その28の1「猫牧場とコンタクトレンズ」
ジュリエットの案内で、カイムたちはオシャレなレストランに移動した。
王女様の案内だ。
とんでもない高級店に連れて行かれるかもしれない。
カイムはそんなふうに身構えていたが、危惧していたようなことにはならなかった。
場末の安い店と比べれば、倍以上の価格設定がなされてはいる。
だがほんの少しだけ背伸びをすれば、庶民でも入れないことはない。
そういうほどほどの店だった。
楽しく昼食を終えると、二人は店から出た。
後に続くナスターシャだけがつまらなさそうな顔をしていた。
「どうだった?」
「うまかったよ」
「良かった。
次も外さないから。期待してて」
「ああ。任せた」
それから三人は猫車で移動した。
のりばから少し歩くと、広大な緑の敷地が見えた。
広い草地の上では、猫たちが走ったり寝転んだりしていた。
「ここは……」
「猫牧場だよ。猫好きだよね? カイムは」
「そこそこ」
「そこそこ? あんな立派なサーベル猫を飼ってるのに?」
「いや。あいつは拾った猫だしな……」
「そうなの? けどだいじょうぶ。見てて」
三人は牧場の建物へと入った。
ジュリエットは受付で手続きを済ませた。
それから更衣室でレンタルの乗馬着に着替えると、三人は建物から出た。
そこに係員が、一頭の猫を連れてきた。
「みゃーう」
人懐っこく鳴いた猫の背中には、鞍と大きな翼が見えた。
「羽猫か」
羽の生えた猫は、普通の猫と比べて遥かに数が少ない。
そんな希少な猫を、この牧場では飼育しているらしい。
「そうだよ。凄いでしょ。
カイムは今までに羽猫に乗ったことは有る?」
「有るぞ」
(任務で)
「ええーっ? せっかくビックリさせようと思ったのに……」
「いや。ビックリしたよ。
この牧場は普通に羽猫に乗れるんだな」
「普通に……ってわけでも無いけど、
王女だからね。私は」
「なるほど」
「さあ、さっそく乗ってみようよ」
「三人で乗るのか?」
鞍のサイズは、三人乗りには見えない。
そう感じたカイムが、ジュリエットに疑問を向けた。
「さすがにそれは、ちょっと狭そうだね。
ターシャ。留守番してもらって良いかな?」
「……はい」
「ごめんね。
他の猫と遊んでて良いからね」
「はい」
「さあ、カイム。乗って」
ジュリエットが猫に跨った。
こういう時、男は後ろに乗るものだったかな?
そんなふうに思いながら、カイムも鞍に跨った。
二人の体が触れ合った。
照れを表に出さないようにして、ジュリエットがカイムにこう尋ねた。
「経験が有るみたいだし、
手綱はカイムに任せて良いかな?」
「ああ。任せとけ」
カイムは魔導手綱を手に取った。
そして手綱を通し、猫に命令を送った。
カイムの命令を受けた猫が、思い切り飛び立った。
「ひゃああああぁぁぁっ!」
予想外の加速に、ジュリエットが悲鳴を上げた。
「お? 飛ばしすぎたか?」
ジュリエットの反応を見たカイムが、猫の速度を落とした。
「もう……。ビックリしたよ。カイム」
「悪い悪い。……ちょっとペースを落としていくか」
二人を乗せた猫が、ゆったりと空を駆けていった。
「綺麗だね。カイム」
「ああ。綺麗だな」
しばらく空を満喫すると、カイムたちは地上へと戻った。
猫から下りるとジュリエットは真っ先にナスターシャに声をかけた。
「ただいま。ターシャ」
ナスターシャは可愛がっていたダガー猫から手をはなした。
「お帰りなさいませ」
「ごめんね。
次に来るまでに三人乗りの鞍を特注しておこうかな」
「お構いなく」
そのとき、風が強く吹いた。
「ん……」
小さく声を漏らし、ジュリエットは目を閉じた。
「ジュリエット?」
「だいじょうぶ。ちょっと目に埃が入っただけ……」
ジュリエットはそう言うと、目のあたりをこすった。
そしてすぐに目元から手を離した。
するとナスターシャが何かに気付いた様子を見せた。
「ジュリエットさま。
レンズがずれていますよ」
「えっ、どうしよう」
「お任せください」
「レンズ?」
カイムが尋ねた。
「うん。コンタクトレンズって言って、
目に直接はめるメガネみたいなものかな」
この世界でコンタクトレンズが実用化されたのは、ほんの数年前だ。
まだ一般に広まってはいない。
それでカイムは物珍しそうに尋ねた。
「目に直接……? 痛くねーの?」
「ううん。ぜんぜん」
「目、悪かったんだな」
「いや。このレンズはね、邪眼封じのレンズなんだ」