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生命の道程~Path of Life~  作者: トシオン
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第4話:田島トオルの職場環境

特別養護老人ホーム「桜パレス」で働くようになって、介護現場の勤務体制がこれまで働いてきたビジネスの現場と大きく異なっていることを知ることになり、それは僕にとって大きなカルチャーショックだった。


桜パレスでの勤務は、早出、日勤、遅出、夜勤の4人態勢で運営されていた。


早出は、朝7:00から16:00までの勤務。日勤は、10:00~19:00までの勤務。

遅出は11:00~20:00までの勤務。そして夜勤は17:00~翌日9:00までの勤務となっておりそれぞれに1人ずつ配置されている。またこの勤務とは別にヘルプで入ってくれる臨時のパートさんなどがいて職員のフォローを行ってくれる仕組みだ。


この勤務体制の中を一人の職員が早出→日勤→遅出→夜勤の順番でローテーションし夜勤の翌日が夜勤明けとなって、さらにその次の日が休みという流れで1ヵ月のシフトが組まれてゆく。


一般的な職場だと始業時間と就業時間が決まっていて、毎日同じ時間に出勤することになるが、介護現場になると、毎日出勤退勤時間が変わってくるので、その不規則な時間に合わせて体調管理を行うこととなるため、自ずと自己管理能力が高まってくる点も特徴的である。


一般的に、介護の現場は体力的にきついというイメージがあると思う。

介護が必要な利用者の体に直接触れる身体介護は、要介護度が高くなるにつれて介護者の負担も重くなってくる。


介護が必要になった人の介護度を測るものさしは、要介護認定によって判定される。

要介護認定を受けるきっかけは人それぞれであるが、概ね家族から行政の窓口へ相談することから始まるケースが殆どだ。


最近何かが違う。話が嚙み合わない。過去の会話や行動に対する記憶が無くなっている。歩いている途中にバランスを崩し転びやすくなったなど、身体の状態変化、感情面での変化、記憶力の変化など、ある日全く状況が変わってからというよりは、なんとなくいつもと違うという感覚から相談に繋がってゆくこととなる。


要介護度は要支援1、要支援2、要介護1、要介護2、要介護3、要介護4、要介護5の7段階で評価される。


介護の手間がそれほど掛からないと判定された場合、要支援1、要支援2、要介護1程度の認定となり、歩行状態の不安定さや認知症の進行で常時目が離せない状態と判定された場合、要介護2、要介護3。そして、日常生活に欠かせない食事、入浴、排泄を自分で行うことが難しくほぼ日常生活の全てに介護が必要となると判定された場合、要介護4、要介護5と判定される。


特別養護老人ホームの場合、法律上要介護3以上の認定を受けられた方が入所出来る施設となっているため、そこで働く介護職は、常時身体介護を担うこととなり自ずと自分自身の身体的負担も重くなるため、体力的にきつい職場と言われるようになるのだ。


このことは言い方を変えると要介護度が低い利用者を対象とした介護サービスの労働は、体力的なきつさが軽減されるとも言える。


こういった理由もあり、介護度が重い利用者を対象にしたサービスの現場で働く介護職は若い世代が多く、逆に介護度が軽い利用者を対象にしたサービスの現場で働く介護職は50~60代といった高齢世代が多いという現象が起こっている。


いずれにしても労働者の8~9割は女性が担っており、男性の介護職は希少な存在である。




介護施設での労働には夜勤が不可欠だ。夜勤の回数は月4~5回程度で、夜勤入りの夕方から仕事が始まり、翌日の午前中に仕事が終わって夜勤明けと言うことになる。


桜パレスの夜勤体制は、一番街、二番街、三番街の各ユニットに1名ずつ配置され、夜から朝にかけてこの3人で約50名を介護するシステムになっていた。


看護師は常駐しておらず、緊急時に指定された電話番号へ連絡し対応を依頼することとなっている。


3人態勢で、途中2時間ずつ休憩時間が入るため実質2人で見る時間もある。

特養の場合、終末期医療を受けている方のケアを行っているとき最も精神的な負担が大きい。


医療介護の現場では、病状によって患者が亡くなる時期をおおよそ予測しながら、その時を迎えた時にどういった対応をしてゆくのかを考え前もって心の準備をしている。


そうでなければ、3人という少人数で50人近くをケアしてゆくことはとても難しくなる。

その日、その時に何が起こるのかは分からないのだから、とにかく準備だけはしっかりしておく。

ただ、その準備も経験によって培われるものであることに間違いはない。

なので経験年数がどれくらいなのかということが介護職としての価値を評価する尺度となるのだ。




介護度が高い高齢者のケアを行うにあたって必ず直面するのが看取りケアである。

看取りケアとは、文字通り人生の終末期を迎えた方へ極力苦痛を感じることなく安らかな最後を迎えることが出来るようにケアの方針を変更し、無理な食事を与えないことであったり、体力が衰えているのであれば無理に起こさず出来るだけ安楽な姿勢で過ごして頂く工夫であったり。

看取りの対象となる方によって各々対応方法は異なるが、本人の意志を尊重し否定することなく出来るだけ希望を叶えられる様に対応してゆく。

介護職として看取りという言葉を聞くと、息を引き取る直前から引き取った後のことを想定しながら仕事に従事することになる。その為にも同じ職場で働く看護師との連携が重要となる場面だ。




そして、介護現場で特徴的なのがこれまで説明してきた要介護者の身体面ではなく、むしろ精神面でのケアとも呼ぶべき日常的な行事や行事食が挙げられる。


日本文化には1年のうちほぼ毎月と言って良いほど全国に共通する行事が存在する。その月にちなんだ行事イベントを実施することにより、季節感を感じて頂いたり、認知症ケアで良く言われる過去に経験した記憶を想起するきっかけを作ることで、脳の機能を活性化させることにも繋がる。特に食事は過去の記憶と密接に結びついているため、季節ごとの行事食が提供されると五感が刺激され、とても喜ばれる支援の一つとなっている。


介護の現場を一言で言い表すと「過去と現在を結びつける空間演出」と言えるのではないだろうか。

過去に出来ていたことが現在出来なくなっても、介護者のサポートで出来ていた状態に近づけてゆく。そして記憶の世界では、月ごとの行事で過去を想起しそこに行事食を繋ぎ合わせることで食の記憶を呼び戻し昔体験した世界へ回帰する。食事だけでなく音楽にもそういった要素があり、そういった過去と現在を結びつける日常を経て全ての人が終末期を迎えることになるのだ。


つづく

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