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最終話

さて、佐伯君はどうなるんでしょう。

シーズン1最終話、どうぞお楽しみください。

 夜中のうちに家を出ておいて助かった。そのまま実家までは何事もなかったように帰りついた。ほっとしてテレビをつけると、重傷だった電車の運転手が自殺したと速報が流れていた。


「どうして?」

「アンタにはまだわからないかしらねぇ。本能寺グループの娘を殺しちゃったってことにされたのよ。そうでなくても本能寺の娘と男が線路に並んで寝転んでいたのを目撃した唯一の人間でしょ。精神的に追いやられているだろうに、マスコミも容赦なく追い討ちをかけるし、もしかしたら本能寺グループ関係の人間が、何か交渉しに行ってたかもしれないわ。

 可哀想に。運が悪かったのね。」


 母さんは冷静にそう言って、何事もなかったように湯飲みを僕の前に置いた。僕はその湯のみから立ち上る湯気をぼんやりと見つめながら、『ドウシテ』という言葉を頭の中でグルグルとかき回していた。


「ところで、どうしてアンタがあんな金持ちのお嬢さんと付き合っていたわけ?」

「ええーっ!付き合うって言ってもカフェで一緒にお茶を飲んだり、一緒にご飯食べに行ったぐらいだよ。彼女って何も知らないから、お米のとぎ方とかゴミの分別の仕方とか教えてあげたりして」

「はぁ? なにそれ? もしかして、キスもしてないとか?」


 なんてことを言いだすんだ!僕が赤面していると、母さんは口をあんぐりとあけて僕を見た。そして、急に噴出して大笑いし始めた。


「あはは。ばっかみたい!今朝方ね、聞いたことある名前のレポーターさんから電話をもらったのよ。お宅の息子さんは先日なくなった本能寺グループのご令嬢と深い仲だったらしいが、どんな付き合いをしていたのかってね」


 母さんはおかしくてたまらないという風にしゃべりながらも噴出していた。


「何が深い仲よねぇ。ウチの息子に限って、そういうことはないと思いますがって答えたんだけど。まったく最近の親は放りっぱなしなんだからとか言われてさぁ。あはは。

 大きなお世話よ。手を離す前にはしこたま躾ておいたのに、何も知らない他人に口出しされることじゃないわよねぇ」

「ばっかじゃないの?」


 僕も一緒になって笑った。大笑いしながら美優のことを考えていた。彼女はきっと幼い頃から母親の愛情をもらえなかったに違いない。言いなりにしかならない乳母やメイドさんがそばにいても、子どもの心は満たされない。叱ってくれる人がいなかったんだ。


「あっ、そうだったのか」


 僕はやっと気が付いた。美優がどうして僕に従順にしていてくれたか。彼女は叱ってほしかったんだ。それで、がんばって僕の言うように生きようとしていた。それまでは悪いことをしても、誰にも叱られなかったんだ。だから、どんどん流されて。


 僕があの時彼女から離れずにいたら、もしかしたら彼女は悲惨な最期を選ばずにいられたかもしれないのに。そうしたら、沙希の兄さんもあんなことにはならなかったかもしれないのに。


「どうしたの? 疲れた?」

「うん、ちょっと疲れた。母さん、二階で昼寝してもいい?」


 僕は自分の部屋に向かって歩き出した。


「いいわよ。部屋はそのまんまにしてあるから。修司、人とのめぐり合わせは誰か一人の行動で変ってしまうものだけど、他の誰かの手によっても、簡単に変ってしまえるものなのよ。自分を責めないで。」

「ん、わかった。」


 自分の部屋に入ると今日一日のごたごたがウソのような静けさがあった。今まで当たり前に使っていた布団は、急に帰ってきた僕にはちょっとだけ埃っぽくて、そっけない感じがする。

 ゴロンと布団の上に横になって、ぼんやりと天井の模様を見た。


 この天井を見るのも久しぶりだ。ぼんやり見ているとじわじわと歪んで見えてくる。僕は、どうしてあの時。。。 後悔してもしようがないのだけれど、やっぱり悔やまれてならない。涙がどんどん溢れてくる。くっそー。めそめそするな! 


「どうして、どうしてたった一つの命を手放すんだよ!」


 頭から布団をかぶって、目いっぱい泣いた。そしてそのまま、僕は眠ってしまったらしい。時計を見ると7時だった。カーテンの隙間から明るい日差しが入っている。玄関先から弟のでかい声が聞こえてきた。


「そんなところでこそこそと!何の用だ!」

「えっと、君が佐伯修司くんかい?」

「なんだと?兄貴の顔も知らないで何だ。悪いがあいつはただの本の虫で人様に迷惑をかけるような度胸はないぞ。そんなことより、先月の俺の全国大会での活躍を取材しろよ。ほら、マイク貸してみ? カメラ!カメラはどこだ?」


 ざわざわと人々の逃げていく気配がしている。ぷっ、あいつめ、本の虫とはどういうことだ。僕は胸の奥からあったかいものがこみ上げてくるのを感じていた。あれでも弟は精一杯に僕をかばってくれているのだろう。

 

 翌日も、やっぱり数人のリポーターらしき人物が張り込んでいた。テレビでは美優の母親が一緒に心中した月守和馬、つまり沙希の兄さんのせいだと泣き叫ぶシーンが繰り返され、誰もいない月守家にたくさんのリポーターが押しかけ、反応のないインターフォンを何度も押すシーンが時折挟まれていた。


