67 妃候補
右大臣の姫と同じ待遇という言葉だけで妃候補となったと勘違いしていた内大臣は勘違いしたまま部屋を出ていった。
おそらく、門の外で立ち往生している姫を連れてくることが先決と考えてのことだと思う。
やっと静かになったところで帝が几帳の陰から出てくる。
「おや?帝もいらっしゃったのですね」
右大臣は驚く様子もなかったので初めからここにいることを分かっていたのかと勘繰りたくなる。帝は綾の隣に座り右大臣に話しかける。
「一の姫と先日婚姻を結んだのが女御の護衛をしていた者で右大臣殿と二の姫には迷惑をかけてしまったから、二の姫には会っておきたかったのだ」
「迷惑だなんてとんでもない。私どもの一の姫も帝の覚えのめでたい公達と婚姻をすることが出来て光栄です。それに二の姫も事情をしっかり理解して家を継ぐつもりでいると言ってくれましたから」
麗景殿で護衛の責任者をしていた右近中将は右大臣家の一の姫と結婚した。
兄の良智と一緒に右大臣に話を聞きに何度も屋敷を訪ねていた時、一の姫と会うことがあったらしい。先々帝が退位した後、東宮の許可を貰い一の姫に求婚をしたらしい。
右近中将は一人息子だったため、入り婿ではなく一の姫が右近中将の屋敷に入った。その為、二の姫が総領姫として家を継ぐことになったらしい。
「そういってもらえるとありがたい。芽衣殿といったか、女御もここの女房も優秀だ。しっかりと学ぶがいい。それに後宮で一番安全な場所が女御の傍だ」
「心得ました。父の望む公達と結婚し、家と婿殿の助けになれるよう励みます」
「これこれ、右大臣。姫の希望は聞いてやらないのか?」
「そうでした。ですが、まだ幼く変な公達と噂になっても困りますから」
「大丈夫であろう。しっかりしているように見える。それに女御の傍で学べばきちんと判断出来るようになるだろう」
「本来であれば先皇太后様の罪で我が一族も処罰されても文句は言えない立場ですのに、このように配慮していただき本当に感謝しています」
右大臣が頭を下げると芽衣も同じく頭を下げた。後宮であったことをしっかりと教え込まれているのが分かる。
「一華様はお元気ですか?柾良親王は?」
先日、文を貰ったばかりだが一緒の屋敷にいるものからはっきりと聞きたかった。
「お元気です。柾良親王は帝からいただいた書物を遅くまで読んでいて一華様から叱られていました」
「体力もだいぶついたと聞いています。もう安心ですね」
来年には柾良親王は元服し中務省のトップに立つ。まだ幼いため右大臣が後見人として中務省を兼務してもらうことになる。その為、二の姫にも宮中の仕事を覚えてもらいたいようだ。
帝もそのことを気にしていて、中務省の総入れ替えをして信頼のおける人物を集めたと言っていた。実際、麗景殿の護衛をしていた者の数人が中務省の配属されている。
綾たちの授業が一通り終わったら、右大臣と一緒に中務省の者に講義をしてもらい業務内容を覚えてもらう予定だ。
帝と右大臣が一緒に部屋を出ていく。そして香奈は美夜と芽衣を連れて別室へ行った。
それから半刻ほどしてやっと内大臣の姫、美月がやってきた。芽衣は部屋で荷解きと休憩をしてもらい、その間に香奈と美夜の三人で会うことにした。自分は面倒なので几帳の挟んでの対面にした。
美月は女御になるつもりで来たのが分かるくらい十二単を着飾っていた。
第一印象は歩くのは大変そうね。だった。
父親からどう説明を受けたのか分からないが自分の足で歩いてきたことだけは分かる。衣の裾が泥だらけで着飾っていた衣は着崩れていて疲れた顔をしている。
「あの、これはどういうことでしょうか」
「なにが?」
「私は妃候補として後宮に入ると聞いてきました。それが、自分の足で歩いて来いと言われたと父に聞きました」
「妃候補とは誰も、一言も言っていません。勝手に勘違いしたのはそちらでしょう。嫌なら帰ってもらって結構です」
「右大臣様の姫は既に後宮入りしていると聞きました。その者は妃候補ではないのですか? どうして私にこのような仕打ちを!」
「誤解をしているようですのではっきりいいます。右大臣殿の姫君は妃候補ではありません。帝と右大臣殿から頼まれてお預かりすることになっただけです。立場は私の女房です。内大臣殿は右大臣殿の姫君と同じ待遇でいいと言いましたので、許可を出しました」
「女房ですか。では私も女房ですか?」
「そうです」
「それでしたら……あちらは従二位の右大臣様。私は正二位の内大臣の姫なので私の方が上ですよね」
何を言い出すのかと思ったら父親の地位を持ち出してきた。本当に先が思いやられる。
「誰が、父親の地位を考慮すると言いましたか?そのような考えはここでは一切通用しません。もう一度言います。嫌なら今すぐ出ていきなさい」
流石に言いすぎかと思ったが久しぶりに怒りがこみ上げてきた。
香奈は立ち上がり、美月の目の前に立った。
「どうしますか? 帰るのなら下女に案内させますが」
笑みすらない香奈も怖いが美月も怒りを我慢しているようで衣を握りしめている。それにしても下女に案内させるとは、あくまでも女房待遇だと宣言しているようで怖い。このお姫様に勤まるとは思えない。それならさっさと帰ってもらおう。
「美夜。美月が帰るわ、あとお願いね」
「帰りません!」
えっ??帰らないの?
綾は驚きのあまり几帳を倒しそうになる。
香奈の表情は険しくなり、美夜も下女を呼ぶため部屋の外に控える女房に伝えているのを止めて振り返る。
「帰りません。ここに残ります。そして必ず帝の寵をいただきます」
なんか変な方に話がいっている。妃候補ではないと言ったはずだが。父親の勘違いばかりか娘も人の言葉を理解しないのか。頭が痛くなってきた。
言葉を交わすのも嫌なので手で合図を送る。
流石にそれは美夜でも分かったようで、予め用意されていた美月用の女房部屋へと連れて行った。
「姫様。どうしてあのような者が……」
「まさかあそこまでとは思わなかったわ。本来の目的は芽衣よ。あの子にはしっかりと教え込ませてね」
「分かりました」
結局、今日もゆっくりできなかった。
一体いつになったらのんびり出来るのか。悲しくなってくる。
この時、強引にでも美月を帰しておけばと後で後悔することになるとはまだ、誰も気づいていない。




