その50の2
「そんな危険なスパイが
クラスで孤立している女生徒を
わざわざ助けたりするものですか?」
「相手に取り入る必要が有るならそうするさ。
なあ? ルイーズ=レオハルト皇女殿下」
「私に取り入って、
何か良い事でもありましたか?
あなたは私と関わったことで、
クラスから孤立し、色眼鏡で見られることになった。
スパイとしての情報収集には
妨げしか無かったように思われるのですが?」
「それは……」
「私のことがそんなに信用できませんか?
私はカイムさんから
いくつもの恩をいただいています。
それにメガネも。
そんな私がカイムさんの正体を言いふらすだなんて、
本当にそんなふうに思われているのですか?
カイムさんにとっての私は、
その程度の安い女なのですか?
……カイムさん。
これで終わりだなんて、私は嫌です」
「ルイーズ……。
俺は個人としてはおまえを信じたい。
けど……俺は組織の歯車なんだ。
俺の意思だけで勝手なことをするわけにはいかない」
「組織……ですか。なるほど……。
確認させていただきますが、
今カイムさんが従事している任務は
クリューズやエスターラに
危険をもたらすものでは無いのですよね?」
「そうだけど……?」
「試してみたい事が有るので、
数日待っていただけませんか?
姿を消すのはそれまで待っていてください」
「……わかった」
カイムが頷くと、ルイーズはベッドの上から姿を消した。
居心地の悪さを感じながら、カイムはいつもどおりの生活を再開した。
食事、ジムへの連絡、お風呂などを済まし、おとなしく就寝することになった。
「おやすみ。カゲトラ」
「んみゃ」
その日、カイムはカゲトラと一緒のベッドで眠った。
そして夢を見た。
何度も見た夢だ。
何も無い白い空間で、隻腕の女性がカイムを見下ろしていた。
顔が近い。
膝枕の距離だ。
女性が口を開いた。
「すべてはアガスティアさまの御降臨のために」
アガスティア。
夢のたびに女性が口にする言葉の意味を、今日までカイムは知らなかった。
今ならわかる。
アガスティアとは、ソフィアの使徒が崇拝する何かだ。
「……あんたは、ソフィアの使徒だったのか」
ソフィアの使徒は邪教だ。
そう言われている。
捜し求めていた人たちの片割れが、邪教徒なのかもしれない。
そう考えるカイムの心中は、複雑だった。
「なあ、あんたはいったい俺の何なんだ?」
しょせんこれは夢だ。
女性が何かを答えたとしても、それはカイムの想像の産物に過ぎないのだろう。
それがわかっていても、カイムは尋ねずにはいられなかった。
いつもと同じように、女性は何も答えなかった。
やがてパッと場面が入れ替わった。
泣き顔の小さな女の子が、カイムの顔を覗き込んでいた。
「おにいちゃん! おにいちゃん……!」
少女は必死にカイムを呼んでいた。
「うん……。俺はだいじょうぶ……。
だから……そんなふうに泣かないでくれ……」
カイムは女の子の涙を拭いてあげたかった。
だがなぜか、指の一本すら動かすことはできない。
……やがて目が覚めた。
既に早朝の時刻だった。
カイムはベッドの上で体を起こした。
隣ではカゲトラが気持ち良さそうに眠っていた。
その艶やかな毛並みに手を這わせながら、カイムは思った。
(見つけないと……。
生きてるのかどうかもわからないけど、
もし生きてるのなら、会って伝えたい。
俺はこうして元気にしてるってことを。
けど、普通のやり方じゃ、見つけるのは難しい。
だから成り上がる必要が有るんだ。
成果を上げて、『占い師』との面会許可を得る。
名高い占い師の力なら、
きっとあの子も見つけられるはずなんだから)




