思ってたのと違う
光の球体から発せられるように聞こえた声はここを「裁定の間」と言った。
その声はとても耳当たりがよく、どことなくフランクな話し方だった。
「僕はここの管理人であり、バランサーだ。緊張も遠慮もいらないから固くならなくて大丈夫だよ」
「はぁ。。」
バランサーとはこの光の球体の名前なのかな?と考えていると
「ちなみにバランサーは名前じゃないけど、名乗る名前がないから名前でもいいよ!」
と心の中で思ってる事に被せて訂正してきた。
「!?」
「ここは魂の棲家であり、新たな世界への出発点、色々な経験や役目を得て、人生を全うした魂はまたここに戻ってくる。君の魂の思念世界のため、意思を疎通するための手段は心でも、言葉でもどっちでもいいのさ。君に伝わりやすいような、君だけの「都合の良い世界」と認識してくれると、しっくりくるんじゃないかな?」
「…なるほど、確かにしっくりきました。」
「うんうん。理解が早くて助かる。じゃ、そのまま続けて説明してしまうけど、問題ないかな?」
「はい。」
「ありがとう!重複してしまうが、ここは魂のスタート地点でもあり、死後、魂が戻ってくるべき場所。 帰ってきた魂は一定期間の休息を得て、次の人生へと旅立っていく。いわゆる転生ってやつだね。 戻ってきた魂を休ませる休憩場で、元気な魂の転生先を選定するのに必要な場所がここ「裁定の間」で、僕はその管理人、均衡をとるバランサーさ!」
「なるほど、人は死後、天国や地獄にいくものとばかり思ってたから、その、なんというか、、、」
「あ〜。何かがっかりさせちゃった感じ?」
「いえ、がっかりってわけじゃないんですけど、どちらかというとあるものと信じてたので、その…」
「ここには君のとこで言う神様も閻魔様もいなければ、天国も地獄もない。 ん〜、いや、天国や地獄を選定する人っていうと立場的に僕になるのかな。」
「やっぱり、天国や地獄が存在するんですか?」
「天国というのはこうで、地獄というのはこういう感じのものかな?」
と言うと、
球体の右側に一面彩り鮮やかな花畑が広がり、
球体の左側には暗雲が立ち込め、岩肌が剥き出しの光景が広がった。
「そして、そこにはこんな物やこんな生物が存在する」
右側の景色には、一面の花畑に優しい微風がふき、彩り豊かな花片が舞い上がり、
古代ギリシャの建築様式を思わせる神殿や柱が光の粒子から形成されていった。
足元には水が透き通る川がせせらぎ、空からは大きく白い翼を携えたブロンド髪の天使が弧を描きながら舞い降りてきた。
一方の左側では
暗雲から稲光が発せられ、落雷がいくつ発生した。
少し遅れて、腹の底に響き渡る低音の地響きが鳴り渡った。
鳴り渡った直後、大地から火が湧き上がり、剥き出しの岩肌は針状に突起しっていった。
後ろには虎の皮に身を包んだ大男がおり、大男の頭には牛のツノらしきものが生えてきた。
鬼と思わしき大男と、鬼に痛ぶられる亡者どもの阿鼻叫喚に包まれた地獄の風景が広がりだした。
光の球体が作りだしたと思われる天国と地獄
それは正に絵に描いたような天国と地獄だった。
「こんな感じの世界が死後の世界としてあったと思ってた。と思うんだけど、残念ながら、ここではこんなものは必要ないし、何の意味もない。 何故なら、人生は死んだら終わりのような優しい世界じゃないからね。ま、でもそこはまた別の話として、ここは置いて置くとしよう。」
と言うや否や、左右に広がっていた天国と地獄の景色が光の粒子となり、弾けて消えた。
「魂は何度も何度も転生を繰り返し、魂を強化させていき、やがて魂は様々な世界を生み出す基盤になっていくんだ。」
想像していた死後の世界の概念、そのものが根底から崩れていく気持ちになった。
今まで信じて疑わなかった世界を否定されたという落胆な気持ちではなく、
一体、今まで何を教わってきたんだろうという、無駄な時間を過ごした感がとても損した気分だった。
生前、特定の宗教に入っていなくて本当に良かった。という安堵の感覚も同時に覚えた。
そうだよな、今、目の前に広がってた天国と地獄も世界観がチグハグだったし、
漫画や映画などで、どこかで何となく目にしてた誰かが作ったような風景だったもんな。
それが自分にとって天国だったものが人によっては天国にならないって事もあるだろうし。。
きっとそうであってほしい願望だったんだろう。
「うん。君は本当に理解が早くて助かるよ!じゃ話を続けてもいいかな?」
心を読まれたのだろう。自分でしっくりしたタイミングで光の球体に言われた。
「あ、はい!」
「ありがとう!じゃ話を少しだけ戻すと、君がここにいて、僕と対峙しているってことは、君は一つの人生を終えたわけだ。 本当にお疲れ様。 本当によく、よく頑張った!えらい!!」
「あはは、なんかすごく労ってくれますね。。。」
「そりゃ、労うとも!これを労わなければ報われない命、魂もある。」
「さぁ!ひとまず少し魂を休ませ、次の人生を謳歌してくるといいさ!」
「・・・!っ」
次の人生…
頭痛にも心がギュッと締め付けられる感覚になった。
労いの言葉をもらい、死後、地獄に行くわけでもないのに「次の人生」と言われた途端、
体から悪寒がしてきた。
何でだろう? 転生したくない。。すごく拒否したい。
「…あ〜、やっぱり制御が甘かったかな。」
「…え?制御?」
「今、君は「転生したくない。。すごく拒否したい。」と思ってる。」
「………」
「まぁ、無理もない。」
「…すみません。仰ってる意味がよくわからないんですが…どういう事ですか?」
「うん。そうだね。じゃ、逆に質問をしてしまうけど、君、何で死んだか覚えてる?」