その5の2
「……わかったよ」
(べつに命のかかった任務をこなしてるワケでも無いしな)
「おまえ……カゲトラって呼ばれてたか。
行くぞ。カゲトラ」
「うみゃー!」
これが緊張感の高いミッションであれば、カイムは猫を南に送り返していただろう。
だが、漠然とした情報収集を命じられたカイムは、かなり気が抜けていた。
休暇でも満喫しているようなフワフワとした気分で、カイムは猫と寮を出た。
一人と一匹でゆっくりと歩くと、カゲトラの首で布袋がぶらぶらと揺れた。
「前から思ってたけど、その袋、何が入ってるんだ?」
「うみゃー」
「そうか。宝物か」
カイムはカゲトラから視線を外し、周囲を見回した。
(さて、どっちに行くかな?
とりあえずは校舎を見て回るのが良いかな)
カイムがそう考えたそのとき。
カゲトラの前を青い蝶が舞った。
「みゃあ」
蝶はすぐにカゲトラから離れていった。
カゲトラは蝶を追って駆け出した。
「おい、勝手に行くなよ」
そう言いながら、カイムはカゲトラを追った。
そして北北西へとしばらく駆けた。
やがてカゲトラは、木々が生えている方向へと駆けていった。
カイムはカゲトラに続き、木々の間を抜けた。
木々の先には自然公園らしきものが見えた。
(公園……? 学校の校庭に?
すげえことするな。
敷地がバカに広いわけだ)
「みゃ……」
カゲトラは視線をきょろきょろと動かした。
追いかけていた蝶を見失ったようだった。
目的を失ったカイムたちは、整備が行き届いた公園をひたすらに歩いた。
そして……。
カイムたちは、公園の外れにあるガゼボの近くにたどりついた。
(ガゼボか。先客が居るみたいだな)
カイムはガゼボの中に、人の気配を感じていた。
先客のじゃまをすることなく、このまま立ち去るべきか。
そんなカイムの思考など気にすることなく、カゲトラはガゼボへと踏み入っていった。
「猫?」
先客がカゲトラに気付いた様子を見せた。
カイムはカゲトラの後ろから先客の姿を見た。
中に居たのは、青銀の長い髪を持つ少女だった。
瞳の色は冷え込むほどに青い。
体には赤いブレザーを身にまとっている。
学校指定の制服だ。
どうやら少女はこの学校の生徒のようだ。
少女は太ももの上に、ハードカバーの本をのせていた。
読書中だったらしい。
少女は視線を下に向けていて、カイムを見ようとはしなかった。
対するカイムの方は、遠慮なく少女を観察した。
(胸に赤いリボン。たしかこの色は……俺と同じ2年生か。
今日は授業が有るはずだが、もう終わったみたいだな。
それにしても、すごく綺麗な子だな)
今まで会った中で、一番の美人かもしれない。
そんなふうに思いながら、カイムは少女に話しかけた。
「ジャマして悪いな。
人の言うことを聞かないんだ。そいつは」
「いえ。構いませんよ。
このガゼボは私の領地というわけでは
ありませんからね」
「ははっ。そりゃそうだ」
王者のような少女の物言いに、カイムは笑みを漏らした。
「それじゃあちょっとおジャマさせてもらうか」
カイムはそう言うと、少女の向かいの椅子に座った。
少女は視線をちらりと上げて、カイムの首周りを見た。
「マフラー……?」
カイムの首には、季節外れの赤いマフラーが巻かれていた。
「ああ、春なのに変だと思うよな。けど、必要な物なんだ」
「そうですか。
その格好は、学校の制服ではありませんね」
「転校生なんだ。俺は。
明日からここに登校することになってる」
「明日からですか」
エストメイフィア地方では、年度の始まりは四月になっている。
今は四月の前半だ。
学校の1学期が始まってから、既に数日が経過していた。
「中途半端だが、まあ家庭の事情ってやつだ」
「そうですか。
どこの家にも事情というものは有るものですよね」
「ああ。そうなんだ」
「なるほど。だからこの私にも
話しかけてきたというわけですね」
「どういうことだ?」
「じつは私、嫌われ者なのですよ」
「何かしたのか?」
「私、顔が怖いでしょう?」
「いいや」
「え……」
「美人だと思うぜ」
(こういう時は
相手を褒めておいた方が良いよな?
円滑なスパイ活動のためには
円滑な人間関係を築く必要が有る。
相手を褒めるということは
人間関係において潤滑油になると
参考にしたテキストにも書いてあった)
「っ……。お世辞がお上手ですね」
「いや。本心だよ」
(まあ、好かれるために狙って言ってるわけだから
お世辞って言えるんだろうが。
じっさい美人でもあるから、本心でもあるよな?)