 沙希はどんな思いでこのテレビを見ているだろう。それとも、そんなものを見ることもできない状況になっているのだろうか。

 沙希の兄さんと美優が、どうやって再会し、どういういきさつで心中するに至ったのかなんて、あの家族にはまったくわからないことだ。それなのに、まるきり犯人扱いの報道の仕方に怒りすら覚える。


「ちょっと買い物に行ってくるわね。」


 玄関から母さんののん気な声が聞こえた。


「あ、お母さんですか?」

「何々? 私に取材? 悪いけど女優になる予定はなくってよぉ。お~っほっほっほ」


 たくましい母である。こんな家族に囲まれている僕は、本当に幸せなんだと思う。美優に出会ってからの事が、ぐるぐると頭の中で渦巻いている。

僕は、…。僕はやっぱり自分で立ち向かうべきだ。思い立ったら、すぐさま服を着替えて、玄関を飛び出した。


「すみません。ご近所の方にも迷惑なので、そういうことするの、やめてください。僕はここにいますから。」

「修司!」


 母さんが慌てて奥に引き入れようとするが僕は聞かなかった。レポーターの人たちが、我先にマイクを突き付けてくる。


「本能寺さんと親しくしていたのは本当です。ほんの数ヶ月の間でした。彼女は、とても素直で穏かな人でした。だけど、彼女が過ごした忌まわしい過去に直面して、怖くなって逃げ出してしまったんです。亡くなったと聞いてすごくショックで、僕はどうしてあげるべきだったのだろうって、自問していました。

 だけど、気が付いたんです。

 彼女は叱ってくれる人を求めていたんじゃないかって。なんでもいうことを聞いてくれるメイドさんではなくて、僕の父や母のように子どもに本気で向き合い、間違った事をしたときは真剣に叱り、がんばったときには自分のことのように一緒に喜んでくれる、そういう人が欲しかったんだと思います。」


 目の前にはぎっしりとリポーターが取り囲み、一言たりとも逃すまいと真剣な面持ちで見つめてくる。僕は緊張でのどがからからだったが、今はそれどころではない。


「皆さんには、家族があるでしょう?お子さん、いらっしゃるんでしょう?自分の子どもが人の道を外れそうになった時、一生懸命叱ってやるのが親ってもんじゃないんですか?

 僕と彼女は、子ども時代から親が共働きで寂しい思いをした共通点を持っていました。だけど、僕が命を粗末にしないのは、どんなに忙しくしていても心の通う家族がいてくれるからなんだと思うんです。

 彼女のお母さんは相手の人を責めているようですけど、彼女がそんなになるまでどうして手を差し伸べてあげなかったんですか。どうして、彼女の本当の気持ちをわかってあげようとしなかったんですか。僕は、僕は悔しいです!」


 頭の中が真っ白になっていた。どんなに叫んでも、美優の両親には届きそうもないと思った。だけど、僕は叫ばなければいけないような気がしていた。


 僕は言いたいだけ言うと頭を下げて家に戻ろうとした。すると、どこからともなく拍手が沸き起こり、騒ぎを聞きつけた近所の人たちやリポーターの人たちまでが拍手に加わって不思議な空気が生まれていた。


 僕が発言した映像は、その日のうちにワイドショーで何度も流されたらしい。番組の流れも月守氏のバッシングから美優のお母さんへのバッシングへと変わっていった。そして、そんな騒ぎも2週間もすれば、大物タレントと女優の不倫によってあっという間に過去の話題に変えられてしまった。



僕はのんびりとカフェで本を読む。やっぱりここが一番の読書スポットだ。


「今日もいい天気だねぇ」


 沙希だ。2週間あまり姿を消していたが、無事に家に戻って来たのだという。


「しばらくサボってたからさぁ、勉強わかんなくて。。。ちょっと教えてくんない?」

「ノート貸そうか? まとめたのがあるから」


 僕がカバンからファイルを出そうとしていると、どたどたと駆け込んでくるものがいた。


「ちょっと待った! そのノートは俺が先約だ!」

「ちょっと!何よ、アンタ!」

「俺は佐伯の親友の伊藤だが、お前こそなんだ」

「いつから親友になったんだ。。」


僕のつぶやきなんて、聞いちゃいない。


「だいたい学校が違うんだから、参考にならないだろう」


 二人はしばしにらみ合っていたが、沙希がふっと何かを思い出した。


「あー!アンタ、由紀のカレシじゃない?」

「えっ? そうだけど。。。」

「ふ~ん。もうちょっと真面目にした方がいいよ。由紀がこの前愚痴ってたわ。不真面目な男に振り回されるのはもう嫌だって」

「なんだとぉ!適当なこと言いやがって!俺は、由紀にだけは誠実なんだぞ!」


 最近伊藤は、すっかり顔が広くなっているようだ。二人はバタバタと僕のテーブルの周りを走り回っている。

 もしも、美優がここにいたらどうしただろう。あの時、僕が手を離さなければ、ここで一緒に笑っていたのかもしれないのかな。


 ふわっと爽やかな風が吹いた。その中にあの甘い香りが含まれていたような気がして、僕はそっと振り返る。そこには誰もいないのだけれど。


おしまい   


クリスタル。ファウンテン シーズン1 ー彼女についての考察ーは、この回でおしまいです。

でも、クリスタル・ファウンテンはまだまだ続くのです!!

そう、これはまだ序章にすぎないのです。

シーズン2 ー天使が消えた瞬間ー も近日公開予定です。

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