その52の1「カイムと生徒会長」
「きみが下手に自分を偽るすべを覚えたら、
腫れ物であるレオハルトさんに
近付かなくなる可能性も有ったしな。
きみが未熟だったからこそ、
孤独な少女であるレオハルトさんに
真心で接することができた。そうじゃないか?」
戦闘員であるカイムは、学生になりすますための教育を受けてはいなかった。
それで書物だけを頼りに、自身の裁量で判断を下してきた。
もしカイムがしっかりとした教育を受けていたら?
スパイのマニュアルに従った結果、ルイーズというリスクを回避したかもしれない。
「占い師が居なかったら
俺はルイーズとは
仲良くなれなかったってことですか」
「さあな。気に入らないか?」
「ちょっと。
けど俺は自分で思ってたよりも
重要な作戦に起用されてたみたいですね。
俺を作戦から外さなかったということは、
長官は最初から俺をダブルエージェントだとは
思ってなかったってことですか?」
「いいや」
「えっ」
「私と占い師は
完全に意思疎通ができているわけでは無い。
私には私なりの視点が有る。
きみのことをまったく疑っていなかったわけでは無いぞ」
「それで、俺の潔白は証明できましたかね?
疑惑の原因だったバドリオを確保したんだ。
三つ星を返していただいても良いでしょう?」
「きみの評価はプラス5点といったところだな」
「5点満点で?」
「違うが。三つ星については前向きに検討しておこう」
「そうですか」
「さて、そろそろレオハルトさんの所に戻ろうか」
「わかりました」
二人はルイーズが居るガゼボへと戻った。
ジョンはルイーズと向かい合う形で椅子に座った。
カイムもジョンの隣に座り、ルイーズと向かい合った。
「待たせてしまってすまないな。レオハルトさん」
「いえ。そろそろ本題に入っても構いませんか?」
「本題?」
けっきょくは何の集まりなのか。
そう思い、カイムが疑問符を浮かべた。
するとジョンがこう言った。
「ああ。我々の今後についてだが……。
私たちは彼女と
同盟を結ぶことに決まった」
「……同盟?」
「きみの報告と、
その他の要因から判断したところ、
ハースト共和国はレオハルトさんを
信頼できる相手だと判断した。
これより我々は、
レオハルトさんとの共同ミッションを行う。
ミッション内容は、
今まできみに与えられていたものと同様。
ウェルムーア地方における争いの火種を調査し、
災厄を未然に防ぐことだ」
「それはつまり……」
「今日から私もカイムさんの仲間だということです。
よろしくお願いしますね。
ハースト共和国のエージェントさん」
ルイーズはそう言って、にっこりと笑った。
……。
「そういうわけで、
エミリオ=バドリオの仲間が
学校に残っている可能性は低い。
だが警戒は怠らんようにな」
「わかりました。
それでバドリオのことですが、
今度ちょくせつ話を……」
「時間だ。そろそろ失礼させてもらおうか」
いきなり話を打ち切ると、ジョンは椅子から立ち上がった。
そしてさっさとカイムたちの前から去っていった。
「……俺たちも行くか」
「はい」
カイムはルイーズを寮まで送ることにした。
猫車は使わずに、二人はゆっくりと歩いた。
やがて冒険科の女子寮が近づいてくると、カイムが口を開いた。
「いやービックリした」
「ふふっ。そうでしょう?
……カイムさん」
ルイーズはカイムの前に回り込んだ。
そしてカイムに体を寄せると、彼の胸に頭を預けた。
「これで一緒に居られますね」
「おい、ちょっと慎みが無いぞ」
「……そうですね。
ちょっとはしゃぎ過ぎました。離れますね」
ルイーズはそう言ったが、なかなか離れる様子を見せなかった。
(離れるって、いつ?)
そのとき。
「不純異性交遊!」
女子寮の窓から声が聞こえてきた。
この声には覚えがある。
前にも自分を叱りつけてきた生徒会長だろう。
このままでは雷が怖い。
そう思ったカイムは、ルイーズが自分から離れるように促した。
「ほら、生徒会長さんがおかんむりだ」
だがカイムが声をかけても、ルイーズは離れようとはしなかった。
「おい、ルイーズ……」
「わかっているのですが……」
乱暴に引き剥がそうとも思えず、カイムは固まってしまった。
すると寮の玄関が開き、黒髪の少女が姿を現した。
艶やかなロングヘアを風になびかせ、少女はカイムに指を突きつけた。
そして明瞭な声でこう言った。
「あなたたち! 不純異性交遊の現行犯で逮捕します!」
「逮捕は無理だろ。警察じゃないんだから……あ……」
生徒会長の顔を見て、カイムは驚きの表情を浮かべた。