その32の2
「っ……。わかりました……。
いったい何を話せばよろしいのでしょうか……?」
同学年あいてとは思えない卑屈な態度で、アンドレはカイムにそう尋ねた。
「レオハルトさん上級生カツアゲ事件に関して
話を聞かせて欲しい。
おまえはこの事件の目撃者なんだよな?」
「そうですけど……」
「去年の11月、冒険者街で、
おまえはルイーズが上級生をカツアゲしているのを見た。
……そう言いふらしている。
間違い無いな?」
「俺は消されるんですか……!?」
「消さないから落ち着け」
「本当に……?」
「話を聞くだけだって言ってるだろ?
おまえはただ、
本当の事を話してくれるだけで良い」
「それでは……何を話せば……?」
「11月の冒険者街で、
おまえは何を見た?」
「街を歩いてたら……
短い悲鳴みたいなものが聞こえてきたんだ。
それで声の方を見たら……
レオハルトさんが尻餅をついてるのが見えた。
レオハルトさんの前には、
当時三年生だった、卒業生の先輩の姿が……。
たぶん、先輩がレオハルトさんに
ぶつかってしまったんだと思う。
レオハルトさんが立ち上がると、
先輩はレオハルトさんに財布を渡したんだ。
そして先輩は、
逃げるように走り去っていった。
俺はヤバいモノを見たと思って、
その場で固まってた。
すると俺の視線に気付いたのか、
レオハルトさんがこっちを見たんだ。
目が合った。
そしたらゾッとした気分になって、
俺もそこから逃げ出したんだ。
レオハルトさんは追いかけてはこなかった。
俺は生きて寮に帰ることができた。
……それだけだ。俺が見たのは」
「……なるほど。
ルイーズ。この証言に反論できるか?」
「ええと……。
細かい表現に関して
言いたいことがいろいろと有りますが……。
とりあえず、
私が先輩から受け取った財布が
どのような物だったか覚えていますか?」
「それは……。
ちょっと可愛らしい感じだったような……?
色はたしか、ピンク色だったと思います」
「あなたが見たのはこの財布ですね?」
ルイーズはそう言って、オリハルコンリングからピンク色の財布を取り出してみせた。
「……はい。そうだと思います」
「これは私の財布です。
うっかりと先輩にぶつかってしまって
財布を落としてしまったところを、
彼に拾っていただいたのです。
私は嫌われ者なので、
先輩はすぐに立ち去ってしまいましたが。
まず、この財布は女性モノですよね?
私がぶつかった先輩は、
背の高いマッチョな男性でした。
このような女性モノの財布が
先輩の物だというのはおかしいですよね?」
「それは……。
先輩がじつは心に
乙女を飼っていたという可能性は……?」
「えっ? そこまで証明しないといけないんですか? 私が?」
ルイーズが不機嫌そうな様子を見せると、アンドレは怯えの色を強くした。
「ヒッ!? ごめんなさいごめんなさい……!」
「あの、べつに怒ってはいませんから。……少ししか」
「ひいぃ……」
「それで、その財布が元からルイーズの物だってこと、
証明できると思うか?」
「先輩にちょくせつ証言をしていただけるのなら……。
あるいはお父様に」
「お父様って、クリューズの皇帝陛下?」
「はい。この財布は学校に来る前に
お父様に買っていただいたものですから。
ですが、そこまでするのは大げさな気もしますね」
「そうだな。
卒業した先輩の所在もわからないし、
この話は終わりで良いか」
「いえ。先輩の居場所なら分かりますけど」
「そうなのか?」
「はい。必要ならお呼びしましょうか?」
「どうするかな……。
先輩は乙女じゃ無かったなんて証明しなくても、
ほとんど潔白は明かされたようなもんだと思うが……」
「ですが、アングラードさんは納得されていらっしゃらない様子ですが」
「んー。証人の心証は大事か。
もうちょっとスマートになんとかならんもんかな」
「あのさ」
今まで事態を静観していたジュリエットが口を開いた。
「ジュリエット?」
カイムがジュリエットに向き直ると、彼女はこう尋ねてきた。
「そのピンクの財布は、
ずっと前から使ってるんだよね?」
ルイーズは頷いた。
「はい。一年生の一学期から」
「前に見たことが有る気がするんだよね。
レオハルトさんが財布を持ってる写真を……」
「ホントか?」
「たぶんだけど……」
「ちゃんと思い出せないか?」
「ちょっと待って。出かかってるところだから。うーん……」
ジュリエットが頭を悩ませていると、ルイーズがこう言った。
「六月の文化祭……ですね?」
疑問が解けたジュリエットは、晴れやかな表情を見せた。
「そうだよ! 文化祭!
文化祭のことを書いた校内新聞で、
レオハルトさんの写真が使われたんだ。
買い物中の、
財布を持ったレオハルトさんだったと思うよ」