その35の1「映研部とサメ」
(サメ……!?
なんの伏線もなく唐突にサメが……!?
いや……そんなことより避け……)
カイムがサメを回避しようとした瞬間。
サメの横っ腹に、氷の槍が突き刺さった。
槍に貫かれたサメは、軌道を変えて墜落した。
サメは力無く、プールサイドでぴちぴちと跳ねた。
(この槍は……ルイーズか)
カイムはルイーズの方を見た。
ルイーズの足元で、魔法陣が消えていくのが見えた。
「助かった」
「いえ」
「む……。私が格好良くカイムを助けるはずだったのに……」
いつの間にか構えていたジュリエットが、長剣を収納した。
ナスターシャはまったく無関心な様子で、ジュリエットの傍に控えていた。
やがて力尽きたのか、サメはぴくりとも動かなくなった。
「おぬしたち……!」
人だかりの方から声が聞こえてきた。
その声音には、怒りの色が混じっているようだった。
「大事な拙者たちのサメに何をするでござるか……!」
「ええと……?」
……。
「つまり、あのサメは映研部が
魔導義肢研究部に発注した魔導器。
野生のサメではござらん」
そう説明をしたのは、映像研究部の部長、ヨンゾウ=エンマだった。
彼は分厚いメガネの小柄な少年で、あまりこの地方では見ない顔立ちをしていた。
「なるほど。それは分かりましたけど……。
サメナンデ?」
まず、サメの魔導器を造る理由がわからない。
そんな疑問を口にしたカイムに、ヨンゾウは疑問符を返してきた。
「…………?
サメは映画の基本でござるよ。
おぬし、あまり映画は見ないようでござるな」
「……不勉強なもので」
「その大事なサメがあんな事に……。
責任を取って欲しいのでござる」
ヨンゾウがカイムを責めると、代わりにルイーズが言い返した。
「ですが、最初に襲い掛かってきたのは
あの魚介類の方ですよね?
自衛のために撃退したからといって、
賠償を迫られるのは理不尽だと思うのですが?」
「ぐ……! おぬしたちは冒険科でござろう?
あの程度のアクシデント、
サメを破壊することなく切り抜けられたはずでござる……!」
「たしかにあの程度、
臨戦態勢の冒険者であれば
簡単に対処できたでしょう。
ですが、油断している時はその限りではありません。
そうですよね? カイムさん」
「ごめん。余裕で避けられたわ」
「えっ」
「ふはーっはっはっは!
どうやら拙者の勝ちのようでござるな!」
カイムに背中から撃たれたルイーズを見て、ヨンゾウは勝ち誇ってみせた。
(勝負だったのか?
しかしこの人はルイーズのこと怖がらんな)
「むぅ……。
カイムさんがそう仰るのであれば仕方ありません。
じゃっかんの過剰防衛があったことを認めましょう。
それで? 私はどうすれば良いのですか?
賠償金を支払えば良いのでしょうか?」
「サメを失った悲しみが
カネ程度で癒えると思っているのでござるか?」
「癒えませんか」
「癒えんでござる」
「そうですか……。
お金で話がつけば楽だと思ったのですが……」
そう言ったルイーズは、いつの間にか大量の札束を手にしていた。
オリハルコンリングから取り出したお金のようだ。
「……そのお金は?」
急に出現した大金を見て、ヨンゾウがそう尋ねた。
「私のポケットマネーですが。
これは必要なかったようですね」
ルイーズはそう言うと、リングに札束を収納していった。
「ちょ、ちょっと待つでござる。
やっぱり穏便にカネで話をつけてやっても良いでござるよ」
「サメを失った悲しみは?」
「良い映画を作るには、
それなりの予算が必要なのでござる……」
「金持ちなのな。ルイーズ」
カイムがそう言った。
「惚れましたか?」
「惚れはせんが」
「そうですか」
「先輩。
ルイーズは俺を守ってくれようとしたんです。
なのにルイーズのカネで話をつけるってのは、
俺としては嫌なんですけど」
「ふむ。忠義の士のようでござるな。おぬしは。
では、こういう条件はどうでござるか?
ルイーズ皇女に
拙者たちが撮影する映画に出てもらうというのは」
「嫌ですけど」
「即答!?」
「当たり前です。
私には演技の心得などありません。
そんな私が
棒読み演技で映画に出ても
作品のクオリティを下げるだけです」
「元々学生レベルのスタッフしか居ないので、
そんなに気負うことも無いと思うでござるが……。
それなら、セリフの少ない役ならどうでござるか?」
「通行人とかそういう役ですか? それならまあ……」
「決まりでござるな」
「良いのか?」
妙な流れで映画出演が決まったルイーズに、カイムがそう尋ねた。
「まあ、恥を晒すようなことにならないのであれば」
「そうか。良い思い出になるかもな」
ルイーズは友だちが少ない。
そんな彼女が映像研究部と交流するのは、良いことなのかもしれない。
そう思ったカイムは、彼女の選択に口出しをすることを止めた。
「だと良いですが」
「一年生。
サメを魔導義肢研究部へ持っていくでござるよ」
「はい!」
ルイーズにキルされたサメが、プールから運び出されていった。
次にカイムが口を開いた。
「あの、そろそろこっちの用件を話しても良いですかね?」




