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第1話

事実として起こっていることは一つなのに、見ている人に寄ってその真実は変わってくる。

シーズン1は佐伯修二という大学生の視点で語られています。


このお話はブログ「なせば、なるかも」にて掲載していたものを推敲して掲載しています。

クリスタル・ファウンテン

シーズン  1   -彼女についての考察-


 僕が始めて彼女を見たのは、ショッピングモールの中心にあるクリスタルの噴水に面したカフェで、読書をしているときだった。


もともとビジネス街として発達したこの街では、地上にショッピングモールを作る場所もないほどビルが乱立している。だからここでは、地下に大規模は商業施設が作られ、自然に近い風がランダムに流され、天井には美しい青空がCGによって映し出されている。雲もゆったりと流れているので、地下にいることすら忘れそうになる。

東西と南北にメインの大通りが作られていて、その中心にあるのがこの噴水だ。クリスタルの下に施された電飾が、クリスマスなどのイベントの時にはいろんな色に輝く仕掛けになっている。


 僕は大学の帰り道にこのカフェで一休みして読書をするのが日課になっていた。彼女はそんな僕の日常の中にとても自然な感じでカフェの客として現れた。僕の後ろの席に座った彼女は、飲み物を注文するとすぐに携帯電話をチェックしていた。いや、もちろんじろじろ観察していたわけではないが、かすかな携帯の電子音でそれとわかる。

 すでにコーヒーを飲み終えていた僕を、後ろからふんわりと包み込むような甘いフローラルの香りは、図書館の古い書籍とコーヒーの匂いにどっぷり浸かった生活をしている僕には充分に刺激的だった。


 しばらくすると彼女の携帯が鳴り出した。着メロはカノン。清楚な印象のヴァージョンで彼女のイメージにぴったりだ。

 一人でほくそ笑んでいた僕の後ろで、彼女の小さなため息が聞こえた。そのまますぐに席を立つと、彼女はまだ湯気の漂うコーヒーを残して店を出た。きれいなウエーブが栗色の髪に良く似合っている。ジョーゼットのスカートも彼女の可憐さを一層引き立てていた。


 また会えるだろうか。

 僕はその日から、知らず知らずのうちにあの甘いフローラルの香りを探すようになってしまった。



 その日以来、僕はあのカフェに留まる時間が長くなった。同じ授業を取っている伊藤がからかって言う。


「佐伯! 最近図書館にいないと思ったら、こんなところで本を読んでたのか?ここは図書館じゃないぜ。」

「どこで本を読もうと僕の勝手だろ」

「ばかだなぁ。ここはこのでかい街の遊びの中心地なんだぜ。彼女がほしい哀れな男が、かわい子ちゃんを物色するのに最適な場所なんだよ」


 伊藤という男は本当に要領のいい男だ。こんなに遊んでいる風なのにどうしてあの大学に入れたのか。僕はいまだに疑問だ。で、遊び人伊藤に寄れば、ここはナンパをする場所だということらしい。


「いや、ここは遊びの中心地なんかじゃない。ショッピングモールの中心点だ。あの噴水を見てよ。クリスタルで作られたあの噴水は、知性と上質の象徴だと僕は思うよ。つまり、地上で働いているエグゼクティブの象徴なんだ。」

「まったく、お前は固いなぁ。女の子は光りものが大好きなんだよ。だから、おしゃれでかっこよくてちょっとリッチなあの噴水に吸い寄せられるようにやってくるんだ。」


 思わずため息が出た。どうやら同じ大学に通っていても、生息地は全く違うようだ。


「ところで、そんなナンパ男の伊藤くんが僕に何の用さ」

「いやあ、忘れるところだった。今日、ちょっと野暮用があってさぁ。授業に出られなかったんだ。ノートのコピーもらっていい?」

「?!」

「怒るなよ!代返ぐらいめずらしいことじゃないだろ。」


 こういうことをやり続けていると、最後にはしっぺ返しが来るものだと昔話などでは聞かされているが、どうやら今の世の中は別のようだ。伊藤は僕のファイルを神からの賜り物のように掲げて受け取ると、にやっと笑って店を飛び出していった。



 僕は最近ノートパソコンを使うようになった。意外なことにいつものカフェは、レポートを作成するのに最適な場所なのだ。思考が煮え詰まってきたとき、ふと顔を上げるとそこに街の風景がある。

