥がした物を確認しようと、私は窓際近くの自動販売機の前に行き缶コーヒーを購入した。ガタンと勢い良く取り出し口に落ちたコーヒーを手に取ると、すぐ後ろの席にいる女性に振り返った。

 女性は今まで見たことのない顔だった。一緒に仕事をしたことのない人なのだろう。そして、片方の眉毛だけ薄い。左右でアンバランスな眉毛。

 額から剥がしたのはやはり眉毛なのだろう。手元にある四角い容器には確かに眉毛が入っていた。ゆるいアーチを描いたシール状の眉毛で、私のデスクの上にあった物と完全に一致した。

 不思議だったのは容器にはなぜか水が張られ、その中に眉毛が浸されていたことだ。

 窓の外を眺めるふりをしながらしばらく女性を眺めていると、容器の中の眉毛がふっくらと丸みを帯びてきた。

 人の小指程の大きさになった眉毛は、容器の中でくねくねと動き始めた。濃い茶色をした毛虫のような生き物が容器の中でアルファベットのCの形になったり、丸になったりと忙しなく動いている。


「何ですかそれ?」


 見たことのない光景に思わず声が漏れていた。

 女性は顔を上げるとじっと黙っていた。この話かけてきた人物は誰だと、怪訝そうな顔をしている。しかし女性の眉毛は片方だけがやたらと薄くなっており、とても間抜けな顔だった。


「ペットですけど……」


 ペット? 何を言っているのだろうこの人は。

 容器の中からは毛虫のような生き物が外に這い出ようとしている。

 女性はこれ以上は何も話すことはないと、手元のスマホをいじり、空いた方の手で容器から体の半分を出していた毛虫を水の中に戻した。容器に戻された毛虫は水の中でびちびちと動いている。

 試しに自分のスマホで「眉毛、ペット」と検索してみると


『新感覚! 身に付けるペット。ゲジラ』


 と、画像と共に検索の一番上に表示された。画像は明るい茶、濃い茶色、灰色の三色展開の毛虫と、毛虫を手のひらに置きにっこりと笑っている人気男性アイドルの広告。

 そんなバカなと、ホームページにざっと目を通す。 その毛虫は乾燥させると細く薄く小さくなり、冬眠をした状態になるらしい。水につけると元通りになる半永久的に生きられる生物でペットとして可愛がることも、眉毛としても身に付けることができるのだそうだ。定価3,600円。

 こんなものが世の中に流通していたとは……

 手元のスマホから視線を女性に向けると彼女は片方だけ眉毛が薄い状態で、容器の中の毛虫をつついて遊んでいた。


 さっそく自分のデスクへ戻った私は、キーボードの下に置いたままにしておいたシール状の眉毛を缶コーヒーの中に入れてみた。缶の中には水道水を入れてある。

 眉毛が本当に生き物になるのかと半信半疑だったのだ。

 しばらくすると、缶の中からはびたんびたんと何かが缶にぶつかる小さな音がしてきた。やはり置いてあった眉毛は身につけるペットだったのだ。

 私は膨らんだ毛虫の姿を確認しようと、缶の中を覗いた。すると突然黒い物が缶の中から飛び出して顔に張り付いた。


「うわぁ!」


 驚きのあまり椅子ごと後ろにのけ反り、大きく倒れた。床に頭をぶつけ、私の意識は朦朧とした。人が駆け寄る気配がして視界は次第に暗くなっていった。


 男が倒れた首元から一匹の毛虫が這い出てきた。毛虫は誰にも気付かれずに体を波打たせ、床を進み、人の足をすり抜け廊下に出た。

 廊下には部屋の中を覗くようにして立っていた女がいた。毛虫は女の足元まで進むとそこでぴたりと止まった。

 目の前に大きな手が伸びてきて、毛虫は疑いもせずに手のひらの上に進んだ。


「あいつ、打ちどころ悪くて死んだかな? ありがとうね」


 女は片方の眉毛がやたらと薄く、手のひらには2匹の毛虫が乗っていた。女が毛虫を指でつつくと、毛虫は喜ぶように身をくねらせていた。




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(2021年9月作成)

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