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その2の1「追走と黒星」

試しに53話まで投げてみます。よろしくお願いします。



 猫の傷は浅くは無い。



 しっかりと突き刺さった氷弾が、猫の脚に鮮血を流させていた。


 

 血で地面を濡らしながら、猫はまだ走ろうとしていた。



 猫が撃たれたことに気付いたエミリオは、傷ついた猫の脚を見た。



 そして流れる血を見ると、猫にこう声をかけた。



「今までありがとう。カゲトラ」



 エミリオの手が、猫の手綱から離れた。



 彼は猫の背に脚をかけ、そのまま地面に飛び降りた。



 道路に足がついた瞬間、自力での疾走を始めた。



 飼い主に別れを告げられた猫は、速度を緩めた。



「うおっ!?」



 猫のすぐ後方には、走るジムの姿が有った。



 とつぜん減速してきた猫に、ジムはぶつかりそうになってしまう。



 ジムは慌てて猫を回避し、衝突は避けることが出来た。



 だが回避行動を取ったジムは、地面を転がることになった。



 追走劇のさなかでは、致命的なタイムロスだと言える。



 ジムとエミリオの距離が開いていく。



「逃がすか……!」



 自分がやらなくては。



 そう思ったカイムは、気合をこめて地面を蹴った。



 エミリオの脚は速い。



 『特級冒険者』並の脚力だと言って良い。



 だが、カイム=フィルビーはトップエージェントだ。



 特級冒険者よりもさらに次元が上の存在だ。



 いくらエミリオが鍛えられていても、カイムにかなうはずは無かった。



 エミリオの目的地であろう運河が近付いてきた。



 その運河にかかる橋の手前。



 カイムの手がエミリオに届いた。



 エミリオの腕を掴んだカイムは、そのまま彼を地面に押し倒した。



「ぐうっ……」



 乱暴に倒されて、エミリオが呻いた。



 カイムの目に、エミリオの横顔が見えた。



 男の歳は、30代くらいだろうか。



 茶色いパーマヘアのその男は、温厚そうな容貌をしていた。



 体格もすらりとしていて、荒事に向いているようには見えない。



 彼がスパイだと知らされれば、隣人たちは大いに驚くに違いない。



 対するカイムは、その外見からは予想できないほどに場慣れしている。



 今さら相手の容姿などに惑わされることはなかった。



 カイムは油断の無い様子で、エミリオにこう告げた。



「エミリオ=バドリオ。


 スパイ容疑でおまえを拘束する」



 ほんの少しの攻防で、カイムの技量を理解したのか。



 エミリオは強く暴れようとはしなかった。



 彼は観念したかのように目を閉じた。



 そしてこう呟いた。






「アガスティアさま……」






「っ……」



 どうしてだろうか。



 エミリオの声がカイムに届いた瞬間、拘束が弛んだ。



「…………?」



 どうしてカイムから力が抜けたのか、エミリオにはわからなかった。



 とはいえ、これは好機だ。



 エミリオは驚きつつも、カイムを力強く押しのけた。



「あっ……」



 純粋な力では、カイムの方がはるかに勝っているだろう。



 だが気が抜けていたカイムは、簡単に押しのけられてしまった。



 自由になったエミリオは、立ち上がり逃走を再開した。



「くっ……!」



 カイムはとっさに魔弾銃を取り出した。



 そして即座に雷の魔弾を発射した。



 カイムの銃の腕前は、ジムよりも優れている。



 この距離なら外さないはずだった。



 だが、二発放たれた魔弾は、どちらもエミリオを捕らえることは無かった。



 掠める銃弾に身を竦ませつつ、エミリオは橋までたどり着いた。



 橋の側面から身を乗り出した彼は、運河へと飛び降りていった。



 後を追ったカイムは、橋から運河を見下ろした。



 するとエミリオが、小型ボートを発進させるのが見えた。



 カイムは魔弾銃をボートに向けた。



 まだ射程距離内だ。しとめる。



 カイムがそう考え、魔弾を発射しようとした瞬間。



 エミリオは操縦席の赤いボタンを押した。



 ボートは凄まじい水しぶきをあげ、突然に急加速した。



 カイムがはなった魔弾は、ボートの後ろの水面に着弾した。



(違法改造か……!?)



 ボートは通常ではありえない速度で走り去り、カイムの視界から消えていった。



 走ってあれに追いつくのは不可能だろう。



 カイムは任務の失敗を悟った。



「逃げられた……」



「逃げられた……じゃねえよ」



 追いついてきていたジムが、カイムの背に声をかけた。



「ストロングさん……」



 カイムは暗い顔でジムへと振り返った。



「あの状況からターゲットを逃がすか? 普通。


 『三つ星エージェント』が、


 あんな距離で2発も外すなんてよ」



「……すいません」



 三つ星というのは、最高峰のエージェントに与えられる称号だ。



 カイムは三つ星を持っている。



 ハースト共和国において五人も居ない、最高の評価を与えられた人材だということだ。



 華々しい戦果を誇ってきた最強のエージェント、エピックセブン。



 そのキャリアに、苦い苦い黒星がつけられることになった。





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