 その日、僕は課題の資料をテーブルに山積みにして夢中になってレポートを仕上げていた。店のマスターがコーヒーのお替りを持ってきてくれた。


「がんばってますねぇ」

「いつもすみません。」

「いえいえ、気にしないで。君がいてくれるとね、結構店にとってもメリットあるんだよ」


 言葉の意味がわからなくて店長の方を向き直ると、渋みのあるヒゲを擦りながら、ちらっと店内に目をやる仕草が見えた。

 店内には数人の女性客が楽しげに話しに花を咲かせている。そして、ちらっとこちらを見ると、きゃあと歓声をあげていた。


「ま、気にしなくていいよ。彼女達、あそこから眺めてるだけで嬉しいらしいから。じゃあ、ごゆっくり」


 僕は驚きのあまり言葉が出てこなかった。178cm65kg、コンタクトが苦手で眼鏡をかけているがブランドものでもないし、同じような体形でも伊藤のように複雑怪奇なワックス三昧のヘアスタイルでもない。上質なものは好むが流行にはとんと興味のない自分のような大学生が、アイドルのように観賞されているなんて。


 悪いウイルスにやられたのか、それとも不慣れなアイドル業に疲れたからか、その日の夜から僕は熱を出してしまった。



 3日が経った。風邪はすっかり治ったようだ。いつものように大学の帰りにカフェによると、再び僕はレポート作成に夢中になる。今回は雑多な資料が多くて困る。

 あまりに集中しすぎたのか肩が痛くなった。うーんと思い切り腕を上に差しだして伸びをすると、手の先がなにかやわらかいものに触れて驚いた。


「す、すみません!」


 慌てて振り向くと、そこには笑顔を称えたあの彼女が立っていた。


 彼女はそのまますたすたと僕のテーブルの横まで歩み寄ると、すっとしゃがみこんでテーブルの下に落ちていた資料の小冊子を拾い上げてくれた。


「勉強熱心なんですね。」

「いえ、そういうわけじゃ。。。」


 あたふたとみっともない自分をさらけ出しながらも、彼女のオーラに包まれて夢心地になってしまう。僕もただのオスだったってことか。


 その日は、自分の部屋に帰ってもなかなかレポートに着手できなかった。気が付くといつも彼女の笑顔が頭を支配しているんだ。机に向かってノートパソコンを開く。レポートの続きを打ち込みかけては手が止まってしまう。こんなことではいけないのに。顔をあげると達筆な行書でかかれた『精神一到何事か成らざらん』の文字が目に入る。


「先生。。。」


 この書は、高校時代の先生からもらったものだ。難関だった高校に入学して、周りは難関大学を目指すライバルばかりの中で3年間を過ごした。それが当たり前だと思っていた僕に、卒業式の準備に追われていた岡田先生から渡された。


「大学というところは、いろんな連中が集まってくる。ここのように真面目で勉強熱心な人間ばかりじゃない。自分の夢を実現するためには、邪念は捨てることだ。目指す資格を手に入れてからでも、人生を楽しむ時間は山のようにあるはずなんだからな」


 なんだか想像もつかない言葉だった。しかし、それから3ヶ月もしないうちに先生の言葉の意味を理解することになった。いろんな連中。そう、例えば伊藤だ。

 そして今日、またしてもそんな人種の一人が現れた。困った事にその人物はこちらに何か仕掛けてくるような類のものではない。邪念に揺れているのは自分ばかりだ。

 しっかりしろ、佐伯修司! 彼女はただカフェですれ違った客に過ぎないのだ。美しくて品が良くて、魅力的で優しく微笑む。。。ああ、まずい!


自分の手のひらで両頬をバシッと叩き、気合を入れてレポートに集中した。しかし、そうしながらも何とかしなければという思いが、芽生え始めていた。



 それからの5日間、僕はカフェに行く事を自分に禁じた。自分の成すべき仕事に集中するためだ。時々はカフェに向かいそうになる自分に翻弄されたが、無事、期日を守って提出物をクリアできた。

これでカフェに行ける。ショッピングモールを歩きながら、僕の決意は固まりつつあった。


この小説を書いてからもうずいぶん時間が経っています。

このクリスタル・ファウンテンのモデル、大阪の曽根崎警察前の噴水だったのですが、

今はもうないんだろうなぁ。

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