その43の1「ルイーズと誘い」
「それは……。
俺なんかにはさ、ルイーズは、ほら、恐れ多くて」
「恐れ多い……ですか。
カイムさんですらそう思うのであれば、
私に愛を囁いてくれる方など
一生あらわれないのかもしれませんね」
「ルイーズ……」
そんなことは無いと言いたかった。
だが、カイムがそれを声に出すことは無かった。
カイムは何も言えないまま、猫車の中で立ちつくした。
すぐに猫車のドアが閉まった。
のりばにルイーズを残して、猫車はみゃーみゃーと走り去っていった。
(ごめんルイーズ。俺はスパイだ……。
俺たちは、国を守るために働いてる。
誇り高い仕事だ。
そう思ってる。
けどそのために人を騙してるのも事実だ。
平和を守る悪魔。
そんな歪んだ存在なんだ。俺は。
そんな俺が、
皇女さまに愛を囁けるわけが無い。
もし無理に好意を口にしても
それは本当の恋なんかじゃあ無い。
任務のための打算に過ぎないんだから……。
けど、だいじょうぶだよ。
これからは、きっと良くなる。
ルイーズを好きだって言ってくれる男が、
いっぱい現れるよ。
だから、だいじょうぶだよ。ルイーズ)
胸の中に有る何かが、ちくりと痛んだ。
そんなものはただの気のせいだ。
カイムはそう思いこむことに決めた。
……。
翌日。
カイムは以前よりも少し遅く、寮から出発した。
最近のカイムは、ルイーズの悪評をなんとかするため、早めに登校していた。
その件に一区切りがついた今は、もう急ぐ必要はない。
そう思ったカイムは、自室で少しゆったり過ごしてから、登校することにしたのだった。
カゲトラと一緒に猫車に乗り、カイムは学校まで移動した。
そして教室に入ると、カイムは挨拶の言葉を口にした。
「おはよう」
するとジュリエットが挨拶を返してきた。
「おはよう。カイム。カゲトラさんも」
「みゃあ」
「おはようございます」
ナスターシャが挨拶を済ませると、ジュリエットがこう尋ねてきた。
「今日はちょっと遅かったね?」
「ああ。ルイーズの噂の件を、一休みすることになったから、
ゆっくり通学しても良いかと思ってな」
「そう。キミは彼女のためにだいぶ働いたからね。お疲れ様」
「ありがと」
二人が話していると、教室に誰かが入って来た。
カイムは気配の方を見た。
そこにメガネ姿のルイーズが見えた。
「おはようございます。カイムさん」
先日のことは、もう何とも思っていないのだろうか。
ルイーズはいつもの調子で挨拶をしてきた。
それでカイムもいつも通りに挨拶をすることにした。
「おはよ」
挨拶が済むと、ルイーズは自分の席に向かった。
少し変わったルイーズの姿は、クラスメイトたちを驚かせたらしい。
さっそく彼らの話のネタに使われることになった。
「レオハルトさんがメガネを……?」
「レオハルトさんにも
視力という概念が有るんだな……。
月の裏側くらいなら普通に見えるもんだと思ってた」
「いやいやその前にさ、
今日のレオハルトさん、
いつもより怖くない気がしないか?」
「っていうか、可愛くないか?」
「レオハルトさんが可愛い……だと……?
まさかレオハルトさんは宇宙で一番メガネが似合う女子……
伝説のスーパーメガネっ娘だとでも言うのか……?」
「何の伝説だよ」
「ちょっと声かけてこようかな……」
「あっずるいぞ。手のひら返してんじゃねえぞ。俺が行く」
「けどさ。レオハルトさんってストレンジのことが好きだよな」
「……はぁ」
「……おまえさぁ、夢の無いこと言うのやめな?」
「えっ? 俺が悪いん?」
「だいたいストレンジは、ヴィルフさんに粉かけてんじゃねえか。殺すぞ」
「俺を? ストレンジを?」
「とにかくさ、行ってみるよ」
「おう。骨は拾ってやる」
男子の一人が、ルイーズの方へと近付いていった。
「あの、レオハルトさん。おはよう」
男子は普通に挨拶をした。
そんな普通は、今までのルイーズには縁が無いものだった。
ルイーズは一瞬だけ、驚きの表情を浮かべた。
それからすぐに表情を落ち着かせると、穏やかな口調で挨拶を返した。
「おはようございます」
「今日はメガネをかけてるんだね?
目、悪かったの?」
「いえ。オシャレで。可愛いですか?」
「えっうん。そうだね。
その……もし良かったらさ、
今度の後休日-あときゅうじつ-に、
二人で冒険者街にでも遊びに行かない?」




