その25の1「ジュリエットと待ち合わせ」
カイムは小走りで教室から去っていった。
残されたジュリエットが呟いた。
「嬉しく……無いのかな……?」
それを見てナスターシャが口を開いた。
「せっかくのジュリエットさまのお誘いだというのに、
なんと無礼な……。
本当によろしいのですか?
初デートの相手があのような男で」
ナスターシャはカイムが去った出入り口に、針のような視線を向けた。
「たしかにストレンジくんは
ちょっとそっけないけどさ。
でも、悪い人では無いと思うよ。
それに、私は彼に負けたんだから、
他の人とデートするわけにもいかないし」
「あのような決闘、
不成立にしてしまえば良かったのです」
「それは不義理というものだよ。
それに、その……。
ストレンジくんは綺麗だしね」
そう言ったジュリエットの声音からは、少しの照れが感じられた。
「たしかに、顔だけはそこそこマトモですが」
「そこそこかなぁ?」
「はい。そこそこです」
ナスターシャは確信に満ちた口調でそう断言した。
……。
教室を出たカイムは、駆け足で校舎から出た。
そして猫車のりばへと向かった。
ルイーズと話したい。
そう思っていたのだが、彼女と出会うことは無かった。
(ルイーズ……。居ないな。
もともとルイーズは猫車には乗らないから、
こっちには向かわなかった可能性も有るのか。
図書室とかに行ったのかもしれない。
これからの事について話したかったんだけどな。
……まあ仕方ないか。
また次の機会だな)
カイムはルイーズのことは諦め、猫車へと乗り込んだ。
寮の前で車から下りたカイムは、そのまま自室へと向かった。
部屋の扉を開けると、ベッドで黒猫が寝転がっているのが見えた。
「ただいま」
「みゃあ」
帰宅の挨拶を交わすと、カイムは学習机へと向かった。
その途中で、カイムは動きを止めた。
「…………?」
学習机の上に、封筒が置かれているのが見えたからだ。
「カゲトラ。この封筒って誰が持ってきたんだ?」
「んにゃん」
カゲトラは知らないと答えた。
カゲトラが部屋に戻る前から、封筒は机に置かれていたらしい。
ダンジョン実習の間にでも、誰かが部屋にやって来たのだろうか。
そんなことをするのは、いったい誰だろうか。
秘密情報部の仲間のしわざではないか。
カイムはそう推測した。
(指令書か?
やっとまともな命令が来たのか?
けど、こんな所に置いておくなんて無用心だな。
書面よりも
念話で連絡してくれた方が良くないか?
それに、指令書にしては妙に分厚いな。
まさか、何かの罠じゃ……)
カイムの一般人への擬態は、あまり上手くいっているとは言えない。
学校に敵勢力のスパイが居れば、正体を知られていてもおかしくはない。
敵のスパイが、カイムを消すために罠をしかけた。
そんな可能性も考えられなくは無いが……。
封筒に仕込める程度の罠で、このエピックセブンを仕留められるはずが無い。
そう思っているカイムは、警戒心を持ちながらも封筒を手に取った。
(違うわ)
封筒の中身を見て、カイムは警戒心を霧散させた。
封筒には銀行の通帳と、現金の束が入っていた。
(ストロングさんに頼んでた仕送りだな。
銀行は……学校が休みの日が定休日になってるし
営業時間に行きづらいんだよな。
現金が有るのはありがたい。
全部で50万メルク有るな。
しばらくはこっちでやりくりするか。
通帳の方は……。
1000万メルクか。
情報部のカネか?
それとも俺のカネを移したんだろうか?
定時連絡の時に聞いてみるかな)
目の前の問題を片付けたカイムは、地味な情報収集を開始した。
スパイとしての本来の仕事……では無かった。
談話室に行ったカイムは、ルイーズの噂について聞き込みをした。
そうしている内に、夕食の時間がやって来た。
それから風呂を済ませて就寝した。
次の日。
先休日。
週に二日ある休日の前半。
この日はジュリエットとの約束が有った。
カイムは朝食を済ませ、身支度を整えた。
カイムは顔もスタイルも良い。
私服に着替えた彼は、雑誌のスーパーモデルのようにも見えた。
今日は防具を買うために、大金を持ち歩く必要が有る。
札束は財布には入らない。
それで小さめのショルダーバッグを肩にかけ、その中にお金を入れた。
最後に季節外れのマフラーを巻くと、決まっていた格好が少し台無しになった。
だがカイムの天性の美貌が、その欠点を帳消しにしてくれた。
そろそろ出かけよう。
そう思ったカイムは、くつろぐカゲトラに声をかけた。
「今日はジュリエットたちと出かけるんだけど、
おまえはどうする?」
「みゃー」
さんぽ。
カゲトラはそう答えた。
「そうか」
カイムはカゲトラと一緒に寮を出た。
「じゃあな」
「みゃー」
カゲトラはカイムから離れていった。
気ままに散歩を満喫する腹積もりのようだ。