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生命の道程~Path of Life~  作者: トシオン
7/10

第7話:戸惑いの田島トオル

「岩田さん。起きて下さい。岩田さん。」


リビングルームに設置されたソファに座りながら目を閉じている岩田さんにそう声を掛けた。


最近、夜眠れていないのか食事時間以外は寝て過ごしていることが多くなって来ているように感じる。


以前のように職員に対し頻繁に声を掛けてくることも無く、質問に対しても「ああ。」とか「はい。」といった一言二言での返事に留まっている。


排泄にしても、トイレに座る前に漏れてしまっていることが多くなり、自宅でも夜間尿失禁してしまい衣服や布団を濡らしてしまうことも日常茶飯事だ。


認知機能の低下が進行することで、排泄に対する感覚が損なわれることは、認知症に見られる症状の一つである。


そうなってくると介護する側としては、尿失禁や便失禁に対応するためにリハビリパンツや紙おむつの利用を本人様に勧めることとなる。


しかし、介護を受ける側の高齢者自身が認知症の進行により意思表示が困難な場合があり、その場合本来であればその方のご家族からの承諾を得た上でリハビリパンツや紙おむつへと移行するのだが、岩田さんには身寄りが無く、ケアマネージャーと現場の職員との話し合いの中で対応して行くこととなった。




ショートステイからの帰りに酒やタバコ、食料などの買い物を頼まれることも少なくなって来ていて、自宅での生活はほぼ不可能に近い状態となりつつある。


一人暮らしの高齢者を介護サービスで支える場合、どうしても一人暮らしの限界点というものが訪れるため、その時にどう対応して行くかを予め考えて置かねばならない。


特に家族と疎遠になった独居の高齢者は、担当するケアマネージャーが主導してゆかないと、命の危険にも繋がりかねないため非常に難しい判断をしなければならなくなる。


生活保護の受給者であれば、市役所の生活保護課と連携する必要があるし、健康面に関しては、かかりつけの医師と連携して今後の生活面での支援方法を検討して行かなければならない。


酒やタバコを生きがいにして来た岩田さんに止めるよう促しても本人の意志では今の生活を変えることは難しい。


岩田さんのようなケースの場合、急な発熱や持病の悪化など何らかの身体的理由で病院へ入院する必要があり、その入院生活をきっかけに酒やタバコと切り離された環境に身を置くことによって生活習慣を正しい方向へ修正して行く方法がベストと言える。


そして、入院による治療を終え退院が視野に入って来る頃、一人暮らしの生活から常時介護者による支援を受けることが出来る施設入所へと移行してゆく。




月に1回開催される一番街ユニット会議の場で、岩田さんの現状を踏まえ今後の支援のあり方について一番街の介護職員とケアマネージャーが集まり話し合うこととなった。


「岩田さん。最近元気が無くなって来ているように感じます。」


「なんだかいつも眠そうにしているし、ショートステイの帰りにも買い物を頼まれなくなってきたので、こっちから買い物を提案してるくらいだしね。」


「もう一人暮らしは無理なんじゃないの。いよいよ施設だね。」


「夜はほとんど失禁してるよ。紙おむつを試しているけどもう外せないよね。」


介護職員の意見は、率直すぎることがよくある。一番苦しんでいるのは岩田さん本人なのだが、介護する側の立場からすると介護度が重くなると介護の手間も増えるし特に排泄介助は負担感を感じやすいため、介護する側も苦労することになるため、自己防衛本能が働き無意識に厳しい言い方になってしまうのだろう。


現場の職員からケアマネージャーへ現状を伝えたところ、本人様の了解を得た上で一人暮らしを継続するための通所サービスとショートステイの併用から、施設入所へ移行するための手続きを始めてゆくとのことだった。




現在の日本は、4人に1人は結婚せず生涯を独身で過ごし、3組に1組は離婚するという。


これは、シンプルに考えると日本国民の50%はカップルで生涯を送り、50%はシングルで生涯を過ごすということだ。そしてカップルもまた伴侶の死去によりシングルとなる。


将来、一人暮らしの要介護者が激増し大きな社会問題になると言われている。

また、その時に備えて現在大規模な介護施設が次から次へと建設され新規開業している。

介護現場で働く職員もまた、既存の施設から新規の施設へ流れてゆき、現場での人手不足を助長している。まさに負のスパイラルが現実のものとして目の前で繰り広げられているのだ。


この「桜パレス」で岩田さんと関わることにより、20年、30年後を生きる自分たちの世界を想像したとき恐怖を感じ、今の自分に出来ることは何なのかを真剣に考えるきっかけとなったことは事実だ。


「来るべき時に備える。」


その意識を忘れないよう日々確認しながら生きてゆかなければならないと僕は強く感じていた。



つづく

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