その50の1「皇女とスパイ」
「あのさ、ケンカするんだったら俺は帰るけど」
「えっ? ケンカなんてしないよ。
そうだよね? レオハルトさん」
「そうですね」
「それじゃあこのまま五人で遊びに行くか。良いよな?」
「……構わないよ」
「……そうですね」
カイム、ルイーズ、ジュリエット、ナスターシャ、そしてカゲトラで街を回ることになった。
ジュリエットは最初、ルイーズを警戒するような態度を見せていた。
だが労力の無駄だと思い始めたようで、カイムと楽しむことを優先させはじめた。
すぐに夕方になったので、一行は猫車のりばへと向かった。
カイムたちは猫車に乗り込んだが、ルイーズは車の外で立ち止まった。
「レオハルトさん?」
ルイーズの習慣を知らないジュリエットは、ふしぎそうにルイーズを見た。
「私はこれで失礼させていただきます」
ルイーズはそう言うと、ふっと姿を消してしまった。
「消えた……」
ジュリエットは、ルイーズが転移魔術を使えることは知らなかったようだ。
仄かな驚きがこもった瞳で、ルイーズが立っていた場所を見ていた。
だが。
「まあ、レオハルトさんなら転移魔術くらい使えるよね」
それで納得して、猫車の座席へと歩いて行った。
ジュリエットが着席すると、カイムは彼女の隣に座った。
「ねえ、カイム」
「んー?」
「デートっていうのは女の子にとって
大切なものなんだからね?
今日はレオハルトさんが哀れだったから、
仕方なく混ぜてあげたけどさ、
そう簡単に予定を変えて良いようなものじゃないんだよ?
分かってるのかな?」
「悪かったな」
「また今度、埋め合わせはしてもらうからね」
「ん」
学校に向かって猫車が出発した。
やがて猫は、学校ののりばにたどり着いた。
そこで車を乗り換えて、カイムは寮へと向かった。
猫車はすぐに、冒険科の男子寮へとたどり着いた。
「またね」
「ああ。また」
寮の近くののりばで、カイムは車から下りた。
カゲトラもそれに続いた。
猫車はジュリエットとナスターシャを乗せて走り去っていった。
寮に入ったカイムは、カゲトラと自室に向かった。
(さて……。この部屋とも今日でお別れかな)
カイムは腰を落ち着けることも無く、ポケットから遠話箱を取り出した。
(ストロングさんに撤収の手配をしてもらうか)
スパイだとバレた以上、もうこの学校には居られない。
カイムがそう思い、ジムに遠話をかけようとしたそのとき。
「行かないでくださいよ」
少女の声が聞こえた。
「みゃっ!?」
カゲトラが驚きの声を上げた。
声の方を見ると、ベッドにルイーズが腰かけているのが見えた。
「おいおい。ここは男子寮だぜ?
ふしだらだな。皇女さま」
「バレなきゃ良いんですよ。スパイと同じです」
「なるほど……。だけど、俺はバレちまった」
「私だけです。
あなたの正体を知っているのは、私だけ。
私さえ話さなければ、
あなたは今まで通りの暮らしを続けることが可能です」
「おまえが俺のことを話さないっていう保証が無い」
「ここはエスターラです。
クリューズ皇女である私には
エスターラに居るスパイを積極的に告発する理由がありません」
「おいおい。
クリューズとエスターラは友好国だろ?」
「それを言うなら、
ハーストとエスターラも友好国のはずですが」
「そりゃそうだけど……。
俺が危険なスパイだったらどうするんだよ?
俺がエスターラに対して行った破壊工作が、
クリューズにまで損害を与えるかもしれないんだぞ?」
「スパイの多くはそう危険な存在ではない。
ただ他国で得た情報を、
自国へと伝達するだけの連絡員。
そう聞いています」
「危険じゃないスパイは
大魔獣なんか連れてねえんだよ。
俺は戦闘特化のエージェントで、
命令があれば人だって殺す。
そういう存在なんだ」